4章:仮死451(第14話)
「豊橋」
「鳴海か。どうした」
「スキルが発現した」
「ほう。誰にだ。桜か。お前か」
「僕だ」
「では、俺の仮説通りだったという訳だ。で、どんな内容のスキルだ? お前が自分で気付いたということは、スキルの内容についても判明しているのだろう」
「ああ。している」
「話せ」
「豊橋もよく知ってるスキルだ。…多分、国府と同じスキルだと思う」
「なるほど。つまり、数値化のスキルか。国府との差分はありそうか?」
「今のところはわからない。というか、国府のスキル自体が完全に判明してなかったから、なんとも言えないな。数値化できる項目の差とか、範囲の差はあるかもしれない」
「少なくとも、発現するスキルの種類がいくつあるかは不明だとして、同種のスキルが発現し得る事はわかったという訳だ。もっとも、肝心なスキル発現のトリガー、つまり、誰が何の条件でもって発現するのか、が不明なままだがな。で、自身の寿命はどうだった。お前の事だ。確認しただろう」
「ああ。した」
「何日だった?」
「何年、ではなく、何日、ときいてくるところが、豊橋の察しの良さだよな」
「国府のケースからの概算だ。俺の仮説では、スキル発現者の自然寿命は60日~100日だ」
「明察だよ。僕の寿命は、スキルを使わない事を前提にした場合で、残り80日とちょっとだ。今後、スキルを使わなければならない局面を想定に入れると、夏休みを経て新学期を迎えられるかは怪しい」
「ふん。それまでに崩壊フェイズをパスする方法を知る必要がある、という訳だ。もっとも、神宮前はそれよりも少ない可能性があるがな」
「意見を聞きたい。その、神宮前の寿命についてだ。やっぱり、彼女の寿命を正しく数値化できないみたいなんだ」
「ほう。理由を話してみろ」
「僕が確認したところ、彼女の寿命は年単位で451と表示されたんだ。国府が見た数値に近い数字だ。これは、やはりバグだと思うか? 一部の人間の寿命は、正確に表示できないんだろうか」
「国府が確認した神宮前の寿命は、確か452だったな。ふむ」
「妙に辻褄が合うのが、確認した日が、神宮前の誕生日だったんだよな。国府が確認したのが452年、そして、僕が確認したのが451年だとすると…」
「可能性は低いだろう。誕生日が命日であるとは限らない。命日からの逆算年数であればな」
「年単位で見た場合、表示されているのが死亡時の年齢を前提としているのであれば、その限りではないんじゃないかな?」
「だとしても、だ。人間が451年も生き続ける事は不可能だ」
「まあ、そうだよな…。いや、例えば、神宮前を400年間コールドスリープさせたとしたら…」
「夏休みが終わるまでの最長40日程度において、今から、どういう急転直下があれば、まだ人類にとって未熟な技術であるコールドスリープと、あの神宮前が結びつくか、だな。可能性は限りなく0に近いが、あり得ない事ではあるまい」
「とりあえず、左京山に早くあたっておきたい。神宮前の死を明確に予知しているのは、彼女だけなんだからな」
「…2年の、鳴海と豊橋だっけ。めずらしい訪問者ね…」
「そうでもないですよ。確かに僕が、こうして左京山さんとお話するのは、ほとんど初めてかもしれないけれど…。でも、本星崎という共通の友達がいます」
「…そっか。本星崎は、あなたたちと同じ、文藝部員でもあったのね。仲良くやっているのかしら?」
「おかげさまで、それなりに仲良くやっています。…まあ、心を開いてくれているかと言われると、かなり疑問だけれど…。本星崎は、左京山さんと音楽仲間なんですよね?」
「…音楽仲間…か。悪くない響きね。そうね…ジャンルは違えど、共通の趣味を持った友人、ではあるかもしれないわね。ふふ…。で? 今日はどうしたの? 何の用?」
「えっとですね…。これを確認して欲しいんですけれど…」
「…鳴海のスマホ? 何を見ればいいのかしら」
「このメッセンジャーのメッセージです。これ、左京山さんが僕に送ってくれたんだと思うんですよね」
「…なにこれ…。気持ち悪い。私がこんなメッセージを送る訳がないじゃない」
「僕もそう思います。それに、左京山さんは僕のメッセンジャーのIDを知らないですよね? 当然僕は、左京山さんのIDを知りません。でも、これ、左京山さんのアイコンじゃないですか?」
「…そうね。確かに、これは私のメッセンジャーのアイコンと同じだわ…。なんなのかしらね、これ」
「最近、左京山さんの周りで、何か不思議なできごととかってありませんか?」
「…不思議な…。そうね。言われてみると…」
「言われてみると?」
「…メッセンジャーでメッセージを送る時に、何回かに1回くらいの割合で、メッセージが送れずに消えてしまう事があるわね…」
「メッセージが消える…。じゃ、じゃあ、例えばですけれど、今見せたこのメッセージを打ってみてくれますか?」
「…なんか気が乗らないわね。私が本星崎のことを、こんな風に言う訳ないのに。まあいいわ…。『本星崎から情報を得ることはできない。すぐにその場を離れろ』。あなた、どういう状況でこのメッセージを受け取ったの?」
「ありがとうございます。送信してみてくれますか?」
「…じゃあ、宛先IDを入れないまま、送信ボタンを押してみるわね。普通なら、エラーで送信ができない。でも…。やっぱり、エラーがでるわね」
「何回か、送信ボタンを連続で押してみてくれますか?」
「…いいわよ。ええっと…。あ…送信された…。違う。やっぱり、ほら、メッセージ自体が消えちゃった。もう、なんなのこれ…」
「これで、もしかして僕のスマホにメッセージが…」
「…ふふ。届かないわね」
「…ですね。じゃあ、この左京山さんから以前届いたメッセージは、一体なんなんだろう…。人違いではない、というのは明らかになったのに…」
「左京山よ。お前の知らない時に、第三者がお前のスマホから何かメッセージを送っている可能性は考えられるか」
「…あんたの口ぶり、腹が立つわね…」
「構うな。俺にはこの話し方しかできん」
「…ふん。不器用な人。まあいいわ。誰かが私のスマホを勝手に…か。基本的にスマホは常に持ち歩いているから、もしそんな人がいるとすれば、私の家の中くらいね。でも、私の両親がそんな気味の悪いメッセージを送るわけがない。大体、本星崎の事だって詳しくは知らない」
「本星崎を、左京山さんの家にあげたことは? もしかすると、本星崎が送ってきているのかもしれない」
「鳴海よ。その仮説には穴がある。お前がそのメッセージを受信した時、当の本星崎はお前の目の前にいた」
「そ、そうか…」
「…あなたたち、よくわからないわね…。本星崎と、仲がいいの? 悪いの?」
「左京山さん、実は、もう1通、不可思議なメッセージがあるんです」
「…まだあるの? いいかげん、解放して欲しいんだけど。…まあ、私も気になっている事だから、仕方ないけどさ」
「今度は、こっちなんですけど…。見てもらえますか?」
「…神宮前…って、誰?」
「そこからですか」
「…死ぬって書いてあるわ…。死んだの? その人」
「いえ、死んでません。だから、謎なんです。でも、左京山さんのその感じだと、この事についても知らないみたいですね」
「…気味が悪いわ…。私のIDのメッセージで、人の死を予想するなんて。これも、送ってみた方がいいの?」
「あ、さっきの実験で充分なので、このメッセージは別にいいです」
「…そうね。そんな文章、できれば打ちたくないわね。もういい? 満足した?」
「ええ。ありがとうございます。左京山さんも、なにか身の回りでおかしな事があるかもしれないので、注意してくださいね。あと、本星崎さんの行動にも」
「豊橋…。左京山の寿命だけど…残り100日弱だ」
「ほう。確認していたのか。何らかの事故か病気で死ぬのか、あるいはスキルが発現しているのかの2択という訳だ」
「後者で間違いないと思う。左京山が送信したメッセージが消えた時、明らかに寿命が縮んだ。つまり、メッセージを送る事がスキルの一部である事は間違いがなさそうだ」
「であれば、やはりお前が受信したメッセージは、左京山が意図的に送信したものだと見るべきだろう。だが、今の情報だけでは左京山のスキルの全貌は解らんな。仮に、相手のメッセンジャーIDを知らずとも、問答無用で送信することができるスキルであるとしたら、左京山は俺たちに嘘をついている事になる」
「だけど、観覧車の下で受け取った左京山からのメッセージは、本星崎を警戒するように助言していた。僕たちに対してメリットがある内容だ。であれば、今さら僕たちに嘘をつく理由がない。それに、不思議だ。左京山のスキルはもっと前から発現していたと考えられるんだよな…。少なくとも、国府が崩壊したあの時には、発現していた。それに、伊奈の口ぶりから推測すると、左京山は自分自身のスキル内容を把握していなければおかしいのに、今の左京山とのやりとりからだと、まだ自分のスキルに気付いていないように思える…。つまり、スキル発現したばかりのような振る舞いだった」
「なるほど。寿命がまだ100日もあるのもおかしい、という訳だ」
「ああ。もしかして、本星崎が左京山に、崩壊フェイズをパスする方法を伝えているのか? だとすると、崩壊フェイズをパスできたとしても寿命はせいぜい100日間くらいしか伸びないことになるのか…」
「どのみち、左京山の線はこれで消えた。本星崎の崩壊フェイズを阻害し、情報を聞き出すプランに切り替えるべきだろう。お前は本星崎の寿命を確認できるのだからな」




