3章:幼年期で終り(第15話)
「ほら、常滑さん。もうすぐ、おうちにつくよ」
「うん。いつもありがとう。上小田井にいちゃん」
「えへ。ぼくは兄ちゃんじゃないって言ったのに」
「にいちゃんは、にいちゃんだよ」
「少し複雑な気分…。週末は、有松くんと呼続さんが映画に誘ってくれるって言ってたよ。常滑さんはどんな映画が好きかなあ」
「とこちゃんね、とこちゃん、まほう少女のえいががいい!」
「最近CMでやってるよね。いいよ、魔法少女のアニメ映画を観に行こう」
「上小田井くん、献身的に頑張ってくれてるなあ…」
「ねえ鳴海くん、離れて見てないで、声をかけた方がいいかな?」
「いや、やめとこう。もう少しとこちゃんが色んな事を覚えてから、改めて初めましてをした方がいいかな」
「あら? あたしの事は、おねえちゃん、って呼んでくれてるよ?」
「桜はとこちゃんと精神年齢が…」
「ん? なんか言った?」
「いえいえ…」
「とこちゃん、今までのあたしたちとの事とか、もう思い出せないのかなあ…」
「スキルによる記憶の消失は、物忘れとは違うみたいだからな…。そもそもの記憶がなくなってしまっているみたいだから、今までの思い出が戻ることは期待できないと思う。だから、とこちゃんがこれから見ること、知ることは全部、新しい記憶だ。新しい記憶が、新しいとこちゃんを作っていく。僕たちの知っているとこちゃんは、記憶という観点ではいなくなってしまったのかもしれないけれど…また、新しいとこちゃんが生まれてくるんだよ」
「そっか…。でも、とこちゃんはとこちゃんだよ。あたし、今度はもっとしっかりしたお姉さんと認識してもらえるように、がんばろ」
「それは無理だと思うよ…」
「ん? なんか言った?」
「いえいえ…あ、あれ? 今日はおばあちゃんだけじゃないのかな。あの男の人…」
「え? ん? あ、ホントだ。あ~…あれ、多分とこちゃんのお父さんだよ」
「そうか。そう言えば、月に何回かは顔を出すって、上小田井くんが言ってたな」
「お義母さん、長らく娘をありがとうございました…。本当に…ご面倒をおかけしました」
「あたしはかまわんでよ。おみゃーさんもだいーぶ苦労しよーでたんはわかっとるで。だけんど、おみゃーさんだけで面倒みていけりゃーすのきゃ?」
「少し蓄えがありますので…仕事は辞めてきました。しばらくは、娘のために生きようと思っています。ずっと娘と向き合って来なかったですから…今度こそ、ちゃんと父親らしく接したいんです」
「そうだったかね…。この近くに住む予定かね? あたしもいつでも協力したるでよ」
「転校させるのは娘にとって負担でしょうから…このあたりで、住む場所を探すつもりです」
「わかったで。あんたもあまり無理せんときよ。あ、ほら、帰ってきよーでるがね」
「あ、パパだ。パパー!」
「じゃあ、常滑さん。ぼくはここで失礼するね。またあしたね」
「うん、またあしたね。バイバイ」
「あ、上小田井くん…。娘を、どうもありがとう」
「い、いえいえ。常滑さんは、ぼくの大切な友達ですから…」
「これからも、娘と仲良くしてやってくださいね」
「も、もちろんですよ。ぼくの方こそ、よろしくおねがいします」
「ねえパパ、こんどね、上小田井にいちゃんたちと、えいがみにいくよ」
「映画か…。それはいいね…。それはいい…。上小田井くん…本当に、ありがとう…」
「そ、そんな、気にしないでください。…それじゃあ、ぼくはこれで失礼します。さようなら」
「バイバイ!」
「さあ、家の中に入ろうか」
「ねえパパ、とこちゃんね、ずっと、パパにききたかったことがあるのよね」
「訊きたかったこと? なんだい?」
「んっとねえ、パパ、とこちゃんのこと、ちゃんと好き?」
「…それが、ずっとききたかった事…なの?」
「そうだよ! ずっとききたかったんだから。ねえ、好き?」
「…すまなかった…。そんなことを、言わせてしまったなんて…。そんなことで、お前を悩ませていたなんて…」
「ねえ~、ちゃんとこたえてよ」
「ああ、好きだよ。大好きに決まってるじゃないか。パパは、お前が生まれたときから、ずっとずっと、お前の事が大好きだよ」
「パパ…だっこはうれしいけど、おヒゲが痛い…」
「あ、ああ。はは、ごめんごめん。さあ、おうちに入ろう」
「…そっか…。とこちゃんが、自分のスキルで確かめたかった事って、この事だったんだ…。でも、訊けたじゃないか…。自分の口から、訊けたんだ…。よかったのかな。これでよかったんだろうか」
「ご両親が離婚されて、ずっとおばあちゃんっ子だったから、お父さんの愛情に飢えていたんだよね…きっと。かわいそうだな…。ぐすっ。…でも、とこちゃんの事をずっと愛していたのに、どうして離れて暮らしていたのかな?」
「もしかすると…常滑のお父さんは、本当はまだ、自分自身の気持ちに整理がついていないのかもしれないな。何があったのかは解らないけれど、離婚した母方の祖母に、自分の娘を預けなきゃいけない事情があったんだもの」
「じゃあ、とこちゃんのお父さんは、とこちゃんが好きって、嘘を言ったのかな?」
「嘘…ではないと思うよ。でも、自分に言い聞かせるように、そう言ったのかもね。どうなんだろう。難しいな。だとしたら、だよ。もしとこちゃんが、スキルを使ってお父さんの心の中を覗いたとしたら、とこちゃんは残念な結果しか得られなかったかもしれない。心の中の声だからといって、その人の真実かなんて限らないってことだよね。だから、これでよかったのかもしれないな」
「鳴海よ。それで、常滑は、脳神経内科での精密検査を受けたのか?」
「それが…受けられなかったらしい。ほとんど断られるような形だったって聞いたよ。その理由が、現代医療では治療できない症状だからなのか、あるいは防衛省からの圧力で隠匿されたのかは、わからない」
「ふむ…。状況から、後者と考えるのが妥当だろう」
「もし隠匿されたのだとしたらさ…スキルの発現と防衛省には密接な関係があるんだと思うんだよね。例えば、防衛省が秘密裏に研究している新型兵器の実験台にされている…とか」
「仮説としては面白い。だがそうすると、誰にスキルが発現するのかを防衛省側が把握できていないのは解せん。なぜ国府だったのか、なぜ常滑だったのか。あの2人は、スキル発現に関わる何らかの身体的操作をされたのか。その新型兵器とやらによる影響だとしたら、有意なスキルが発現する意味も不明だ。そして、なぜ崩壊フェイズなどというものが存在しているのか。最も不合理なのは、なぜスキル者を防衛省は頑なに消そうとしているのか」
「結局、わからない事づくめか…。でも、少しずつだけど情報も集まってきている。まあ、とこちゃんのスキルが消失したのは、今後の情報収集能力という観点からは痛いけれど…」
「俺たちは、俺たちにできる事をするしかないな。何が起きているかはわからん。だが、俺たちは自分や仲間の命を守る必要がある」




