5章:ある少女に花束を(第2話)
「ただいま…と言うのは不自然だけど、なんだかここ最近はこっちの方が自宅みたいな気がしてきたな」
「ふむ。男子高生が1人でラブホテルに何食わぬ顔で出入りする事に慣れるというのは、ゾっとしないな」
「仕方ないだろ。いつ襲撃されるかわからないんだから」
「わからない、か。お前はわからない事はないだろう」
「寿命の数値化の事か? まあ、そうなんだけれどさ…。ただ、このスキル、自分でもよくわからないんだよね」
「ほう。何がわからない。言ってみろ」
「一応このスキルは、寿命みたいな、一見、予知ともとれる対象まで数値化できるんだけどさ。いつまでの、あるいはどこまでの情報をもとに、寿命表示が決定されているかがわからないんだよね。本当の予知であれば、途中でどんな干渉があろうと、その干渉さえも予知して寿命を算出しているはずなんだ。だけれど、そうなっていない。って事は、寿命予測のために参考にしている時空間には限りがある、という事じゃないかと思うんだよね」
「ふむ。確かに、だ。現時点におけるあらゆる情報を勘案して、というのが最も合理的に思える。しかし…」
「そうなんだ。現時点の情報であれば、少なくとも時間は超えないから合理性はあるんだ。でも、それだとただの健康寿命を表示している事になる。違うんだ。国府の時もそうだったけれど、このスキルはある程度の未来に発生する事を勘案して寿命表示している。だとしたら、それがどのくらい未来までの情報を根拠にしているのか…」
「なるほど。その未来に干渉をして寿命を捻じ曲げている俺たちは、既にパラレルワールドを量産してきた可能性がある、という事か」
「まあ…そうかもしれないな」
「時空間については、試行サンプルを積み重ねればある程度の範囲を確定できるかもしれん。もっとも、その前にお前の寿命が尽きるだろうがな」
「僕もそう思う。ただ、もし同じスキルでも、発現する人や発現方法によって能力差があるとしたら、もっと長期的な未来を勘案して寿命を表示できる可能性もあるんじゃないかな、と思ったんだ」
「もしくは、訓練次第で能力を上げる事ができるのかもしれんな。ふむ。まあ、それでも、能力が上る前には寿命は尽きるわけだろうが」
「100日前後の寿命、というのが人工的に設定されたものなのか、制御できずにそうなっているのかわからないけれど、厄介なものだな…」
「それで、どうだった」
「どうだった…って? 何が?」
「何がじゃない。一晩自宅で過ごしただろう」
「あ…ああ、そうか。それが今回の外出の目的だったっけ。ごめんごめん」
「で? まあ、こうしてお前が生きているという事は、首尾は上々と言ったところか」
「そうだね。特に変わった事はなかった。一番恐れていたのは、両親まで奴らに懐柔されている事だったけれど、それもなさそうだったよ」
「そうか。であるとすると、やはり奴らは俺たちを個別に殺害するつもりではない、という事だ。寿命に動きがなく、自宅での生活に支障がないのであれば、一旦、このラブホテルを引き上げるのもよかろう」
「そう何日も家をあければ、家族も心配するだろうしな…。合宿や旅行で誤魔化せるにも限界はある」
「あ、お帰り、鳴海先輩」
「おっ、ちょっ…なんだよその格好は…」
「シャワー浴びてたんス。おかげさまで、もうすっかり良くなったんで」
「いや…まあ、それはよかったけれどさ。バスローブ姿でうろつくなよな…」
「何言ってんスか。ここはラブホテルですよ?」
「そ…そうだけどさ…って、やっぱりなんか違う気がするな…」
「だいたいっスよ。いまさらだと思いません? だって、鳴海先輩、ボクの裸を見たんでしょ?」
「裸だって!? ど、ど、ど、どうしてそう思った?」
「桜チャンに聞きましたもん。鳴海先輩と左京山先輩とで、ボクの人工呼吸と心臓マッサージしてくれたんスよね?」
「ま、まあそうだけどさ…。でも、マッサージをしたのは左京山だし、あの状況で神宮前のおっぱいを見ようなんて考えもしなかったよ…」
「でも、ボク、上半身裸だったんスよね?」
「裸…というか、まあ胸ははだけてたけどさ」
「ほらほら。やっぱり、裸だったんじゃないスか」
「なんかいい様に言いくるめられているような…。だけど、そんな急に大胆にならなくたって…」
「鳴海先輩、わかってますか? ボクも鳴海先輩も、もう時間が残されていないんスよ? グズグズ恋愛なんてしていられませんよ」
「神宮前…恋愛って…。僕のことをあれだけ元彼氏とか言っておきながら…。それに、僕は確かに寿命が短いけれど、神宮前は、むしろ長いんだぞ…。これから、いくらでも出会いなんて…」
「それ、ホントなんスかねぇ? ボク、やっぱり信じられないんですよね。人間が2,500年も生き続けるなんて事あります? なんだかんだ言ったって、ボクが手首を切って自殺したら、そこでジ・エンドじゃないスか」
「信じられない…って、あれだけの銃創を負っていながら、再生してピンピンしている方がよほど信じられないよ…」
「とにかく、お互い短い人生を、ちゃんと謳歌しましょうよ、ってことっスよ」
「ま、まあ、その意見には反対しないけどさ…」
「あ~、鳴海先輩、ボクの寿命を使えば、崩壊フェイズをいくらでもパスできるんじゃないか、って思ってるでしょ」
「い、いや、それは、ええっと…確かに実験しなきゃ、とは思ってるけどさ」
「あはは。じゃあ、なおのこと、鳴海先輩はボクから離れられないっスね」
「神宮前…お前、意外と束縛するタイプだったのか…」
「ちょ、ちょっと、冗談。冗談ですよ」
「冗談のようには聞こえなかったけどな…」




