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間隙のヒポクライシス  作者: ぼを
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7章:ラプラスの悪魔はシュレーディンガーの猫の夢を見るか(第11話)

「よ、よ、よか、よかった…か、かみ、上小田井くんは無事みたい…」

「あ、本星崎たちだ。よかった。向こうも無事だったっぽいな」

「鳴海くん、豊橋くん、霧のスキル者とは遭遇した? 大丈夫だったのね?」

「ふむ。遭遇した。上小田井は無事だ。だがな…」

「…待って…! 豊橋くん…なんで…なんで、その女の子が一緒にいるの…? 捕まえたの…? それに、呼続ちゃんは…? その目隠しのコスプレの女の子…誰だったかしら…? アタシたちの関係者…?」

「堀田よ。俺は、お前がよく知っている通り、器用な人間ではない。質問は1つずつだ」

「え…ええ…。ごめんなさい。アタシも、かなり焦ってる。状況を説明してくれるかしら?」

「よかろう。簡潔に伝える。霧のスキル者が、俺たちの前に現れた。狙いは上小田井の命だった。俺たちは殺されかけた。実際、呼続…つまりは本星崎の姉の体だが…は、蒸発させられた。そこで、上小田井が同人イベントの時に、確率論の世界に隠していた、目隠しのガキを呼び出した。細かい説明は省くが、目隠しのガキが霧のスキル者の物理的存在を固定した。そこで、俺が、消えていく呼続と、霧のスキル者…つまり、このロシアの小娘の記憶とを入れ替えた。以上だ」

「お…お、お、お姉ちゃん…。お姉ちゃん…の…体…」

「本星崎さん…ごめんなさい。あたしたち、どうしようもなかった…」

「さ、さ、さく、桜さん…」

「本星崎よ。気持ちは察する。特にお前は、心よりも外見で人格を同定する傾向があるからな。恨むなら、俺を恨め。記憶を入れ替えたのは、俺だ」

「い…い、いえ…。き、き、き、気にしないで…。よ、よび、呼続ちゃんが無事だったことが、な、な、なによりだもの…」

「ねえ…豊橋くん。という事は、今は、こっちの女の子が、呼続ちゃんって事よね…? ねえ、呼続ちゃんは、今、霧のスキルを使えるの?」

「さあな。だが、本星崎の姉の体の中にあったとき、そのスキルは体に依存していた。オングストロームマシンの性質は、その体に依拠するのだろう。であれば、今の呼続は、霧のスキルを使えると考えてさしつかえあるまい」

「そうなのね…。ねえ…ねえ…豊橋くん…。わかる…? アタシたち、全員じゃないのよ…?」

「左京山さんだ…! 左京山さんがいない。堀田さん、もしかして…僕たちよりも先に、霧のスキル者に襲われていたんですか…?」

「ええ…その通りよ。そして、左京山さんが蒸発させられてしまった」

「うそ…そんな…。ねえ堀田さん、それじゃ、左京山さん、死んじゃったんですか…?」

「桜ちゃん…それは、わからないの。外国から来たこの女の子は、左京山さんを蒸発させる時に『人質にする、あとから戻す』という言い方をしていたわ…」

「なるほど。つまり、呼続の今のスキルを使えば、左京山を復元できる可能性がある、という事か。だが…どうかな。当の呼続は、まだ新しい体に慣れていない様だ。スキルの発動の仕方すら、ままならんだろう」

「う…うぅぅううぅう…。おぉえ…」

「呼続さん…苦しいよね。無理しないでね…」

「ううぅう…。あ…ありがとう…上小田井くん…。わ…わたし…。おぉぉおええぇ…うぅうううぅぅ…さ…左京山さんを元に戻せるか…やってみる…」

「よ、よ、よび、呼続さん…。あ、あ、あり、ありがとう…。さ、さきょ、さきょ、左京山さんは…わ、わ、私の、かず、か、数少ないお友達なの…。ど、ど、どうか…たす、たす、助けてあげて…」

「みんな、呼続ちゃんから少し距離をとるんだ。初めてスキルを発動させるから、巻き添えになる可能性がある…」

「呼続よ。無理だと思ったら、お前の判断でスキル発動をやめて構わない。お前まで失うわけにはいかんからな」

「うううぅぅぅうぅうう…ちょ…ちょっと…く…苦しいけれど…やってみる…。ケホッ…ケホッ…。うぅ…ええっと…」

「呼続さん、今から行うのは、空気中に霧散してしまった左京山さんの細胞を構成していた分子を捕捉して、元の形に再構成する事だよ…。できるかな…?」

「や…やってみるね…。ええっと…。おぉえぇ…うぅうぅう…。あ…で、でも…見える…。霧みたいになっちゃった左京山さんの体が…ああ…でも…全部は見つからないかも…」

「全部は見つからない…か…。せめて、生命を司る部分だけでも集まってくれるといいんだけれど…」

「い…いいのかな…。上小田井くん…全部は集められないけれど…いいのかな…?」

「な、鳴海さん、豊橋さん…。もしかすると…とても酷いものを、ぼくたちは目にする事になるかもしれませんけれど…」

「構わん。どのような状態であろうと、生きている可能性が1%でもあるのであれば、やる価値は確実にある」

「堀田さん、桜、本星崎…。目を逸していた方がいいかもしれない…」

「いやよ、鳴海くん。左京山さんが蒸発させられたのは、アタシたちの責任でもあるもの。ちゃんと見届けるわ」

「わ、わ、わた、わた、私も…」

「…そうですよね…。みんな、同じように、自分や仲間の死に直面しているんですものね…。呼続さん、やってみてくれるかな。左京山さんを、復元してみてくれる?」

「う…うん。…うぅぅぅぅううぅ…ケホッ…。…うん、やってみるね…上小田井くん…。…えいっ!」

「あ…鳴海くん、見て…。少しずつ、霧が集まってきたみたい…。あ…! ほら、左京山さんの形に…」

「すごいな…。本当に、こんな事ができるスキルがあるなんて…。でも…ああ…ダメだ…。体の部品が…」

「…うぅ……。さ、左京山さん…。かわいそうに…こんな姿になってしまって…。ごめんなさい…アタシたちのせいで…」

「か…上小田井くん…。うぅうぅぅぅ…私の力だと…これが限界みたい…ケホッ…ううぅぅ…おえぇぇ…」

「うん、うん。ありがとう…。呼続さん、頑張ってくれて、ありがとうね」

「これが…限界…か。こんな酷い姿で復元を止めなければならないのか…」

「さ、さ、さ、左京山さん…。わ、わた、私の声が…き、き、聞こえますか…?」

「…うぅ…痛い…なんて苦痛なの…うぅうぅぅう…も…本星崎…私…どうなってる…?」

「さ、さ、さきょ、さきょ、左京山さん…左京山さあぁああぁあん…うわあぁぁぁあぁぁぁ…」

「…も…本星崎…? な、泣いてちゃ、わかんないわよ…。私…生きてるの…? もうすぐ…死ぬの…? め…目がほとんど見えないし…形もわかんない…。…ふふ…これ…私の臭い…? 酷い臭い…。血とか…汚物とかかしら…。み…みっともないわね…。せ…生理終わったばかりなのに…」

「左京山よ。手短に伝える。お前は先程、ロシアの小娘の霧のスキルによって、分子レベルに分解され、蒸発した。そして今、同じスキルを使い、空気中に霧散したできる限りのお前の分子をかき集め、再構成した。だが、お前自身が認識している通り、かなりの部品が足りていない。再構成できたのは、上半身だけで、かつ左腕は失われている。内蔵も、足りないものがいくつもあるだろう。つまり、お前は今、生きているが、まもなく死ぬ」

「左京山さん…アタシ…ごめんなさい…。アナタを、助けられなかった…」

「…ふん…。も…もともと、あんたの事は気に食わなかった…。ふふ…だから助けてもらおうなんて、思わない…気にしないで…。それより、も…本星崎…いるわよね…? 近くに…来てほしい…」

「さ、さきょ、左京山さん…わ、わた、わた、私…いますよ…。い、い、今、て、て、て、手を握っています…」

「…あ…ああ…。…温かいのね…。ねえ…私のスマホ…指紋認証を通してくれるかしら…。メッセージを…保留してあるのを送りたいの…」

「し、し、しも、指紋…。あ…と、と、通りました。ロ、ロ、ロック画面が解除できた…」

「…わ、私は、もうほとんど見えないから…メッセンジャーに保留にしてあるやつ…2通だけあると思うから…送って…。わ、私の指を使って、送信ボタンを…」

「さ、さきょ、さきょ、左京山さん…さ、さ、3通ありますけど…」

「…あ…あら、そうだったかしら…。ま…まあ、いいわ…。全部…送って…」

「は、は、はい…。い、い、い、今、送りました…。メッセージが…あ…メ、メ、メ、メッセージが消えました…」

「…ふう…。な…なら、ひと安心ね…。ふふ…。し…死ぬ前には…もっと…みんなに色々と…い…言いたかったけれど…し…実際の死ぬ直前なんて…何も思いつかないし…な…何も…言えないものね…」

「さ、さきょ、左京山さん…」

「…でも…いいの…。みんな…本星崎…。…友達になってくれて…ありがとう…。本当に…ありがとう…たのしか…た…」

「さ、さ、左京山さん…? 左京山さん…。左京山さん! 左京山さあぁぁぁあああん!」

「本星崎よ。揺すっても無駄だ。左京山は、死んだ」

「くそっ…。こんな…。こんな死に方をしなければならないなんて…。やっぱり、花火大会に来るべきではなかったのか…」

「…さ、さ、さ、さきょ、左京山さん…。うぅぅぅぅううわあぁぁぁぁ…」

「…さて。事は済んだ。呼続よ。左京山の死骸を、分解しろ」

「分解…って…豊橋くん…! それは酷いんじゃないかしら…。せめて、埋葬してあげたい」

「堀田よ。その意見には根本的に俺も同意だ。だが、この状況の左京山を、人目を避けてここから運ぶ事は困難だ。更に言えば、死んでいたとしてもいずれ崩壊フェイズで爆発する。分解蒸発させてしまう以外の選択肢はあるまい。それに、だ。今日、この花火大会で死んだのは、左京山だけではない事を忘れるな」

「…そ…そうね…。そうなのね…。うぅ…。ぐす…ぐす…」

「ぼくが…わがままを言って、外出をお願いしたばっかりに…」

「上小田井くん、それは違うよ。その事で自分を責めるのは間違っている。花火大会でなくとも、どこかでは必ず上小田井くんは襲われていた筈なんだ。そして、それは、場所によってはもっと大きな被害を生み出していたかもしれない。護衛の自衛隊員や、ヘリコプターの乗組員だけでは済まなかったかもしれない。僕たちの仲間も、左京山さんだけでは、済まなかったかもしれない…。そう考えるしか、ないんだ…」

「は…はい…。そうですね…」

「よし…。呼続よ。体調の悪いところ、無理矢理働かせるのは俺の流儀に反するが、グズグズもしておれん」

「う…うん…。左京山お姉ちゃん…。ごめんね…」

「…うぅ…。さ、さ、さきょ、左京山さん…。あ、あ、ありがとう…。さ、さ、さよ、さようなら…」


 ひゅぅぅぅぅううううううう………ドオォォォォォオオオオン!


「あ…ねえ、鳴海くん、みんな。花火。再開されたみたいだよ?」

「あ、本当だ。突然花火が消えたから、みんなびっくりしただろうな…。僕らの注意をひくのには成功したかもしれないけどね」

「ふん…。打ち上げられて、見えなくなったと思ったら、大輪の火の花を咲かせる。だが、それもすぐに霧散して、見えなくなってしまう。美しいが、儚いものだな」

「そうね…。アタシたち…全員、キレイには死ねないかもしれないわね…」

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