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間隙のヒポクライシス  作者: ぼを
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2章:時を賭ける少女(第9話)

「未来の日付だって? そんな、あり得ない。スマホ本体の時計が狂ってるんじゃないか? ずっと圏外だったし」

「表示時間は本体の時間を参照していないだろう。それに、伊奈がこのメッセージを受け取ったのは、俺たちが圏外になるよりも以前である事は明白だ。となると狂っているのはなんだ。メッセンジャーアプリ会社のサーバか。あるいはプロバイダか」

「そうだな…。豊橋の言う通り、サーバ側が故障している可能性が一番高そうだよ。メッセンジャーアプリの、この時間表示がどういうアルゴリズムによってなされているのかはイマイチ解らないけれど」

「ふん。そうか…。では、一概に不可解とも言えまい。受信時間に関する議論はここまでだな。左京山のスキルについては別途調査が必要だろう。第三者が知り得ない情報を、場所を選ばずに知り得るスキルとなると、相当厄介だ」

「厄介ってことはないだろ? 間接的に、僕たちを助けてくれたんだから」

「そうだな。だが、本星崎のように自衛隊に利用される可能性はある」

「ああ…そういう意味か…」

「過去のメッセージまで遡ると、この左京山という人間は、伊奈に対して様々な情報を伝えていたように見える。多くは送信後削除になっているがな…。そもそも、この左京山とお前は、どういう経緯で繋がったのか、教えてもらおう」

「どういう経緯って…いいますか…左京山サンから、あたくしのお友達経由であたくしのIDを教えて貰ったから、と友達申請があったんですのよ…。あたくし、すっかり信用していたんですの…。てっきり、本星崎サンからスキルの事を聞いた、他のお友達経由かと…」

「…そうか。解った。どのみち、現段階では、この左京山からの連絡が、お前や俺たちをなんらか陥れようとしているかどうかの判断ができん。さて…。伊奈よ。それで、だ。俺たちはまだ、お前自身のスキルについて、詳細を聞いていない。そして、俺が最も興味があるのは、どういう要因でもってお前にスキルが発現したか…だ」

「ええ、そうですわね。お話しますわ。まず、あたくしには『発生している任意のエネルギーを、総量を保ったまま別のエネルギーに変換できる』スキルが発現していますの」

「エネルギーを変換できる…だって? さらっと、とんでもないことを言うんだな…」

「もちろん、変換できるエネルギーには上限値があるみたいですのよ。それに、効果を適用できる範囲も限られていますの。だから、例えば太陽の光エネルギーや熱エネルギーを全部、ダークエネルギーに変換する、みたいな事は到底できませんわ」

「そ、そりゃそうだよ…。そんな事をされたら、地球が終わる」

「ただ…残念ながら、なぜ、そしていつ、このスキルがあたくしに発現したかは、解りませんの…。あたくしが自分のスキルの存在に気づけたのは、本星崎サンが教えてくれたから…」

「なるほど。スキル発現の条件については、俺たちも伊奈も、同じ情報量という訳だ。つまり、誰に、いつ、何のスキルが、何が要因となって発現するかは一切不明という訳だ」

「豊橋、ついでに言えば、なぜスキル者が殺されなければならないのか、も不明だ」

「…そうだな…」

「ところで、伊奈がさっき言っていた、崩壊フェイズ、というのは?」

「あたくしも実際に崩壊するのを観たことはありませんの。みなさまは…国府サンの崩壊をご覧になったのでしょう?」

「ああ…ああ…。そういう事か。うん。そうだね…。急に体中の皮膚が裂け始めて…血が溢れ出して…手足が崩れ落ちて…頭髪が剥がれ落ちて…爆発した…」

「伊奈よ。あの現象が、崩壊フェイズか」

「ええ、その通りですわ。スキル発現者は、一定期間経過後に崩壊フェイズに入り、確実な死に至る…」

「なんだと…? スキルが発現する事と、崩壊による死は、同義だと言いたげにみえる」

「そのご認識で間違いありませんわ。すなわち、あたくしも、いずれ崩壊フェイズに入り、国府サンと同様の死を迎えますの…。最後には…爆発するんですのね…。国府サンは…その…苦しんでいらっして?」

「国府は…。そうだね。安らかな死に方では…なかったな…。国府…。伊奈…キミも、そうなるのか…」

「鳴海よ、そのリスクは、既に俺たちにも同様にある事を忘れるな」

「ああ…解ってるよ」

「ところで伊奈よ。スキル者が崩壊フェイズに入る条件は、時間経過、と言ったな。時間で…か。鳴海、お前はどう思う?」

「国府の寿命数値化のスキルが正しいとすると、国府の寿命はスキルを使用する度に減っていた…。だから、もしかすると、崩壊フェイズに至るまでの条件は時間経過ではなく、スキルの発動回数が影響しているんじゃないかな」

「俺も同意見だ。だが、発動回数だけではない。時間経過と回数の2つの条件が相関していると見て問題なかろう。でなければ、国府が数値化した寿命に矛盾が生じる」

「そうか…。あの時、国府の10,000分の寿命に対して、時間経過とスキル使用回数の2つの条件が作用していたから、僕たちには違和感があったのか…」

「時間と…回数…? そうなんですの…? あたくし、てっきり時間だけだと思っていたのですが…。そうですの…。回数も…。とすると、むやみにスキルを使うのは賢い行動ではなさそうですわね…」

「国府によると、1回のスキル使用によって減る寿命は一定幅ではなかったそうなんだ。むやみにスキルを使うのは避けた方がいいだろうね」

「伊奈よ、さっき、もう一つ気になる事を言っていたな。『崩壊フェイズを、国府はパスできなかった』…と。パス、というのはどういう意味だ?」

「パス…。そうですわね。パスできるそうなんですの」

「それはつまり、崩壊フェイズに入ったスキル者を、崩壊から救う方法があるって事なのか?」

「ええ、そういう事になりますわね」

「なんだって!? であれば、伊奈がもっと早く駆けつけてくれていれば、国府が死ぬ事はなかったんじゃないのか!? 伊奈は、国府の崩壊を止められたんだろ!?」

「そ、それは誤解ですわ。あたくしも、情報として崩壊フェイズをパス…すなわち、停止する方法があるらしい、という事を知っているだけで、その方法は存じ上げませんもの!」

「2人とも、落ち着いて…。鳴海くん…気持ちは解るけれど、伊奈さんを責めるのは、間違っていると思うな。伊奈さんだって崩壊フェイズを回避する方法を知らないんだし…それに、あたしたちを助けてくれたんだよ?」

「わ…解ってる。大きな声を出して、ごめん…」

「いえ、気にしないでくださいな。大切なお友達が目の前で亡くなったんですものね…」

「国府が崩壊フェイズにある時、鳴海も俺も、何もできなかった。もし崩壊フェイズをパスする方法があるとして、崩壊し爆死するまでの短時間において実行できなければ意味はない。つまり、パスの条件がいかなるものであれ、崩壊フェイズに至るまでの正確な時間を把握できなければ、対策は不可能ということだ」

「…そうですわね。逆に言えば、死ぬまでの時間を数値化できるスキル者を見つける事ができれば…対策のしようがあると思いますの…。国府サンみたいな…」

「…やっぱり、なんとしてでも、国府を死なせちゃいけなかったんだ。国府…クソッ」

「なるほど。崩壊までの時間を知るためには、寿命数値化のスキルと、スキル発現判定のスキルの2つの存在が必要だ。スキルが発現しているか不明な状態で寿命を確認しても、それがスキルによる崩壊死か解らんからな。そして、崩壊をパスするためには、おそらくその方法を知っているであろう防衛省から情報を取得する必要がある。でなければ、伊奈よ。お前は確実に死ぬ。とにかく、今の俺たちがすべき事は2つだろう。自衛隊に捕縛された本星崎の救出と、左京山のスキルの調査だ」

「自衛隊と接触できれば、崩壊フェイズをパスする方法も聞き出せるかもしれないしな。否応なしに射殺される可能性もあるけどね…」

「鳴海くん、豊橋くん、あたしたち、普通に学校に通って大丈夫かな? …少なくとも、あたしたちのうち5人は殺害対象になっているんだよね…?」

「学校へは普通に行くべきだと思うよ。だけど、バスの乗客ごとスキル者を消そうとした連中だ。下手をすると、校舎ごと吹き飛ばしにくる可能性もある。当面は単独ではできるだけ行動しないようにしよう。そして、相手からの接触があれば、すぐに連絡をとること。奴らが現れる時には、必ず本星崎が近くにいるはずだ」


「あ~さっぱりした…」

「先輩がた、お先に失礼したっス」

「ようやく出たか。2人でシャワーを浴びたのは正解だったな」

「だって豊橋くん、神宮前さんをひとりにはできなかったでしょ? ほら、みんなも続いて入ってね」

「あっ…。ボクのスマホ。充電終わってるかな…」

「そうだ、あたしもスマホ充電しておかなくっちゃ。鳴海くんはバッテリー残量大丈夫?」

「あ、全然確認してなかったよ」

「あっ…! スマホ、アンテナが立ってる…。ここは電波が通じるんだ。あれ? メッセージ…。あっ!」

「ん? 神宮前、どうしたんだ? 何か、気になるメッセージがきていたのか?」

「ななな…鳴海先輩…こ、これ…」

「これ? 落ち着いて話してくれよ」

「これ…国府チャンからだ…」

「国府から…? なんだって? 国府から!? みんな、自分のスマホを確認するんだ。神宮前だけか? 国府からメッセージが届いているのは」

「あたしには…届いてないみたい」

「俺もだ。チッ。電池残量が20%を切っていた。堀田、充電器を貸してくれ」

「はい、豊橋くん。ちなみに…えっと、アタシにも届いていないわね」

「オ、オレにも届いてないよ。ジンちゃんだけじゃないの?」

「な、鳴海先輩はどうっスか?」

「僕は…。あっ…。届いてた…」

「ちょちょちょ、ちょっと待って下さいよ。ま、まずは、ボクのメッセージから確認しますから…」

「神宮前、何て書いてあるんだ? 受信時間は?」

「えっと…。受信時間は…。あ、ああ…あああっ!」

「どうした? 神宮前」

「鳴海先輩…。受信時間…国府チャンが爆発する寸前…みたいっス」

「爆発寸前だって…? それって…」

「鳴海くん、覚えてる…? 国府ちゃん、苦しみながらスマホで文字を打っていたの…。もしかして、神宮ちゃんと鳴海くんに送っていたのかも」

「神宮前、メッセージの内容は!? 何て書いてある?」

「え、ええっと…。『じんぐ珍.カーでぃがんよごしてごめんね(神宮ちん、カーディガン汚してごめんね)』だって…。あはは…。ボクが貸したカーディガンの心配してる…はは…。死ぬ直前だっていうのに…こんなどうでもいい事で…ボクの…心配をしてくれたんだ…。国府チャンらしいかも…ぐすっ…ぐすっ…」

「鳴海よ。お前に届いているメッセージはどうだ」

「あ、ああ…。えっと『デート楽しかったありがとでも鳴海戦とは月アメまさんサッチンをよろしくお願いします(デート楽しかった。ありがとう。でも、鳴海先輩とは付き合えません。さっちんをよろしくお願いします))』」

「うう…国府チャン。国府チャああぁん…。最後に、約束通り、鳴海先輩を振ったんだね…。桜チャンのために…」

「国府ちゃん…。国府ちゃん…。あたし…あたし…国府ちゃんに嫉妬してた…。ふえぇえええぇえええん。あぁぁあああああああん」

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