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間隙のヒポクライシス  作者: ぼを
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7章:ラプラスの悪魔はシュレーディンガーの猫の夢を見るか(第7話)

「花火の前に、全員合流できてよかったよ」

「ふ…ふふ…。な、な、なる、鳴海くん、か、か、か、上小田井くん…さ、さ、さっきの勝負、み、み、み、見てたわよ…」

「あ、本星崎さんと左京山さんも見てたんですか? いい勝負でしたよね~」

「実は、優勝賞品で貰った、商店街で使える商品券1万円分を持て余している」

「…それは、鳴海と桜で使えばいいんじゃない? どうせ、みんな、残りの寿命でこれといった使い途なんてないんだから」

「そ…そうかもしれないですけれど…」

「な、な、なる、鳴海くん。そ、それ、それより…は、は、は、花火が始まる前に、た、た、確かめておきたい…」

「あ…そうか。霧のスキルの話か…」

「霧のスキル…だと? 鳴海よ。何かわかったのか」

「いや、まだ何もわかっていない。けれど、今から、何かわかるかもしれない」

「鳴海くん、それって、どういう意味かしら?」

「わ、わ、わ、わた、私が、あ、あ、あの、あの時、き、きり、霧の中で、スキル者と接触したの…」

「ほう。それは、目視確認をした、という事か。霧の中にいたのは確か…鳴海、桜、本星崎、呼続、ゴブリンか」

「豊橋、僕たちは、誰もスキル者を目視確認していない。けれど、本星崎のスキル鑑定能力が、スキル者と接触した事を示しているんだ」

「で、で、でも、わ、わた、私には、スキルの内容を、り、り、理解できなかった。だ、だ、だから、よ、よび、呼続ちゃんのスキルを経由して、な、な、鳴海くんに追体験してもらう…」

「本星崎、意見は多い方がいい。僕だけじゃなくって、豊橋と上小田井くんにも追体験できるようにしてほしいんだ」

「え、え、ええ…。も、もち、もちろんよ…。よ、よ、よび、呼続ちゃん、いい…?」

「わたしは、いつでも大丈夫だよ。本星崎お姉ちゃん」

「じゃ、じゃ、じゃあ…な、鳴海くん、豊橋くん、上小田井くん…わ、わ、わたしたちと、て、手をつないでもらえる…?」

「大丈夫。つないだよ。…ゴブリンのスキルを鑑定した時と同じだな」

「よ、よ、呼続ちゃん…い、い、いくよ…」

「うん。いいよ」

「い、い、いち…に…さん!」


「豊橋…どう思う?」

「ふむ…。スキル者が確かにその場にいたことには、間違いがあるまい」

「でも、目視確認はできなかったんだ。本星崎のスキル範囲は10m程度。それだけ近ければ、見えていてもよさそうなんだけれど…」

「鳴海さん…このスキル、もしかして、自分自身も蒸発させる事ができるんじゃないでしょうか?」

「自分自身も蒸発…って…それは、可逆的にって事かい?」

「ええ…そうでないと、説明がつかないと思います」

「なるほどな。自分自身を細かな分子に分割して蒸発させ、まるで透明人間のような振る舞いをする。そして、スキル者は、自分自身の体を再び元の個体につなぎ合わせられる。そういう事か」

「ぼくの仮説は、そうです」

「となると…ますます厄介なスキルだな…。相手からは僕たちがいつでも見えるのに、僕たちからは相手が見えないなんて…」

「その仮説に立つとして、だ。このスキルは、つまるところ、何をしているのか。何のスキルなのか。問題はそこだ」

「ぼくは…このスキル者は、とある物理法則を操ることができるのではないか…と考えています」

「上小田井よ。とある物理法則、とは何だ」

「いや、豊橋。僕も、その物理法則に思い当たりがあるんだ」

「ほう…。言ってみろ」

「上小田井くん、せーの、で一緒に言う?」

「ええ…わかりました」

「せーの、」

「「ファンデルワールス力」」

「…っやっぱり、上小田井くんもそう思うか…」

「ええ。それ以外にないかな、と思います。でも…ファンデルワールス力を操れる、という事が、どういう事なのか…」

「…ねえねえ、鳴海くん…何のスキルか、わかったの?」

「う~ん。まだ、なんとも言えない。でも、恐らく『スキル者自身を含めた、あらゆる物質を分子レベルに分解して蒸発させる事ができるし、戻すこともできる』スキルだと思う」

「な…なにそれ…。ちょっと、気味悪いスキルだね」

「でも、こう考えると、ゴブリンの不思議な傷について、説明がつくんだよね」

「鳴海くん…。戻すこともできる、って言ったわよね? それって、ゴブくんの傷も元に戻せるってことかしら?」

「それは…どうでしょう。ゴブリンを構成していた分子は、既に大気中に霧散してしまっているでしょうし…」

「そ…そうなのね…」

「もう少し、情報が必要だと思います。とは言え、今更防衛省に共有して、協力を仰ぐのもな…」

「鳴海よ。今、俺たちが気にするべきは、そのスキル者が再び俺たちを襲う可能性があるか、否かだ。スキルにより発生させた霧であれば、意図的に俺たちを狙った事には疑いあるまい」

「確かに、そうだな…。となると、そのスキル者は何者で、何が目的か、を早く確認する必要がある」

「俺たちの命に優先順位を付ける場合、少なくとも日本国民という単位で考えた場合は、圧倒的に上小田井が最優先だ。防衛省の方が安全であれば、早急に戻したほうがいい」

「豊橋くん、上小田井くんに許された外出時間は、あと1時間くらいよ。海水浴に行った日から今日まで、何もなかったんだし…それに、あの時は上小田井くんはいなかったんだから、残りの時間で上小田井くんが狙われる事はないんじゃないかしら。最後までいさせてあげれば…」


 ひゅぅぅぅぅううううううう………ドオォォォォォオオオオン!


「あ、鳴海くん、みんな、花火が始まったよ! …キレイだな~」

「上小田井よ。お前の護衛についている自衛隊員には、連絡がつくのか。あと1時間の外出時間確保のための、最低限の確認だけはしておきたい」

「自衛隊の人とは、連絡はつきません。本当にいるのかもわからないくらいですから」

「そうか。なら、ザンギエフとはどうだ?」

「あ…金山のおじさんとなら、連絡がつきます」

「…いいだろう。電話をかけろ。俺が確認してやる」

「わ、わかりました…。はい、コール開始しました。スマホを豊橋さんにお渡ししますね」

「よし…」


  ―― 俺だ。どうした1111番よ。門限までには、まだ時間があるぞ。研究施設が恋しくなっちまったか


「ザンギエフよ。下らない冗談はよすんだな。下品なオヤジの会話は、小学生の耳には毒だ」


  ―― あん? お前、1174番か。なぜ1111番が出ない。無事なんだろうな


「無事だ。現時点ではな。それよりも確認したい事がある。上小田井には、今、護衛の自衛官がついているのか」


  ―― 機密情報だ。お前に言う必要はない


「なるほど。では、自衛官がいる前提で話をしよう」


  ―― 花火か? うるさくてよく聞こえないぞ


「聞こえないふりはよせ。上小田井の命を護る上で、重要な事だ」


  ―― いいだろう。何が気になっている。話してみろ


「お前に、ひとつ質問をしたい。お前が公式か非公式かは知らんが、上小田井につけた自衛官に、今、連絡はつくのか」


  ―― 質問の意図がイマイチわからんな。それを知ってどうする


「俺たちには、連絡がつく、つかないの興味はない。むしろ、あるとすればお前だ」


  ―― なんだと…。いいだろう。このまま、通話を保持したまま、待て


「よかろう。俺はお前と違って、気が長いからな」


  ―― …おい、どうした。応答しろ。おい…


「む…」

「あっ! 豊橋くん、スマホが……蒸発してしまったの…?」

「豊橋…これは間違いなく…やばいぞ! 近くにいる!」

「上小田井よ。今すぐ、この場から離れるぞ。悪い予感は的中だ。自衛隊は恐らく、全員すでに蒸発している」

「全員で同じ方向に逃げてはだめだ。ふた手に分かれよう」

「鳴海くん! あたしたち、どう分かれるといい!?」

「今、豊橋を直接殺さなかったという事は、豊橋が目的ではない。むしろ、僕たちを分散させようとしていると見るべきだ」

「な、な、なる、鳴海くん…ぶ、ぶ、ぶ、分散させるのが目的なら、わ、わ、わか、分かれて行動しない方がいいんじゃない…?」

「だから、ふた手に分かれる。分散させたいという事は、同時に多くのメンバーを相手にしたくない、ってことだ。となると、目標は特定の人間だ。僕の仮説では、これは上小田井くんだ」

「…鳴海の言う通りね。上小田井を護る事を最優先に、分かれて行動した方がいい。…大勢の人たちが花火に気を取られている今は、相手にとって好都合に違いないわね」

「メンバー割をしたい。上小田井くんと同時に行動するのは、僕、豊橋の2人だ。それ以外は全員、まとまって逃げてくれ。駅とか、明るくて人が多い所がいい。それでもし、襲われるのが上小田井くんを中心とした僕らではなく、みんなだった場合、すぐに連絡してくれ。本星崎、キミのスキルがあれば、スキル者の接近に気づけるだろ?」

「え…え、ええ…。わ、わ、わ、わかった…」

「…な、鳴海お兄ちゃん…。わたし、上小田井くんと離れたくない…」

「呼続ちゃん、今回ばかりはダメだ。確実に命に関わる。呼続ちゃんにもしものことがあったら、上小田井くんは量子コンピュータを動かし続ける1年間、ずっと悲しみ続けることになるんだぞ」

「鳴海くん、それは、あたしも同じだからね」

「桜…」

「何回も言わせないで。命に関わる時は、鳴海くんと同じ行動をするって、約束したでしょ?」

「でも…今回ばかりは…」

「な、な、なる、鳴海くん…。さ、さ、さく、さく、桜さんは、多分大丈夫…。つ、つ、連れて行ってあげて」

「本星崎…。どういう意味だ?」

「とにかく、あたしも一緒に行く。あたしは、呼続ちゃんを護る。だから、呼続ちゃんも一緒にいく」

「なんて強引なんだ…。僕が護るものが増えるだけじゃないか…」

「足手まといになるなんて、思わないで。あたし、鳴海くんが思っているよりも、ずっとしっかりしてるよ?」

「本当にしっかりしている人は、自分でしっかりしているなんて言わないよ…」

「鳴海よ。時間がない。こうしている間も、間違いなくスキル者は俺たちを見張っている。自己責任だ。好きにさせろ」

「…仕方ない。じゃあ、桜と呼続ちゃんも、僕らと一緒に上小田井くんチームだ」

「よかろう。では、行くぞ」

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