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間隙のヒポクライシス  作者: ぼを
138/141

最終章:さよなら、僕の桜(第2話)

「あ…桜…いた…」

「あ、鳴海くん。なんだ。もう来ちゃったの? もう、よかったの?」

「え? 何の話?」

「ううん。まあ、まだいっか。それで? あたしを探してたの」

「えっと…うん。そうだね。桜を探してた」

「えへへ~。なんであたしを探してたの?」

「なんで…って…。理由がいるのかよ?」

「あたしたち、付き合ってるから?」

「いちいち確認するんだな…。そうだよ。一緒に帰ろうと思って」

「いいよ、帰ろ!」

「校舎の屋上なんて、寒くなかった?」

「寒いけどさ。あたし、この季節に、ここから見る夕焼けが好きなんだよね~」

「そういうところだけ、文藝部っぽいな」

「あ~、なにそれ」

「褒めてるんだよ」

「本当に? む~」

「なんだよ」

「鳴海くん、あたし、寒い。冷えちゃった」

「ほら、こんな所にいるからだよ」

「温めて」

「え?」

「ほら。温めてよ」

「お…おう…。ほら、おいで」

「…えへへ。ありがと」

「ぎゅううぅぅぅうぅぅぅ…って僕がするのもなんだけど…」

「鳴海くん、お陽様の匂いがする」

「桜を探し回ったからな」

「そっかぁ」

「温まった?」

「まだ。もうちょっと」

「欲しがりですなあ」

「欲しがりだもん」

「はいはい…。桜の髪も…シャンプーと、お陽様の匂いがする…」

「えへへ~。ここからお陽様を見てたからかな」

「ふ~ん」

「なによお」

「温まった?」

「…うん。温まった」

「じゃあ、帰ろっか」


「あ~、桜ねえちゃんと鳴海にいちゃん、手なんかつないで歩いとらっせるがね。恋人みたいじゃにゃ~きゃ」

「とこちゃん、恋人みたい、じゃないからね。あたしたち、恋人なんです~」

「そ、そ~だったかね。なんだね、うちまで恥ずかしくなってきよ~でるがね」

「とこちゃん、今から帰り? 遅かったんだね」

「音楽部の練習だがね。卒業式が近いでよ」

「そっか。とこちゃんたちは、来年度は小学校6年生だから、今年は送り出す主役なのか」

「そ~だがね。卒業式をわやにしたらかんで、頑張っとりゃ~すがね」(わや:名古屋弁で「台無しになる」)

「常滑さん、歩くの早いよ…。もう暗くなってきたから、気をつけないと…」

「あ、上小田井くん、悪かったがね」

「なんだ、上小田井くんに呼続ちゃんに有松くんも一緒だったのか」

「鳴海お兄ちゃん、わたしたち、帰る方向が途中まで一緒なんだよ」

「そっか。そうだったね。4人一緒なら大丈夫だと思うけど、気をつけて帰りなね」

「鳴海さんと、桜さんもお気をつけて」


「鳴海くん、暗くなってきちゃったね」

「でも、もうすぐ駅だよ」

「うん。ねえ、ちょっと寄り道していかない?」

「寄り道? チョコミントアイス? それともソフトクリーム? またコーンだけ食べさせられるのは…」

「チョコミントアイス! それもいいね~。でも、違うよ。ここからバスに乗ります」

「バス? ここから? 寄り道ってレベルじゃなくなりそうだな…」

「まあ、いいじゃん」

「桜が行きたいっていうなら、つきあうけどさ…」


「ついたついた! この公園だよ」

「あれ…? なんだっけ、この公園。来たことあったっけ?」

「…そっか。鳴海くん、そんな感じかぁ」

「そんな感じ? どんな感じ?」

「ううん。もう少し、そのままでいいよ」

「…よくわかんないなぁ」

「ええ…っと。あ…あったぁ! ほら、これ。覚えてない?」

「これ…って。枯れたヒマワリ? もうこの時期だもんね」

「そっだね~、さすがに枯れちゃったね、残念」

「ヒマワリは1年草だから、種がうまく落ちてなければ、このままおしまいだろうな」

「え? そうなんだ…。知らなかった…」

「でも、このヒマワリがどうかしたの?」

「うん。どうかしたの。ねえ鳴海くん、このヒマワリ、誰だと思う?」

「誰…って…。どういう意味? 誰か、僕たちの知り合いが蒔いたの?」

「う~ん…。まあ、そんなところかな」

「ふうん」

「まだ思い出さないか…」

「なんだか、僕がこのヒマワリについて知っているような口ぶりだね」

「あ、そうだ! ねえ、鳴海くん。カモミールの種は、ポケットに入れてる?」

「カモミールの種? なんでそんな物を、僕が持ち歩かなきゃならないんだ?」

「いいから。確かめてみて? ポケットの中」

「ポケットの中ねえ…。あれ? なんだっけ…この包み紙…」

「ほらね? あったでしょ。ねえ、開けてみたら?」

「う…うん。えっと…あ…。種だ…。種だよね? これ…。カモミールなのか…? でも、なんで…」

「そっかぁ~。うん、なるほどね。これは、あたしが悪い」

「桜が悪い? 何を言ってるの?」

「ねえ、鳴海くん。今日という1日を、充分楽しんだ?」

「楽しんだか…って、いつもどおりの1日だよ。普通の1日だったと思うけれど」

「そっかそっか。まあ、そんなくらいの感想がいいんだろうね~」

「なんだかよくわかんないな。まあ、桜はいつも、よくわかんないけどさ」

「そっか…そっか…。えへへ…」

「…なに?」

「……鳴海くん、ごめんね。あたしがしてあげられるのは、このくらいが限界みたい」

「…え? え? 急に、どうしたの…?」

「鳴海くん…お薬を投与されたから…」

「薬? 桜、何か薬を飲んでるのか? …もしかして、やっぱり、精密検査の話って…」

「ううん。違うよ、あたしじゃない。鳴海くんが、だよ。もう…こんな時まで、鈍感なんだから」

「僕…責められてる…」

「…鳴海くんにとって、つらい事かもしれないけれど…。でも、少しずつ、現実に戻していくね…」

「現実…。まるで、今のこの状況が現実ではないような言い方だな…」

「そうだよ…。現実じゃない。もっと言うとね…ずっと現実じゃなかったの…。あたしだけ」

「……は?」

「ううん、まだこの話をするのは早かったね。まずは、鳴海くんには、この枯れちゃったヒマワリから思い出してもらいます」

「思い出してもらいますって…」

「じゃあ、問題です」

「なんだよ、唐突に」

「あたしのバストのサイズはいくつでしょう?」

「え? え? 桜のおっぱいのサイズ? そんなの知るわけが…」

「ううん。知ってるはずだよ? もし忘れたなら、鳴海くんのスキルで確認してみたら? まだ使えるはずだから」

「スキル…?」

「そう。スキル。どんな事でも、数字で確認する事ができるスキル。ほら、ちょっと意識してみて。『桜のおっぱいの大きさを知りたいなあ』って、思ってみて」

「…そんな事を言われても…おお?」

「どう? 見えた?」

「あ…ああ。見えた」

「でしょでしょ?」

「…桜のバストのサイズは…きゅ…きゅうじゅう…」

「あっ! いちの位は言わないでいいからね!」

「う…うん…」

「ね? 思い出してきた?」

「そ…そうか…。これが、僕のスキル…」

「そうそう。それでね、鳴海くんと同じスキルを持った女の子がいたんだけど…」

「まさか…まさか、それが、このヒマワリ…」

「せいかい!」

「ヒマワリ…。そうか…国府か…。国府は…そうだ…。崩壊フェイズで爆発して、死んだんだ…」

「…そうだよ。他のみんなの事も、思い出した?」

「とこちゃん…。そうだ、とこちゃんは、記憶をなくしてしまったんだ。それから、伊奈…脳を核融合で破壊されてしまった…。神宮前にいたっては、再生に12万年かかるし、寿命は23億年…。左京山さんは、分子分解して死んでしまった…。それから、上小田井くんと呼続ちゃんは確率論的世界の住人になってしまったんだ…」

「うん。大丈夫そうだね。鳴海くんの記憶、だんだん現実に戻ってきたね…。他のみんなは? わかる?」

「他のみんな…?」

「鳴海くんの、一番近くにいたお友達とか…忘れてるよ?」

「豊橋…。豊橋の事か? 豊橋も…死んでしまったのか…? 本星崎やゴブリンもか…?」

「そっか…。それは、あたしに責任があるな…。でも、そう。3人とも、いなくなっちゃった…」

「堀田さんは? という事は、堀田さんは生きているのか…?」

「堀田さんの事は…。目を覚ましてから、確認してみて。…鳴海くんの目で確かめて」

「…わかったよ……。でも、少なくとも、桜は生きている。僕はまだ、大切な人を、失っていない」

「…そう思う?」

「そう思うって…だって、目の前にいるんだもの。確定しているよ」

「鳴海くん……ごめんなさい!!」

「え? どうして、謝るの?」

「あたし、生きてません!」

「…は? 生きて…いない…? 意味がわからないよ。だって、僕の目の前にいるじゃん」

「それは、鳴海くんの幻覚です!」

「いや…はは。ちょっと待ってよ。理解が追いつかない」

「鳴海くん。ずっと騙していて、心から、ごめんなさい。本当の事を言うとね、みんなの中で、一番最初に死んだのは、あたしなんだ…」

「………は?」

「えへへ…。そして、一番最初にスキル発現したのも、あたし…」

「…いや…それはおかしい…。おかしいよ。だって、僕のスキルで確認したじゃないか。桜には、スキル発現はしていない」

「…そう思うの?」

「思うさ…だって…」

「ねえ、思い出してみて? あたしの寿命…どうなってたんだっけ? 神宮ちゃんと一緒に、あたしの寿命を数値化したよね?」

「あ……。桜の寿命…数値化できなかったんだ…」

「でしょ? なぜなら、あたしは最初から死んでいたからでした~」

「死んでいたからって…死んでいたからって…。じゃあ、今、目の前にいる桜はなんなんだよ。今まで、みんなと一緒に防衛省と戦ったり、スキル攻撃から逃げたりした間、ずっと一緒だった、あの桜は、一体なんだったって言うんだよ。おかしいよ。だって、目の前に、いるんだもん。桜が…。ほら、こうやって触れる事もできる…。体温を感じる…。死んでない。死んでるわけがないよ。僕、何度も桜に抱きしめて貰った…」

「…そっだね…。でも…違うの。あたしは、隕石が落下した時に、津波に飲まれて死んでしまったの…。覚えてるでしょ?」

「覚えてる…って…。だって、あの後、桜は何事もなかったかのように、教室に現れたじゃないか…」

「そうだな~。どの言葉で説明するといいんだろう。ん~。じゃ、この言葉で説明するね。鳴海くんは『タルパ』って知ってる?」

「タルパ…。ああ…聞いたことがあるよ。チベット仏教だったかな…。タルパという、イマジナリーフレンドを作り出す修行について聞いたことがある。頭の中で、空想の友達を強く強く思い続けると、いつか、まるで本物の友達のように、目の前に姿をあらわしたり、話したりできるようになるって…。でも…タルパって、幻覚の友達の事だろ? 実際には存在しないし、タルパを作り出した本人にしか見る事も話すこともできない」

「さすが鳴海くん、よくできました! その通りだよ。それでね…あたし…」

「う…うん…」

「あたしね、その『タルパ』なの」

「は?」

「あたし、ずっと、鳴海くんのタルパだったの。鳴海くんの頭の中にだけいる、幻覚のお友達。鳴海くんが作り出した幻想」

「…待って…やっぱり理解が全然追いつかない。…だって、みんなと一緒に話をしていた…。僕と、桜と、豊橋と、堀田さんと、みんなと…。みんなと話をしてた。桜が、僕の頭の中だけの存在だなんて、ありえない…」

「そうだね。ありえないよね…。でも、それが、あたしのスキルなの」

「桜の…スキル…だって…?」

「そう。あたしのスキル。あたしのスキルはねえ…。『みんなの頭の中に、共通して見たり話したりできるタルパを作り出すこと』」

「共通の…タルパ…。桜が…?」

「そうだよ。みんなが同じように、あたしのタルパを頭の中に作り出してたってわけ。だから、一緒にお話したりとかできたの」

「みんなって…。どのくらいの範囲の人たちが、桜のタルパを見ていたんだ…?」

「学校の生徒とか、とこちゃんたちとか、全員。あたしが津波で死ぬ瞬間に思い描いた人たちは一通りかな。だから、鳴海くん気づいてたかなぁ…。あたしの事が見えない人も、沢山いたんだよ?」

「そ…そうだったのか…。でも…でも、おかしいよ。桜、物理的に物を持ち上げたりとか…何か食べたりとか、してたよね? タルパだったら、そんな事は…」

「ふっふっふ。考えが甘いですね、鳴海くん」

「どういう事?」

「あたしが食べたものとかも、全部、あたしのスキルで作り出したタルパだったんだよね。だから、本当はそこにはない食べ物の幻覚を鳴海くんは見ていて、これまた幻覚のあたしが、その食べ物を食べてたってわけ…」

「…しれっと凄い事を言ってるの、わかってる…?」

「今日1日の出来事も、あたしが鳴海くんに見せたんだよ。鳴海くんの無意識が無防備な隙にね…。本当は…こうなるはずだった、何の変哲もない1日を…。こうなりたかった、あたしたちの1日を…。どうだった…? お気に召した?」

「う…うん…。まだ、信じられないよ…。今…この瞬間も、幻なのか…」

「えへへ。でも、それももう終わっちゃう。鳴海くん…お薬を投与されたから…もうすぐ、スキルが消えて、目を覚ましちゃう」

「お薬…って…。もしかして、治験の…?」

「そうだよ。鳴海くんは、間に合ったの。あたしが…間に合わせたから…」

「そ…そうだったんだ…。でも、僕の…スキルが…消える? 消えると、どうなるの?」

「鳴海くんの寿命が元に戻ると思う…。数値化のスキルが使えなくなって、それから…あたしも、鳴海くんの記憶から消えちゃう」

「え? どういう事? なんで? なんで、桜が僕の記憶から消えなくちゃいけないんだ? だって…だって、僕たち…僕たち」

「ごめんね、鳴海くん…。今、鳴海くんにとってのあたしの記憶は、鳴海くんのスキルをつかさどる、オングストロームマシンの中にしかないの。だから…お薬と一緒に、消えちゃうの。全部」

「消えるって…目を覚ましたら、僕、桜の事を忘れちゃうってことなの? ねえ、目を覚ましたら、桜は、いないの? 現実には、桜はいないの?」

「さっきも言ったでしょ。あたしは、あの津波の時に死んじゃったの。そこから先は、今日、この瞬間まで、あたしは鳴海くんの頭の中の幻想。そして、それも、もう終わるの…」

「桜…僕、結局…誰も助ける事ができなかった…。…まさか…桜まで…。桜まで、ずっと護ろうとしてきたつもりで…僕は、助けられなかったのか…。桜…さくら…うわぁぁあぁぁぁ…」

「…えへへ…。鳴海くん、おいで」

「うっ…うっ…ぐす」

「もう…ほら、こっちくる」

「う…うん」

「……ぎゅううぅぅぅうぅぅぅ。……ね? 感じる? あたしの胸の鼓動。生きてるみたいでしょ?」

「…感じる…。感じるよ。桜の鼓動も、体温も、匂いも、呼吸も、全部…。感じる…。これが幻想だったなんて…。助ける事ができなかったなんて…」

「鳴海くん…。えへへ。確かに、鳴海くんは鈍感で不器用で、誰も助けられなかったかもしれない…。でもね…あなたは、誰も見捨てなかった」

「桜…僕は…僕は…うぅ………うぅぅぅううぅぅぅぅぅうぅぅぅぅあぁぁああ……」

「よしよし、鳴海くん…。このまま、鳴海くんが目を覚ますまで、こうしていてあげるね…」

「うん…うん…」

「うふふ…。おやすみ、鳴海くん…。あ、じゃなかった。おはよう…だね…」

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