3章:幼年期で終り(第10話)
「桜ねえちゃんと鳴海にいちゃんが登下校につきあってくれるなんて、えーれーうれしいがね」
「その代わり、あたしたち、早起きしなきゃいけないけどね。えへへ~」
「桜…早起きぐらいなんともないだろ…。大体、普通は登校に時間がかかる高校生の方が早起きだよ」
「女の子の朝は、男の子より大変なんだよ。ね、とこちゃん」
「そうかね? うちはそう感じた事はにゃーでよ」
「とにかく、とこちゃんはスキルが既に発現してるからね。それに、有松くんや上小田井くんや呼続ちゃんも狙われる可能性があるんだ…」
「上小田井くんと呼続ちゃんの分団は途中で合流しりょーでるから、ついでだがね」
「なあなあ上小田井、おまえ、何か超能力とかできるようになったか?」
「ぼ、ぼく? 別になんともないけど…。有松くんは?」
「おれもなんともない。色々と試してみたんだけどな~。あ、呼続呼続! ちょっとこっちこいよ」
「有松くん、上小田井くん、朝からどうしたの?」
「呼続さあ、常滑みたいな超能力が使えるようになったりしてないか?」
「わ、わたし? 別に何も…。普段どおりだよ」
「ちぇ~。という事は、スキルが使えるようになったってのは、鳴海さんか桜さん、ってことか」
「まあ、ぼくたちにスキルが現れたとしても、使い方がわからないよね」
「それはそうだけどよ」
「あ、トコちゃんだ。遅かったね。ギリギリだよ。途中まで一緒だったのに、何してたの?」
「いや~、まいったでよ。せっかく鳴海にいちゃんと桜ねえちゃんに校門まで送ってもらったのに、学校に着いたとたん、自分の教室がどこだったか、ど忘れしてまったでかんわ」
「はははは。なにやってんだよ常滑。5年生のクラスになってから、もう3ヶ月ちょっと経ってるぞ。いまさら教室間違えるとか、笑える」
「それだけじゃにゃーて。下駄箱の位置もど忘れしてまったでよ。せっかくの朝の時間がワヤになってまったがや」
「おい…常滑、お前なにやってんだ? こっちは男子トイレだぞ」
「男子トイレ? トイレに男子も女子もあったかしゃん」
「なんだそれ? 新しいギャグだとしても笑えないぞ。お前は女子トイレに行けよ。恥ずかしいだろ」
「常滑、8×8は64だぞ。『はっぱむとし』って覚えただろ」
「あ、有松くん、そんな覚え方してるんだ…。わたしは普通に『はっぱろくじゅうし』だけどな…」
「で、でらおかしいでよ…。こんな簡単な九九が、今日はぱっとでてきよらせん…。えっと…1の段から暗誦してみるでよ…」
「おかしい、おかしい、おかしいでよ…。うち、どうしてまったんかね…」
「トコちゃん…どうしたの? 元気がなさそうだよ…?」
「よびつぎちゃん…うち、じ、じぶんのなまえの漢字をおもいだせんようになっとるがね…」
「名前を…? 漢字で書けなくなっちゃったの?」
「あ、あたまがたわけになってまったかしゃん…。よびつぎちゃん、わるいけどうちのなまえ、漢字でかいたってちょーよ」
「よ~し、お前ら朝礼始めるぞ~。席につけ~。堀田は3年の教室に戻れよ~」
「あ、もうそんな時間か…。じゃあ、またあとでね、豊橋くん、鳴海くん」
「いいか~お前たち。今日は転校生を紹介するぞ~」
(転校生だって? 夏休みまで、あと1ヶ月もないというこのタイミングで?)
「先生! 転校生は、男子ですか~? 女子ですか~?」
「その質問はダイバーシティの観点から却下だ。というか、ものの10秒以内に結果がわかるような質問をするな~」
「なんでこの時期に転校してきたんですか~?」
「それはあとで直接本人に訊け~。あ~、あと、あらかじめお前達に共有しておくが、転校生は発話に多少だが吃音の傾向がある。仮にも県下1、2の進学校生徒である諸君に忠告しておくのは野暮だろうが、ゆめゆめ、からかったりしないように~」
(吃音…だって? まさか…)
「よ~し、じゃあ入って挨拶してくれ~」
(まさかまさかまさか…)
「お、おは、おはようございます。きょ、今日からこちらに転校してきました、も、もと、本星崎です…。よ…よろしく」
「なんだと! な、なんでキミが僕たちの高校に転校してくるんだよ! お、おかしいだろ…! 普通に考えて…」
「鳴海~落ち着け~席を立つな~。本星崎と鳴海は、知り合いだったのか~?」
「知り合い…と言っていいのか…」
「ふ、ふふ…。せ、せん、先生、わ、わ、私、こ、こんなそそっかしい人とは、ぜん、全然、し、知り合いじゃありません」
「な、なんだと…」
「鳴海~、人違いおつ~。じゃあ朝礼を開始するぞ~。本星崎の席はあそこだ~」
「豊橋、休憩時間が終わるまでに少し話したい」
「本星崎の事か」
「ああ。いずれ接触をしてくるとは想定していたけれど、まさかこんなド直球でくるとは…」
「本星崎本人については分からんが、奴らにとってリスクを回避できるのであれば、このやり方が一番合理的だったと考えるのが自然だ。俺たちが本星崎に危害を加える事は想定外だろうからな」
「なるほど…。本星崎はほとんどノーリスクで、僕たちのスキル発現を確認できるという訳か…。仮にだけれど、僕たちが本星崎に危害を加えたら…たとえば、防衛省や自衛隊に僕らのスキルについて報告できないように長期間の監禁をしたとしたら、どうなるだろうか」
「思いつくのは2パターンだな。本星崎と同様のスキル者を別の方法で送り込んでくるか、あるいは問答無用でスキル発現の疑いのある人間を全て殺害するか」
「そうか…。となると、やっぱり僕たちが本星崎をどうにかするのは悪手か…」
「本星崎の事は、泳がせておいた方がいいだろう。本人から直接聞き出せずとも、行動パターンを洗えば、なぜ俺たちを狙うのか、なぜ俺たちにスキル発現のリスクがあるのかが見えてくるかもしれん」
「それでも、ひとつだけ解らないんだよね…。確かに、同じ高校に通ってしまえば調査はてきめんに捗ると思う。だけど、スキルの鑑定なんて1回したら終わりじゃないのか?」
「鳴海よ、お前は勘違いしている。俺たちは常に、スキル発現のリスクを負っている。今発現していなくても、いずれ発現するかもしれん。つまり、本星崎に与えられた任務は、1回限りのスキル鑑定ではない。俺たちを長期間に渡り監視し、スキル発現のタイミングで自衛隊を差し向けると考えるのが正しかろう」
「だとすると、先日、わざわざ遊園地で僕らのスキル鑑定をしようとした理由がわからない。最初から転校してこればよかったんだ」
「そうでもない。単純に、遊園地での鑑定結果、奴らが想定していたよりもスキル発現者が少なかったんだろう。あるいは、奴らにとっても本星崎のスキル鑑定範囲の狭さが想定外だった可能性もある。俺と堀田とゴブリンと神宮前の鑑定を漏らしている、という事もあるしな。ガキどもの鑑定も一緒にできて効率的でもあったはずだ」
「そんなものだろうか…」
「どの道、今日中に本星崎と接触しておく必要があるな。できれば常滑がいれば好条件だが、そうも言っておれまい」




