7章:ラプラスの悪魔はシュレーディンガーの猫の夢を見るか(第4話)
「で、結局俺たちもつきあわされる事になるのか」
「アタシは別に構わないわよ。お祭りは、みんなで来たほうが楽しいでしょ?」
「あ、あ、あり、あり、ありがとう…。わ、わ、わた、私も誘ってくれて」
「あたりまえじゃないですか、本星崎さん! その浴衣、とっても似合ってますよ」
「さ、桜お姉ちゃん…わたしも来てよかったのかな?」
「やだ、呼続ちゃん、その浴衣、とってもセクシー!」
「ふ、ふふ…。さ、さ、さく、桜さん、そ、そ、その体は、わ、わ、わた、私のお姉ちゃんの体だから…」
「左京山さんは、浴衣を着なかったんですか~? せっかくなのに」
「…私、苦手なのよね、和装」
「そっか~。残念。左京山さんの浴衣姿、見てみたかったな~」
「や、やっぱり僕には、桜の考えている事がよくわからない…。ふ、2人きりでくるものだとばかり思っていたのに…」
「ふふ。鳴海くん、あとで、それぞれ分かれて楽しみましょう」
「ところで、上小田井くんは、護衛もつけずに来てしまって、大丈夫だったのかい?」
「ええ、鳴海さん。一応、量子コンピュータの稼働の目処がたったので、3時間だけ外出を許してもらいました。あと…多分、どこかに自衛隊の人が隠れていると思います」
「なるほどね。3時間か…。厳しいな。でも、目処がたったって事は、上小田井くんの観測精度が充分に上がったってことなのかな?」
「いえ、結局、ぼくのスキルでは観測の精度を上げる事ができなかったんです。なので、同時に開発していた誤り訂正のアルゴリズムを使う事になりました。ですので、ぼくは今後、1年間は一切外出ができなくなります。えへ…」
「1年か…。その間、ずっと量子コンピュータを稼働させ続けるって事か…」
「ええ、その通りです。それだけの時間を要する事に、外交的な影響がどのくらい出てくるのか、とかは、ぼくにはわかりません。ただ…」
「ただ?」
「…一番残念なのは、みなさんの崩壊フェイズまでには、創薬はとても間に合わないって事です…」
「なんだ、その事か。そこは、上小田井くんに責任を感じてもらっちゃうと、僕たちが困惑しちゃうよ。もともと僕たちは間に合わない覚悟だし、そもそも1ヶ月やそこらで計算を終えたとしても、創薬にはそこから更に時間がかかるだろ? どのみち、どうしようもないよ」
「それは…そうかもしれませんけれど…」
「あ、ほら、呼続ちゃんが、一緒にお祭りをまわりたがっているよ。たったの3時間なんだから、楽しんでおいでよ」
「上小田井くん、一緒に行こ? わたし、綿あめ食べたいな」
「う、うん。ぼく、おじさんから多めにお小遣いもらってきてるから、色々ごちそうしてあげるね」
「ほんと? やったあ」
「う~む。体は大人で心は子供の呼続ちゃんと、体は子供で心はやたらと大人びている上小田井くんのペアか…」
「さあ、若い2人は放って置いて、アタシたちもお祭りを楽しみましょ」
「あ、鳴海くん、トルネードポテトがあるよ。トルネードポテト食べたい」
「トルネードポテト? なんだそりゃ。『美味しさ爆発級』を、藤田スケール的な定量数値で表現したフライドポテトか何か…か?」(藤田スケール:竜巻、トルネードの強さの尺度)
「違うよ~、ほら、これこれ」
「へえ、1個のジャガイモを螺旋状に切って伸ばしたものを、串に挿して揚げているのか。割と手間がかかってそうだな…。どうやってこの形状に切断しているのかは興味あるな…」
「あ、鳴海くん、あっちにカキ氷あるよ。やっぱりカキ氷にする?」
「フライドポテトからカキ氷に一瞬で食べたい物を変化させられる桜には、感心するよ…ホント。はは、そうやってまた、桜は何も食べられずに終わるんだよな…」
「いいの! こうやって悩んでいるのが楽しいんだからさ! …えへへ」
「…やっぱり桜は、子犬だな…」
「ねえねえ、それよりもさ、何かあたしに言う事はないの?」
「言う事? 言わなきゃいけないことは、普段から言ってるつもりだけどな」
「そうじゃなくってさ、ほら、どう?」
「どうって言われてもなあ…」
「も~。だから、ほら、これ、ね?」
「あ…あ~、ごめんごめん。そっか。浴衣、初めてだって言ってたね」
「やっと気づいたか…」
「ええ、やっと気づきました…」
「それで? ご感想は?」
「え~と…うん。カワイイ…です」
「カワイイだけ?」
「欲しがりますなあ」
「欲しがりだもん」
「なんて言えばいいんだよ」
「じゃあさ、せっかくだから、世界で一番カワイイって言ってみて」
「なんだって?」
「あら、言えないの?」
「まったく…。今この瞬間、この世界で一番、桜がカワイイと思うよ」
「わ、わざとらしい~」
「い、言わせたんだろ、自分が…」
「本心?」
「本心だよ…。恥ずかしいな…」
「そ、ありがと。にひひ~」
「豊橋くん、焼きそばの屋台があるわよ。食べる?」
「ん、そうだな。そうするか…。だが『小麦粉の麺であれば、洋の東西を問わないのは節操がない』と、どこからか声が聞こえてきそうだな」
「ふふ。なんだかんだ言って、豊橋くんが一番、神宮前さんの事を気にしてるわよね。もしかして、恋心でもあった?」
「堀田よ。もし、お前が本気でそう思うのであれば、お前自身を顧みて、神宮前と比較してみる事を勧める。体型、性格、その他諸々だ」
「あら、意外と本気にしちゃったのね。冗談よ、冗談」
「ふん。…だが…そうだな。ちょこまかと煩いガキだったな…」
「…あたしたちも、そろそろ、死に方を考えないとね…」
「ああ…そうだな。だが、お前はまだスキル発現していないだろう」
「そうかもしれないけれど…。でも、いずれは発現して、死ぬ」
「…どういう死に方が一番自分らしいか、常に考えている。同時に、自分が望むような死に方など、できないであろう事もな。だが、少なくとも、多くの人間に看取られるのは、俺らしい死に方ではない」
「アタシたち、爆発して死ぬのよ?」
「…ふむ。そうだったな。であれば、無様な死に様は他人には見せたくないというのが本心だ」
「…せめて、どうやって死ぬかくらいは選ばせてくれてもいいのにね…」
「いつ死ぬか、が自明なだけでも、幸運と思わねばならん。少なくとも、明日、交通事故で死ぬことを知らない子供よりも、俺たちは幾許かは幸福だ」
「…そうね。そうかもしれないわね…」
「用意周到に死ぬ準備をしたとしても、死ぬ瞬間は恐ろしいに違いあるまい。人生など、最後まで思うようには行かないものだ。…だから、俺には、俺たちのメンバー全てが、同様に死を受け入れられているとは到底思えない。ましてや、16歳やそこらのガキどもだ。本当の意味で死の恐怖に苛まされるのは、まさに数日前から、直前だろう」
「…ねえ、豊橋くん。アタシたち、一緒に死ぬことは…」
「不可能だ。死ぬ時は、常に独りだ」
「でも…」
「心中は無様だ。俺の流儀に反する」
「…そうね…」
「お前のスキル発現までにまだ時間があり、創薬が間に合う可能性を、俺はまだ諦めていない。それだけだ」