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間隙のヒポクライシス  作者: ぼを
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7章:ラプラスの悪魔はシュレーディンガーの猫の夢を見るか(第13話)

「ねえ、鳴海くん」

「ん?」

「さっき…左京山さん…。死んじゃう直前に、もっと他に言いたいことがあったのかな…」

「どうしたの? 急に」

「左京山さん、ありがとうを言う前に、本当は色々と伝えたいことがあった…って。でも、いざとなったら思い出せないって…」

「…ああ、言ってたね。本当はもっと、僕たちに伝えたい事があったんだと思う」

「そういえば、本星崎さんにお願いして、スマホからメッセージを送ってたよね? あれ…なんだったんだろう」

「左京山さんのスマホはもうロック解除できないし、スキルで送信したメッセージは履歴に残らないから、誰に対して何を送ったのかは、残念だけど、誰にもわからないな。過去に送ったんだったら、パラレルワールドに送られている可能性もあるしな…」

「本当に言いたい事は、誰にも届かない…って事なのかな~」

「どうしたの? 今日の桜は、ちょっと哲学的だね」

「ねえ、左京山さんの体、消えちゃったよね? どこに行っちゃったのかな」

「左京山さんの体は、分子レベルに分解されて、空気中に霧散した。そういう意味では、この周辺の空気中には左京山さんの一部が漂っているだろうし、もっと言えば、僕たちは左京山さんの体の一部を呼吸して肺に取り込んでいるから、血管の中を元気に泳ぎ回っているかも」

「それって、なんだかすごいね! あたしたちの体の中に、左京山さんがいるって事でしょ?」

「言ってみればね。でも、よく考えたら、全ての生物はそうなんだよね。死んだ体は土に還り、水に溶け出し、雲になって、また大地に降り注ぐ。そういう意味では、僕たちはただ、循環しているに過ぎないんだな。陽子崩壊して原子そのものが消滅するまでは、延々と物理的な輪廻転生を繰り返すのか…」

「ねえ鳴海くん。それって、みんな死んじゃっても、どこかでまた会えるって事なのかな?」

「さあ…それはどうでしょう。原子と原子がこんにちはしてもな~」

「あたしたちの体、死んじゃっても、12万年後に届くかな?」

「ははは。そういう事ね。うん。届く届く」

「えへへ、それはよかった。じゃあ、みんな、寂しくないね」

「寂しくない…か。桜のそういう楽天的なところ…僕、好きだな」

「おお!? 鳴海くんが、あたしに好きって言った」

「そういう楽天的なところが、って言ったんだよ。だ…大体、前にも言っただろ? そして、振られたんだよ…僕は」

「おっと。そうだったね。えへへ、ごめんごめん」

「こうやって、無垢な少年の心は、天然キャラな桜によって弄ばれるのであった」

「弄ばれるだなんて、人聞きが悪いなあ」

「とにかく、だ。僕は、桜に振られた身なんだから、これ以上、思わせぶりな事はしないで欲しいよな」

「思わせぶりねえ…」

「思わせぶりだよ」

「そっか。じゃあさ、ね、あたしと、キスしてみる?」

「ぶっ…。ど、どうしてそうなるんだよ。今、思わせぶりって言ったばかりなのに…」

「あたしは、鳴海くんと…キスしたいな~」

「お…おう…」

「鳴海くんはどうなの? あたしと、キスしたくないの?」

「な、なんて質問をするんだ…」

「ねえ…どうなの…?」

「だって…。キスしちゃったら…また、好きになっちゃうだろ…」

「へえ~…。そうなんだ~…」

「ちょ…桜…顔が近い…。と、吐息が…」

「ほら…もうちょっとで、キスしちゃうかもよ…」

「さ…桜…」


 ちゅ


「あ…」

「えへへ…。ねえ…鳴海くん…。もう少し…」

「う…うん…」


 ちゅ…れちゅる…


「ク…クククククク…あははははは! 鳴海くんと、キスしちゃった~」

「お、おい…。ディープキスまでしておいて、なんだよその反応は」

「鳴海くんと、キスしちゃった…。えへへ…えへへ…えぇぇぇええええええん…鳴海くんとキスしちゃったよぉ…」

「こ、今度は泣いちゃった…」

「えぇぇぇええええん…ごめんね…ごめんね…鳴海くん…ぐすっ…ぐすっ…」

「え…? 桜…本当に泣いてるの…? 僕…感情がバグっちゃうよ…」

「ごめんね。あたし、鳴海くんにここまで望んではいけなかったのに…」

「…桜…いやだったのか? 僕…桜を傷つけちゃったのかな…」

「ううん、違うの…。そうじゃないの…。あたし、本当はね、本当は、処女で死にたくなかった。鳴海くんと恋人同士になりたかった。でも、もうだめなの…ぐすっ、ぐすっ」

「ど、どうしたんだよ…。僕…やっぱり、桜がわかんないよ」

「あたし…鳴海くんの事が好き。こんなに好きなの。伝えずに終われればそれでよかったのに…でも言っちゃった…。ごめんなさい…。鳴海くんを傷つけるつもりはなかったの」

「う…うん。桜が何に悩んでいるのか、僕にはちゃんと理解できていないかもしれないけれど…。桜が、僕とは付き合えないって事はちゃんとわかっているから、大丈夫だよ。だから、そんなに苦しまないで…。苦しんでいる桜を見るのは、本当につらいよ…」

「ぐすっ…ぐすっ…うえぇぇぇえぇぇん…」

「え…ええっと…。だ、抱きしめてあげようか…?」

「鳴海くんが…? あたしを?」

「だって…。桜は、いつも人を抱きしめて、慰めてばかりだろ? たまには、慰められる側になったって…」

「さっき、汗臭いって言ったくせに」

「ひ…引きずるのか、それを…」

「鳴海くんの、いじわる…」

「…困ったなあ…。ほら…。おいで」

「う…うん」

「ほら…ぎゅううぅぅぅうぅぅぅ」

「鳴海くんの胸板…思ったよりも広いんだね…なんだか…安心する…」

「そっか…。それはよかっった」

「…あたしね、すごく、すごく勇気を出したんだよ?」

「勇気…?」

「…うん」

「それは…キスをするのに?」

「…うん…。うん」

「そうか…。ほら、よしよし…」

「…う…うえぇぇぇぇええぇぇぇえええぇぇん…」


「桜…。落ち着いた?」

「う…うん。ありがとう…。大丈夫。えへへ…。ひとしきり泣いたから、元気になりました」

「いつもの桜に戻ったみたいで、安心したよ」

「それにしても、近くにいるのに、こんなに遠く感じることがあるなんて、思わなかったな…」

「え? どういう事?」

「ごめんね、鳴海くん。取り乱したりして…。あたし、ここからは、ひとりで帰るね」

「え? あ? ひとりで? う…うん」

「花火大会、本当に楽しかった。鳴海くん…ありがとうね」

「あ…ああ。うん。そ、それはよかった…」

「じゃあね、バイバイ…」

「う…うん。バイバイ…」

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