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間隙のヒポクライシス  作者: ぼを
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7章:ラプラスの悪魔はシュレーディンガーの猫の夢を見るか(第12話)

「鳴海くん、本星崎さんのお姉さんの体は、本当によかったのかな?」

「僕もそれは気にしていたんだけれど…。本星崎がそれでいい、って言ってたし…。なにより、豊橋の指摘した通りだと思う。体調が悪く、スキルを使いこなせていない呼続ちゃんが本星崎のお姉さんの体を復元したとしても、左京山と同じ事になるだけだ。少しだけ生き返って、苦しんで、すぐに死ぬ…。確かに、ロシアの女の子はかわいそうだったけれど…」

「…そうだね。左京山さん…幸せだったのかな?」

「17歳で死んで幸せって事はないかもしれないけれど…」

「でも…左京山さん、死ぬ直前に、ありがとうって…」

「ああ…。うん。そうだね。ありがとうって言ってた。左京山さんが、あんなにはっきりお礼を言うのを聞くのは、初めてだったかもな…」

「左京山さんは、幸せだったのかな? 短い人生で…あんな酷い最期だったけれど…幸せを感じて、旅立てたのかな…」

「それは…僕らには分かりようがないけれど…。でも、そうだな。僕は、左京山さんは幸せを感じていたのではないかと思う」

「鳴海くんは、どうしてそう思うの?」

「左京山さん、ずっと準備をしていたと思うんだよね」

「準備…?」

「うん。死ぬ準備。以前、少しだけ話した事があるんだ。どう生きれば、幸福に死ねるのか…って」

「へえ、そうなんだ。そんな事を普段から考えているなんて、左京山さんらしいね。でも、左京山さんは、その答えを出していたの?」

「どうなんだろう。でも言っていたのが、幸せであるためには、不幸せも集めなきゃいけないんだ、って事。左京山さんは、ずっとそういう生き方をしてきたんだと思うんだ。そしてその結果、死ぬ直前に幸せを実感できたんじゃないかな…。だから、ありがとう、って言えたのかもな…」

「鳴海くんは、人を恨みながら死にそうだよね。悔しい、悔しいって言ってさ。えへへ」

「ひどいなあ…。でも、否定できる気がしないや…。う~む。…なるべく小さな幸せと、不幸せか…」

「ん? 何か言った?」

「いや…。なんでもないよ。」

「ふ~ん」

「…あれ? こんな感じの会話、前にも桜としたような…」

「そうだっけ? でも、それって、あたしたちにとって、こんなに死ぬことが身近になる前じゃない?」

「そうだな…。それは、間違いないだろうけれど…。自分らしい死に方、自分にとって幸せな死に方、か…」


「……ねえ、鳴海くん。どうして、あたしたちだけ、みんなと一緒に帰らなかったの?」

「ん?」

「夜道を歩こうなんて…。まあ、あたし、お散歩大好きだけどね」

「ああ。それね。いや、優勝賞品を商店街で使おうと思ったんだ…って言ったら…まあ、その通りなんだけれど」

「なになに? 何か、あたしに買ってくれるつもりだったの?」

「そ…そうだけどさ。でも、さすがにこの時間は、もう商店街も閉まってるな…」

「えへへ~、残念。でも、いいんだ。鳴海くんが、そうやって気をつかってくれた事がうれしい。あの、鈍感な鳴海くんがさ」

「鈍感は余計だよ…。でも…そうだな…。僕は、本当に…鈍感なのかもしれない」

「あら、どうしたの? 鳴海くんが、今夜はなんか、しおらしい」

「桜…。僕、花火大会にみんなで行くこと、中止すればよかったのかなあ…」

「ど…どうしちゃったの? 急に。…左京山さんの事で、まだ自分を責めてるの…?」

「うん…なんというか…」

「だって、花火大会に行こうって言い出したの、あたしなんだよ? 鳴海くんが悪い事なんかないじゃん」

「そうなんだけどさ。でも、そうじゃないんだ」

「じゃあ、なんなの?」

「…これ、見てほしいんだ」

「これって…? スマホ? メッセンジャー? あ…左京山さんからのメッセージ…」

「そうなんだ。まず、これなんだけれど…。桜が花火大会に行こう、って提案してくれたすぐ後に、受信したメッセージなんだ」

「『花火大会に来てはいけない。桜ちゃんに誘われても、断って』…って書いてあるね…これ…」

「このメッセージを読んだ時、僕は、すぐにでも花火大会に行くのをやめようと思ったんだ。どう見ても、このメッセージは緊迫している。まさに、スキル者に襲われて、逃げながら打ち込んだみたいだ」

「あたしたちと分かれて、堀田さんと本星崎さんと3人で行動している時に打ったのかな…」

「でも…僕がこのメッセージの事をみんなに黙っていたのは、次のメッセージがすぐに送られてきたからなんだ。受け取ったのは、ほぼ連続してなんだけれど、送信時間は、数分間離れている」

「『花火大会、たのしい。みんなできて、せいかい』…って…なんか、不自然だね。左京山さんっぽくないもん」

「そう思うよな…。僕も、今にして読み返すと、わざわざこんな、子供みたいな感想を、左京山さんが送ってくるとは思えないんだよね。別の人が打ち込んだみたいに読める」

「なんだか…気味が悪いね。まるで、あたしたちを罠にかけたみたい」

「桜も、そう思うか…。しまったな…。迂闊だった。このメッセージが不自然な事に気づいていれば…。あるいは、豊橋に相談しておけば、左京山さんは死なずに済んだかもしれない…。左京山さんを…殺してしまったも同然だ…」

「そんな…鳴海くん…。鳴海くんが責任を感じちゃ、ダメだよ。だって、今日、みんなで花火大会に来なかったとしても、上小田井くんは、あの女の子に、どこかで襲われる事になった筈なんだよ? その時…もっと多くのお友達が死んじゃうかもしれないんだよ?」

「それは…確かに、そうかもしれないけれど」

「起きちゃった事は、変えようがないんだから…。あたしたちは全員、そう遠くない未来に死んじゃうんだし、スキルがある限り、命の危険は避けられないんだよ? だから…自分を責めちゃだめだよ」

「う…うん。ありがとう。桜に、こんなに慰めて貰うなんてな…はは…」

「むう。あたしの事、バカにしたな」

「バカにはしてないよ。ちょっと感心しただけ」

「ほら…。鳴海くん、おいで!」

「おいで…って。なんだよ」

「いいから、ほら。あたしが、抱きしめてあげる」

「だ…抱きしめてって…。な、なんだよ…突然」

「突然でも、なんでもいいの!」

「そ、そう言えば、海に行った時、左京山さんが、桜のおっぱいに抱きしめられたら、脳内の幸福物質がどうのこうの…って」

「鳴海くん、何をブツブツ言ってるの? 抱きしめて欲しいの? 欲しくないの?」

「そ…そんな風に言われてもな…」

「もう。ほら、こっちくる!」

「うわッぷ」

「ね…? やわらかくて、温かいでしょ? ぎゅううぅぅぅぅううううう…」

「う…うん…。ありがとう…。おかげで…落ち着いたよ…」

「幸福物質、分泌された?」

「うん、されたされた。されたけど…」

「けど? なあに?」

「桜は、温かいっていうより、汗くさい、だな」

「ちょっ! なによ~! 人がせっかく慰めてあげてるのに! ほら、離れて! 行った行った! 仕方ないじゃない! 逃げ回って、汗を沢山かいちゃったんだから!」

「じょ、冗談だよ。本気にするなよな」

「年頃の乙女に通じる冗談じゃないんだからねッ!」

「ご、ごめんごめん。汗くさくなんてないよ。いい匂いだよ」

「それもなんか、やらしいなぁ…」

「じゃ、じゃあ、なんて言えばいいんだ?」

「世界で一番、元気の出る抱擁でした」

「そ、そっち?」

「いいじゃん。言って」

「あ、相変わらず欲しがりだな」

「欲しがりだもん」

「ゴホン。え~っと、桜の抱擁は、世界で一番元気の出る抱擁です」

「はい、けっこう」

「けっこう…かよ」

「それで?」

「ん?」

「元気。出た?」

「ああ…。うん。出た。凄く、元気が出たよ」

「そ。よかった。にひひ~」

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