7章:ラプラスの悪魔はシュレーディンガーの猫の夢を見るか(第8話)
「豊橋、僕たちはどこに逃げればいいんだ?」
「鳴海にしろ、上小田井にしろ、だ。それぞれ、防衛省からの連絡用スマホを渡さているのではないのか」
「あ…しまった。そうだった…。あ~…しかも、着歴がある。ザンギエフからか…?」
「ぼ、ぼくもです」
「ふん。防衛省が用意したという事は、優先電話になっているはずだ。宝の持ち腐れだな」(優先電話:災害時や、イベントなどで回線が混雑している場合も、優先的につながる電話のこと)
「ぼく、おじさんに折り返ししますね」
「いや、僕が掛けるよ。霧のスキル者が近くにいた場合、狙われる可能性があるからな」
―― てめえ、1162番。何の為にお前にホットラインを渡したか理解が足りないようだな
「申し訳ない、スキル攻撃を受けているんだ」
―― そうだと思ったぜ。1111番の護衛の隊員とは連絡がつかない。今ヘリを向かわせているから見つからないように逃げ回ってろ
「動き回っていて大丈夫なのか?」
―― お前たちのスマホのGPS情報でおおよその位置につける。ヘリを目視できたら、俺に電話しろ。くれぐれも1111番を頼むぞ。この国の未来に関わる
「わかった。上小田井くんを全力で護る」
「あっ…! な…鳴海さん…」
「ん? どうしたんだ? 上小田井くん」
「う…打ち上げ花火が…」
「花火だって? 花火がどうしたって……あれは…なんだっていうんだ…?」
「花火が…上空で消えているように…見えますよね…」
「ねえ、左京山さん、本星崎さん…。何か、変じゃない?」
「へ、へ、へん、へん、変って…?」
「ほら…。花火が…打ち上げ花火が、打ち上がっているのに…空で開いていなくない? 音もしないし…」
「…確かに変ね。他の観客も、ざわつき始めている。これは…マズイかもしれない」
「これって…スキル攻撃…なのかしら? アタシにはよくわからない」
「わ、わ、わた、私たちの気を引きつけようとしているのかも…に、に、にげ、逃げなきゃ…あ…あれ…?」
「…本星崎、どうしたの?」
「こ、こ、こ、この、この感覚って…」
「本星崎さん…?」
「い、い、い、いる…。ち、ちか、近くにいる…。なのに…みえ、み、見えない…」
「なんですって…!? 本星崎さんが感知したという事は…半径10m以内ってことよね…。いま、半径10m以内には、アタシたち以外、誰もいない…」
「…本星崎、そのスキル者って、やっぱり透明人間なの…? それでいて、あらゆる物質を蒸発させてしまう…」
「あ~あ…せっかく、キレイな花火だったのにね」
「え? え? …だ、誰…アナタ…。いつのまにそこにいたのかしら…」
「す…す、す、すが、姿を現した…。な、な、鳴海くんや、かみ、かみ、上小田井が言った通り…」
「ねえ、お姉ちゃんたち、どこに行くつもりなの? あの男の子はどこ?」
「アナタは…日本人じゃないわね。東欧系の顔立ちかしら。カワイイお洋服じゃない」
「失礼じゃない? カワイイのは、服だけじゃない。この顔が見えないの?」
「に、に、にほ、日本語が上手…」
「ねえ、教えて。無駄に人を殺したくないの。さっきまで一緒にいた、あの男の子はどこ?」
「…気に入らないわね。年長者に向かって、その態度はなんなの? 用があるなら、まず名乗ったらどう?」
「ごめんなさい、そんなことをしている時間はないし、あなたにその権利もないの。だって、あなたたち、弱いもの」
「弱い…か…。確かにね。アタシたちには、攻撃のスキルも、防御のスキルもない」
「…あんたが先に用件の理由を言わないかぎり、私たちは何も話さないわよ」
「そう…。なら、しかたないね…。悪いけど、あなたには人質になってもらうね」
「…人質ですって? 私を? どうやって」
「元に戻せなかったとしても、恨まないでね」
「…しまった…」
「ああ! 左京山さんの体が…!」
「わあぁあああああ…さ、さ、さ、さきょ、左京山さん…」
「…も…本星崎…わ、私の…スマホを……し…指紋…」
「左京山さん…! ああ…左京山さん…。そんな…。き…消えてしまった…」
「うわあぁあああぁああぁあぁぁぁ…わああぁぁぁぁぁああああん」
「お姉ちゃん、ちょっとうるさいよ。どうせ、お姉ちゃんたちもすぐに寿命で死ぬんでしょ? それよりも、ほら、スマホ。いるんじゃないの?」
「左京山さんの…スマホ…。アンタね…。全身が蒸発させられちゃったら、指紋認証が開かないじゃないの…」
「そうお? だって今、ロック解除されたままだよ?」
「か、か、か、かえ、返して…! さ、さきょ、左京山さんのスマホ…」
「へえ、そうか。このお姉ちゃんのスキル…。じゃあ、わたしもメッセージ残しておこうっと」
「や、やめ、やめ、やめて…。か、かえ、かえ、返して…!」
「はいはい。どうぞ」
「…おっとと…。え、え、ええっと…。くっ…。が、がめ、がめ、画面ロックがかかってる…」
「なんて事を…」
「それで? どうするの? あの男の子の居場所を教えてくれないと、今のお姉ちゃんは元に戻せないし、スマホのロックも外せないよ」
「ほ、ほ、ほり、ほり、堀田さん…ど、ど、どう、どうすれば…」
「言うわけにはいかないわ。彼には、この国の多くの人の命がかかっているんだもの。それに、アタシたちだって、彼がどこに向かって行ったかは知らない」
「電話すればいいじゃない」
「だから、アナタの言う通りにはしない、って言ってるのよ」
「ふう…。そっか。じゃあ、こんな事は本当はしたくないんだけれど…このお祭りに来ている人、全員、消しちゃおっか」
「な…なんですって? まさか…霧のスキル…」
バタタタタタタタタタタタタ…
「あ…ほ、ほ、ほり、堀田さん…ヘ、ヘ、ヘリコプターが…」
「花火大会に…ヘリコプターですって?」
「へえ…迎えに来たんだ。ちょうどいいや。お姉ちゃんたち、もういいよ。どっかにいっても」
「もういい…って…。アタシたちに用が済んだのなら、左京山さんを元に戻して行きなさいよ」
「なんで? 元に戻すのにもスキルを使うんだよ? わたしの寿命を使うんだよ? なんでそんなことしなきゃいけないの?」
「なんで…って…もう人質は要らないでしょ!?」
「じゃあね、バイバイ」
「ちょっと、待ちなさい! …あっ」
「き、き、きえ、きえ、消えてしまった…。さ、さ、さきょ、さきょ、左京山さんが…」
「追わなきゃ…。でも、どこに行けば…」
「わ、わ、わた、私のスキルで探知しながら走れば…き、き、きっと…」