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間隙のヒポクライシス  作者: ぼを
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8章:時計じかけのレモネード(第1話)

仮説:………………………………。


「ん? 電話だ…」

「鳴海よ、どうした」

「ザンギエフからのホットラインだ。向こうからかけてくるなんて、珍しい」

「ふむ。悪い話でなければよいがな」

「うん。まあ、出てみるよ」


  ―― 1162番よ。上司からの電話は3コール以内に出ろ。それが礼儀であり、生きていくための知恵だ


「あんたは僕の上司じゃないだろ…」


  ―― まあいい。お前たちに、良い話と、悪い話がある。どっちから聞きたい?


「なんだよ、その物言いは…。じゃあ、良い話からで」


  ―― へっ。俺なら、ピーマンを食べる前にプリンを食べる様なマネはしない


「何の話だよ…。大体僕は、ピーマン嫌いじゃないし…。とにかく続けて欲しい」


  ―― 好き嫌いをしない事は、良いことだ。いいだろう、良い話から教えてやる


「ああ、頼むよ」


  ―― 2ヶ月後に、スキル消去の試験薬ができる。もしお前達の中に、2ヶ月以上の寿命が残っている者がいれば、喜べ。治験に使ってやる。バイト代は出ないがな


「なんだって…? 2ヶ月以内…。何があったんだ? 上小田井くんのスキルだと、計算だけで1年かかるって…」


  ―― お前は、ピーマンにプリンを詰めて食べたいタイプなのか? 


「言っている意味がわからない。どうして1年が2ヶ月になったのかをきいているんだ」


  ―― 1111番が、俺たちが考えていた以上に優秀であり、かつ自己犠牲を厭わない聖人だったと言う事だ。この国の政治家連中に見習わせたいくらいのな


「上小田井くんが…自己犠牲? あんたはいつも持って回った言い方をするから、理解が追いつかない。シンプルに言ってほしい」


  ―― 良い話の途中だが、お前が望むなら仕方あるまい。悪い話をする


「あんたにとっての『悪い』が、僕たちにとっては、そうでなければいいけどな…」


  ―― 今回、1111番が量子コンピュータを1年間稼働させるにあたり、試算で弾き出された犠牲となるスキル者の数は、63,000人だった


「6万…って…。…確かに、悪い話だ…」


  ―― 焦るな。話はまだ途中だ。63,000人どころか、その100分の1のスキル者ですら、防衛省で用意する事は不可能だ。この話を1111番にした所、1111番が行動に出た


「上小田井くんが…。何をしたんだ?」


  ―― 量子コンピュータの稼働開始とともに、自分自身を確率論的世界に閉じ込めた。つまり、量子的ゆらぎの状態に1111番はある


「自分自身を量子的ゆらぎの状態に…。そんな事ができるのか…。でも、なぜそんな事を?」


  ―― 確率論的世界においては、時間経過がほとんどない事に気づいたらしい。つまり、1111番が崩壊フェイズを迎える事はない


「なるほど…。それなら1年間、スキル者の犠牲を出さずに稼働できるって事か…。でも、さっき、2ヶ月って言っていなかったか?」


  ―― 正直に言う。計算は、とっくに終わっている。1年間どころか、数秒で完了した


「…………は?」


  ―― これには、2117番のスキルが関わっている


「2117番…呼続ちゃんか…? 今は、ロシアの女の子のスキルになっているはずだ」


  ―― その通りだ。「ラプラスの悪魔」にな


「その『ラプラスの悪魔』で、なんで計算スピードがそこまで上がるんだ?」


  ―― 量子コンピュータの弱点であるエラー訂正の必要性を0にできたからにほかならない


「あ…運命決定論か…。量子コンピュータの中だけ、決定論的に計算結果が導かれたという訳か…。でも、なんでそれが悪い話なんだ?」


  ―― さっきも言った通り、1111番と2117番は、ともに現在、確率論的世界にいて、生きてもいるし死んでもいる


「それがどうしたんだ? 『観測』すれば、2人の位置は確定して、元の世界に戻ってこられる」


  ―― ほう。では尋ねよう。一体、誰が『観測』をするんだ?


「誰って…上小田井くんに決まって…。あ…ああ…!」


  ―― そういう事だ。1111番が『観測』の手段を失ったということは、2人は永遠に確率論的な存在だ


「それは…つまり…それは…。上小田井くんと呼続ちゃんは…シュレーディンガーの猫になった、って事…か?」


  ―― 俺は自由律俳句は苦手だし、中二病的なメタファーも好まない


「そんな…。なんでそんな事をした…。なんでそんな事をしたんだ…」


  ―― お前達とこの国を護るためだ。皮肉なものだな。戦争とは常に老人たちによって開始され、常に若者たちが犠牲になる


「…上小田井くんの管理は、あんたの責任だろ? どんなスキル者だって、無分別に殺す権利なんか、防衛省にだってない筈だ」


  ―― 正直に言う。自然発現のスキルは、人智を超えている。責任を感じていないとは言わん。だが、俺たちにも限界ってもんがある


「…これから、僕たちは、この国は、どうなるんだ?」


  ―― へっ。今、政府は秘密裏に近隣国家からの攻撃に備えて情報収集をしている。表向きの攻撃じゃないぞ。ロシアの小娘のような、水面下での攻撃だ


「僕たちは、まだ狙われる可能性があるってことか…」


  ―― 2ヶ月間、精々気をつけろ


「…わかった…。ありがとう。治験については…こっちで考えて結論を出します」


  ―― 念のために言っておくが、ひとりも治験に人間をよこさないのは、なしだ。俺はできるだけ丁重に命を扱いたいからな


「粗末に、の間違いだろ? …まあ、わかりました。みんなの寿命を確認して…答えを出します」

「鳴海よ…。ザンギエフとの会話の内容について、大体の察しはついているが…」

「ああ…。すごく、複雑な気分だよ。まさか、このタイミングで上小田井くんと呼続ちゃんが死ぬことになるなんて…いや、正確には死んでいないんだけど…」

「本人たちに明確な意識がなく、かつ俺たちにとって二度と会う事ができないのでれあれば、死んでいる事と同義ととらえて問題あるまい」

「確率論的には、生きてもいるんだ…。くそ…。何がシュレーディンガーの猫だよ…」

「常滑は、肉体はそのままだが精神はリセットされて別ものになった。神宮前は23億年の寿命を持っているが生き返るのは12万年後だ。左京山は分子レベルで分解したが復元可能だった。復元可能という意味では、国府や伊奈もそうだ。そして、分子や原子レベルでの輪廻転生を、生きていると定義できる可能性は0ではあるまい。上小田井と呼続は、確率論的には生きてもいるし、死んでもいる。この中で、本当に死んでいるのは誰だ? 全員か? それとも、ひとりもいないのか?」

「豊橋…。僕たちの考え方で、人の生死が決まるものではない…」

「なるほど。では、自我を以て自分で自分を認識、区別できない者は、ことごとく死んでいるという訳だ。徘徊老人は死人の群れだという訳だ」

「何が言いたいんだよ」

「鳴海よ、傲慢になるな。仲間の死を、自分の力でどうにかできると思うな。俺たちには、できる事しかできない。そして、できる事はやってきた筈だ」

「…慰めてくれているのか」

「ほう。そう思うのか」

「…思うよ」

「ふん。そうか。めでたい」

「…ありがとう」

「ふむ。それよりも、創薬の話だ。想定よりも早く用意できると見える」

「あ…ああ。そうなんだ。上小田井くんと呼続ちゃんのおかげで、1年かかる筈だった計算が数秒で終わったらしい。それで、試作品ができるのが2ヶ月後だって…」

「2ヶ月か。絶妙な期間だな。俺たちは、その薬の恩恵にあずかれるのか?」

「治験を手伝ってほしいと言われたから、僕たちは使える可能性がある。問題は、みんなの寿命だ…。スキルを発現しているメンバーで、2ヶ月以上の寿命が残っているメンバーが、恐らくゴブリンしかいない」

「そうか。それはトラだな…。各メンバーの寿命は、正確にはお前にしかわからん」

「スキル発現者で生き残っているのは、僕、豊橋、ゴブリン、本星崎の4人だ。防衛省に引き取られた目隠しの女の子は除いている。堀田さんと桜は幸いにして、まだスキル発現していないから、生き残れるだろうな…」

「まずは、その4人の寿命を正確に把握することからだ」

「ああ、そうなんだ。僕は今まで、あえてみんなの寿命を正確な日数では言ってこなかった。正確に伝えた伊奈が、思いのほか苦しんだというのもあるけれど、正確な日付を知ることにはあまりメリットがないと思ったからだ。スキルを使えばいくらでもずれるし、不必要に死へのカウントダウンを怖がる事になる可能性もある」

「その対処は合理的と言ってよかろう。だが、今回はそうもいかん。まずは正確な残日数を告げ、治験に間に合うのか、あるいは間に合わないかの判断をする必要がある」

「そうだな…。メンバーを集めよう」

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