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間隙のヒポクライシス  作者: ぼを
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7章:ラプラスの悪魔はシュレーディンガーの猫の夢を見るか(第10話)

「豊橋、僕にはまだ、この女の子の…今は呼続ちゃんだけれど…素性がわかっていない。豊橋は、どう考えているんだ? なぜ、家族が人質にとられているとわかった?」

「大した事ではない。小娘の見た目が、ロシア系だったからだ。そして、日本語が堪能だった。可能性として考えられるのは、北方領土だろう」

「あ…そうか…。衛星が流れ着いたのは、北方領土か…。でも、北方領土とは言え、公用語はロシア語だろ?」

「さあな。だが確かに日本人がかつて住んでいた土地だ。話せる人間もいるのだろう。それよりも、俺たちや防衛省が思っているよりも早く、ロシアはオングストロームマシンによるスキル発現について調査をしているようだ。でなければ、この小娘が俺たちに接触してくる事はなかった」

「だとしても、この子は、なぜ上小田井くんを…?」

「それがミッションだったからだ。恐らく、当初は、オングストロームマシンによるスキルが、日本が開発した新型兵器である証拠をつきとめる事が使命だったのだろう。だから、海岸で俺たちに接触をした。俺たちがスキル者である情報は容易に入手できただろうからな」

「あの時の、大規模な霧の攻撃か…。僕たちの誰かが、霧をかき消すほどのスキル反撃をするとでも予想したんだろうか」

「さあな。だが、結果として小娘は、ゴブリンがスキルを使って仲間を霧から逃れさせるのを目撃した」

「あ…そうか…。それで、ゴブリンの病室の鍵が壊れていたのか…」

「鳴海くん、それって、あのくるくる回っちゃった扉の事? 壊れていた事が関係あるの?」

「女の子のスキルでは、自分自身を分解して透明人間として振る舞う事もできるだろ? あの時、ゴブリンは自衛隊のヘリで自衛隊病院まで移動した…」

「それって…。鳴海くん、あの時、ゴブさんと一緒に、透明になった女の子もヘリコプターに乗っていたって…そういうこと?」

「そうだと思う。間違いなく、女の子はゴブリンの病室にいた。病室から出入りするために、鍵を物理的に分解蒸発させて壊す事なんて、造作もなかっただろうな」

「でも…なんで、ゴブさんの病室に?」

「情報を得るためだと思う。例えば僕と桜でゴブリンをお見舞いに行っただろ? そして、上小田井くんがやってきた。あの時、僕たちは、オングストロームマシンの話も、量子コンピュータの話もしていた」

「な…鳴海さん…。実は、防衛省の研究施設の扉も、鍵が壊されていたんです。もしかして…」

「ふう…。そうだったのか。お見舞いに行ったあの時、僕たちには気づきようがなかったけれど、あの病室に女の子はいたんだ。そして、僕たちの会話から、上小田井くんが鍵となる人物だという情報を知って、防衛省の施設までついって行った。そこで、創薬に関する情報を入手してしまった」

「ふむ。話がつながったな。小娘は創薬について本国に報告をした。そして、創薬の要である、量子コンピュータの中心となる上小田井を殺すように、司令を受けた。薬によってスキル兵器の事実を消されたら、偽旗作戦が本当に自作自演だったとバレる上に、日本を侵略する口実を失うからな」

「そうか…。結局、国家は、スキル発現をした女の子の家族を人質にして、女の子に、上小田井くんを殺害するミッションを負わせた、という事になるのか…。かわいそうに…」

「ぼく…こんなに具体的に、事態が動き出しているなんて、思いもしませんでした…。でも、ぼくが量子コンピュータを動かせば、こういった悲しい事も、起こらなくなりますよね…」


「ところで、上小田井くん。どうして、目隠しの女の子のスキルを使えば、このロシアの女の子の姿を固定できると気づいたんだ?」

「鳴海さんも、もう気づかれているんじゃないかと思うんですけれど…この女の子のスキルの正体について」

「ファンデルワールス力の操作の事かい?」

「ええ、そうです。そもそも、ファンデルワールス力を操作する、ってどういう事でしょうか」

「ああ…なるほど。上小田井くんも、そこに気づいていた、って事なんだね。そうか、確かに」

「はい…。ゴブリンさんのスキルが『マクスウェルの悪魔』なら…女の子のスキルは『ラプラスの悪魔』だと思います」

「やっぱり、上小田井くんもそう思うか…。なんて厄介なスキルなんだ…」

「鳴海よ。不名誉ではあるが、俺にもわからん。説明しろ」

「女の子のスキルは、簡単に言うと、上小田井くんのスキルの真逆だ。これを説明するためには、まずはファンデルワールス力の原理から説明しなきゃいけないんだけれど…」

「分子間力の事か。残念だが、原理についての知識は持ち合わせていない」

「いいよ。説明する。ファンデルワールス力は、豊橋が言った通り、分子間力とも言われる力で、分子と分子の間に働く、小さな力のことだ。僕たちの体がバラバラにならずにくっついていられるのもファンデルワールス力によるものだし、スマホを持った時に手から滑り落ちないのも、摩擦の一部にファンデルワールス力が働いているからだ。トカゲが垂直な壁を登れるのにも、この力が関わっている。そのくらい身近な力なんだけれど…。問題は、この力が、どういう原理で発生しているか、なんだ。これには、量子力学が関わってくるんだけれど…」

「鳴海くん…あたしはちょっと、ギブアップかも」

「うん、わからなかったら、無理に理解する必要はないよ。それで、力の発生原理だけれど…原子の中の、電子の量子的ゆらぎがエネルギー源になっているんだ。このゆらぎによって発生したエネルギーで、分子同士がくっついている、というのがファンデルワールス力の正体だ。じゃあ、女の子のスキルでは、どうやってこのファンデルワールス力を無力化しているか、なんだけれど…」

「ふむ。それが、さっき上小田井が言っていた『ラプラスの悪魔』という訳か」

「豊橋、その通りだよ。ファンデルワールス力を無力化するには、この電子の量子的ゆらぎを無効化すればいい。では、どうやって無効化するのか。量子論では、物質の『正確な位置』と『運動量』は同時に確定できない事になっている。これは上小田井くんのスキルを見ればあきらかだし、これがゆらぎの正体なんだけれど…量子力学の世界では、このゆらぎに対して『観測』をする事で、波動関数が収束して、はじめて位置が決定するわけだ。その位置はいつも正確にはわからない。『ラプラスの悪魔』は、まさにこれの逆だ。『正確な位置』と『運動量』を同時に確定できる。これが、女の子のスキルだ」

「鳴海くん、それができると、どうなるの?」

「ファンデルワールス力を相殺できる。電子のゆらぎがなくなる訳だからね。つまり、あらゆる物質を分子レベルでバラバラにできる。海の水だって、浜辺の砂や石だって、人間の体だって、全部だ。全部蒸発させる事ができる。僕たちの体だってそうだ。あらゆる細胞の分子は、原子をとりまく電子のゆらぎ、すなわち『正確な位置』と『運動量』が確定できないことによって生まれる微小なエネルギーでくっつきあっている。これがファンデルワールス力の正体だけれど、ラプラスの悪魔のスキルは、この電子のゆらぎによるエネルギーを0にできる。そういう事だよ。目隠しの女の子のスキルは、図らずも、このラプラスの悪魔のスキルに抗う事ができたんだ。なにしろ、原子を操れるスキルだからね。だから、ロシアの女の子は、自分の姿を分解蒸発して消す事ができなくなった」

「その…ラプラスの悪魔、というのは、本当に存在するの?」

「本当には存在しない…と言いたいところなんだけれど、この女の子のスキルで、存在しちゃった事になる。でも、もともとは思考実験なんだ。『もし、物質の位置と運動量を、同時に正確に把握できる全知全能の悪魔が存在するとしたら、いつ、どこで、何が起こるかを全て計算で把握できるのではないか。これは、運命決定論を肯定する事になるのではないか』ってね」

「鳴海さん…。実は、ぼく、この女の子の…今は呼続さんですけれど…スキルについて、もうひとつ考えている事があるんです…」

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