2章:時を賭ける少女(第7話)
「きゃあああああああ!」
「こ、国府! うっ…。体の破片や血液が…」
「神宮前よ、カメラを止めるな。スマホの画面だけに視線を合わせておけ。お前は冷静さを欠くな」
「う…うぅぅうう…。豊橋先輩なんか…あんたなんか…」
「…それでいい」
「と、豊橋くん…。これは…現実なの…かしら…?」
「そうでない事を願いたいところだが、現実であると受け入れざるを得まい。しかし…だ。派手に爆発したな…。酷い匂いだ…。人間なんて、ただの糞袋だということか。この季節、腐敗してくると、血液はより生臭くなるぞ。俺たちも、早めに体や服に付着した肉片や血液、汚物を洗い流した方がいいだろう」
「なんだと…。豊橋先輩、なんつったスかよ!」
「神宮前さん、落ち着いて! こんな事が起きて、感情の整理ができていないのは、みんな同じなのよ」
「堀田先輩、あんたも同じっスよ! 人でなしカップルじゃねえスか!」
「神宮前。スマホの画面から目を離すな」
「何言ってんスか。もう国府チャンは爆発して死んで、これ以上撮影するものなんてないじゃないスか」
「じ…神宮前…お前の気持ちはよく分かる…でも…とりあえず…おち…落ち着こうじゃないか…」
「な、鳴海先輩…」
「今…冷静な豊橋がいるのは…ぼ…僕たちにとって…とても重要だ…。うぅううぅぅぅううぅぅ…。僕だって…感情を…おさえることが…難しい…あああああ!」
「な、鳴海くん…。ぐすっ。ぐすっ」
「うわああああああああ! 助けられなかった! 僕は! 国府を! 助けられなかった…! チクショウ…チクショウ! あんなに僕の事を頼ってくれた国府を、助けられなかったんだ! あんなに不安がっていた国府を、助けられなかった! 助けるって、約束したのに、助けられなかったんだ!」
「鳴海くん! わかる! わかるよっ! でも、鳴海くんのせいじゃないんだよ。ね? ほら。自分を責めないで…。苦しまないで…。苦しまないでほしいな…。あたしまで、悲しくなっちゃうもん…。ほら、あたしの手を握って。ね? 大丈夫。大丈夫だよ…」
「桜…。僕は…僕は本当は何ができたんだろう…。本当に、何もできなかったんだろうか…」
「ああ、その通りだ。鳴海よ、お前は何もしなかったが、何もできなかった。俺もな。だが、俺たちは、次に同じ事が起こった時に、何かができるように対策をする必要がある」
「次…ですって? 豊橋くん、それはどういう意味かしら」
「み、みんな~! こ、公衆電話の電源が切れてて……え? な、なに? 何があったんだい? こ、この血の海は…」
「ゴブ先輩…」
「こ…これって…。え? こ、コウちゃんは? コウちゃんは…どこに行ったの? ま、まさか…もしかして…。でも、そんな…」
「ゴブリンよ。広場の至る所に飛散した肉片や血液、頭髪が、国府だ…」
「に…肉片が…コウちゃん…。コウちゃん…。う…うぉ…お、おええぇぇええええええ…」
「ゴブ先輩、しっかり…」
「そうか…公衆電話の電源が切られていたか」
「でも、なんらかの方法で警察に連絡はとる必要があるよ。こんな状況だもんな…。どう説明したものかも解らないや…。検死して、死因が解るとも思えない…。そもそも検死すらできないかもしれない…」
「鳴海よ。本人は爆ぜて死んだ。警察に話したところで、俺たちは爆弾テロの疑いをかけられるか。だが、それより前の問題だ。電波が入らない、公衆電話が使えない。ここから考えられる俺たちの置かれている状況はなんだ?」
「み、みんな! あ、あれ…な、何かこっちに向かってくるっスよ…」
「ん…。あれは…自衛隊の…装甲車…か? なぜそんなものが、こんなところに…? このタイミングで?」
「おい! あれ、自衛隊の化学防護車だよ!」
「ゴブリン、詳しいのか?」
「ちょ、ちょっとだけ、だけどね…。一応、オレ、防大目指してるからさ。あ、ほら、もう1台来た…。あのトラックは…多分、除染車だよ!」
「おい、ゴブリンよ。教えろ。あの車両の目的は何だ? 俺たちを助けに来た訳ではなさそうだ」
「化学薬品によるテロが行われたり、放射能事故があった時とかに活躍する設備だと思うけれど…」
「放射能事故だと?」
「ゴブリン、あれは自衛官…か? 顔までマスクに覆われた迷彩服で、しかも武装してるぞ。…こっちに銃を向けてないか? …撃つつもりか?」
「オレたちを? はは。まさかね、そ、それはないと思うな。だって、短機関銃と言えど治安維持目的での重火器の使用は、警察と同様に、かなり制限されているは…ず…」
「目標5体、全数確認完了」
「了解。全数殺害後、サンプルを回収次第、除染作業に入る。機銃掃射、用意」
「お、おいおい! なんだって! お~い! 自衛隊のみなさ~ん! 勘違いですよぉ!! オレたち、ただの善良な高校生ですよぉ!!」
「ふん…どうやら、聞く耳はないようだ」
「鳴海くん! あたしたち、狙われてる…!」
「桜、意味は無いかもしれないけれど、できるだけ僕の背後に隠れるんだ」
「隠れるのはいやだよ。鳴海くん、手を握っていてくれる?」
「オ、オレ、どうすれば…これはさすがにマズイよ。逃げようよ!」
「残念だが、ここは逃げるには広すぎるし、隠れる場所もない」
「神宮前さんは、アタシの後ろにかくれてなさい…」
「堀田先輩、どのみち、この状況じゃ、ボクだけ生き残ることなんてできないスよ…。豊橋先輩…ボク、撮影していたほうがいいかな…」
「ああ。それがよかろう。画面越しなら、現実感が少しは薄れる」
パパパパパパパン!
「きゃあああああああ!」
「ほ、ホントにオレたちに向かって撃ってきやがったよ!」
「うおおぉおおおおおおおお!」
パパパパパパパパパパパパ!
「あ、あれ? ぜ、全然オレたちに弾が当たってなくないか? 確かに少し距離はあるけれど、全数外す事はあり得ないよ!」
「な、鳴海くん…。弾が…あたしたちの直前で、消えてるの…かな…。よく見えないけれど…」
「なんだこれは…。僕は、夢でも見ているのか…?」
「残念と言わねばなるまい。今、俺たちが掃射されていることも、国府が死んだことも、どちらも現実だ」
「鳴海先輩! あっちを見てください! こっちに向かって叫んでるみたいっス。誰だろう?」
「みなさま! 今のうちですわ! こっちにいらっしてくださいな!」
「誰だろう…あれは。うちの高校の生徒ではなさそうだな…」
「こ、この際、誰でもいいよ! み、みんな、走ろう!」
「みんな、ゴブリンに続くんだ!」
「はあ、はあ。まだ撃ってきているみたいだな。でも、なんで僕らに弾があたらないんだ?」
「あたくしのスキルを使って、鉄砲の弾の運動エネルギーを位置エネルギーに変換しましたの」
「位置エネルギーだって? つまり、弾は空に向かって逸れているって事か…。だから消えて見えたのか…」
「ええ、そのとおりですわ。でも、いずれ重力加速度で自由落下してきますから、とにかくここから離れましょう」
「ねえ! 自衛隊の人たち、こっちに向かって走ってこようとしてるっスよ!」」
「安心なさって。あの人達の靴の裏と地面との間の摩擦を全て熱エネルギーに変換しましたわ。これで追ってこられないはず。さあ、逃げましょう!」
「逃げるって言っても、どこへ逃げる!? こんな血まみれの格好で逃げていたら、すぐに通報されて捕まってしまう!」
「近くに鄙びたホテルがありますの。とりあえず、そこなら怪しまれずに隠れられますわ。ほら…ええと…あそこ」
「あれって…ラブホテルじゃないか…」
「鳴海よ。ラブホテルなら、隠れるにはうってつけだろう。それに、早く体を洗いたい」
「結局…国府が行きたがっていたラブホテルに、国府抜きで行くのか…」