6章:失われた夏への扉を求めて(第18話)
「アタシ、かき氷買ってこようと思うけれど、みんな、食べる?」
「はいはい! あたしはブルーハワイでお願いします」
「ブルーハワイだって? 桜、ミントと勘違いしてるんじゃないのか?」
「いいの! どうせ鳴海くんに食べてもらうんだから」
「なんでいつも、僕が食べさせられているんだろう…」
「じゃ、じゃ、じゃあ、わた、わ、わ、私は、レモンシロップで…」
「…本星崎がレモンなら、私はメロンね」
「じゃあ、オレはイチゴで!」
「ふふ。はいはい。呼続ちゃんと豊橋くんと鳴海くんは?」
「わたしは、本星崎お姉ちゃんとおなじレモンでお願いします」
「僕は、桜と分けあって食べるから、大丈夫です」
「ふん。どいつもこいつも、フレーバーを気にする必要などないぞ。どのみち、全て同じ味の砂糖水だ」
「豊橋、その意見には賛同しかねるな。同じ砂糖水だとしても、色と香料が僕たちを錯覚させてくれる」
「なるほど。それは一理あろう。では、やってみるか。目を閉じて鼻をつまみ、何味を食べているかを当てる勝負を」
「面白そうじゃないか。豊橋は何味にするつもりなんだ?」
「俺か? 俺は宇治金時だ」
「な…! そういう豊橋が一番こだわってるじゃないかよ…。神宮前がいたら、間違いなく渋いってからかわれるぞ…」
「えへへ、みんな、ワガママだなあ~。堀田さん、1人では持てないと思うから、あたしも一緒に行きますね!」
「さ、さ、さく、桜さん…。わ、わた、わ、私が一緒に行くから…。あ、あな、あなただけだと、不自然でしょ…」
「不自然って…ま、まあそうかもしれないですけど…」
「ふふ…。じゃあ、桜ちゃん、本星崎さん、一緒にお願いするわね」
「…鳴海、体操座りなんかして、遠い目をしちゃって…どうしたのよ」
「左京山さん…」
「…隣に座っても?」
「え? ええ…もちろん」
「…それで、何を悩んでいるの? 神宮前の事を思い出しているの?」
「はは…。いえ、それはさっき、充分思い出しましたから…」
「…そう。じゃあ、どうしたの?」
「…なんというか…こんな事をしていていいのかな…って思って」
「…こんな事…って…。こんな事、以外に、なにをしようと言うのよ」
「僕たち、残された時間があと2ヶ月もないのに、その貴重な時間を使ってまでする事が、これでいいのかな…って」
「…残りの寿命が短いから、こんな事をしているんでしょ?」
「そ…そうなんですけどね…。先に死んでしまった、国府や、伊奈や、神宮前の事もそうですし、スキル者の存在が要因で巻き添えで亡くなった多くの人たちの事もそうなんですけれど…。彼女ら、彼らの事を思うと、こうして僕たちが、人並みに青春しているのが…そうだな…多分、申し訳ないと僕は思っているのかもしれません」
「…鳴海、言っていることが矛盾している。どうしたのよ」
「…つまり、先に死んでいった人たちの事を思うと…僕たちが残りの時間を使ってやるべきことは、もっと別にあるんじゃないかと思って…。その…自分たちの為に自分の時間を使うんじゃなくって、他人の為に使うとか。国府が、自分の寿命が思ったよりもずっと短い事を確認した時に、死ぬまでにできるだけ多くの人の役に立ちたい…って言っていたんですけれど、その気持ちが今はよくわかる気がするんですよね」
「…ねえ鳴海、あんたはもっと、利己的に生きていいと思う。でないと、残りの短い時間を生き急いで、最後まで迷いながら、自分の一生が充実して満足していたかを確かめる作業に時間を費やして、なんとなく後悔して死ぬ事になるわよ」
「それは…頭では理解しているつもりなんですけれどね。う~ん…そうだな…。自分にとって何が幸福かが、わからないのかもしれません」
「…私は…正直、今、幸福を実感しているわよ。ふふ。ガラにもなくね。……友達のいなかった私が、私の事を一応なりにも受け入れてくれる人たちと、気兼ねする事なく海水浴に来られる日が来るなんてね…」
「幸福ですか…」
「…鳴海はどうなの? 今、この瞬間、幸せではないの?」
「例えばですけれど…人生における幸福度の定義を、ドーパミンとかオキシトシンといった幸福物質の分泌量の総量だとしたら…」
「…鳴海、あんたは、なんでも理屈で考えすぎる。まあ、それがいいところなのかもしれないけどね…」
「でも、もし、そんな脳内物質の分泌量だとしたら、左京山さんは、どう思いますか?」
「…幸福がそんなに単純な定義だとしたら、覚醒剤でも常用したほうがよっぽどいいわ。ドーパミンが過剰放出されるから、恐ろしい多幸感を味わえるわよ、きっと」
「それは…それはやっぱり、違う気がします」
「…私は、人の幸せなんてものは、もっと相対的でおぼつかないものだと思ってる。だから、つらいことや悲しいことが多いほうが、ほんのちょっとの幸せで満足できる気がするのよね」
「つらいことや悲しいこと…ですか」
「…海を目の前にして言う事じゃないかもしれないけれど、人の幸福への欲求なんて、この大海を飲み干すに等しいと思うのよね。飲めば飲むほど、さらに飲みたくなる。そして、塩分接種過多で死亡する。だから、なるべく小さな幸せと、なるべく小さな不幸せを、なるべくいっぱい集めるのが、ちょうどいいくらいなのかもね」
「それはなんだか…示唆的ですね」
「…私が言いたいのは、人生に満足して死ぬための条件は、幸福の絶対量だけとは限らない、って事。鳴海は、何に満足できていないの? もしかして…桜の事? それとも、神宮前の事?」
「う~ん…。どうなんでしょう。それもあるのかな…。僕、結局、自分でわからなくなってしまいました…」
「…そう…。ふふ。ねえ、知ってる? 男の人って、Dカップ以上のサイズのバストを毎日10分くらい見るだけで、幸福度が増進されて、5年くらい寿命が延びるらしいわよ。だとしたら、桜のバストで抱きしめられたら、その効果は計り知れないかもしれないわね」
「なっ…! いきなり、何てことを言うんですか…」
「…あら。鳴海は、おっぱいは嫌いなの?」
「嫌いだなんて…。僕だってこう見えて、一応、多感な男子高校生なんですから…」
「…そう…。じゃあ、私が抱きしめてあげよっか? ちょうどDカップだし」
「え、遠慮しておきます…。それに、桜に抱きしめられた事なら、僕だってあります…」
「…ふふ。このくらいの話で頬を染めちゃうなんて…。鳴海、あんた、まだ童貞でしょ」
「どど…童貞…」
「…やっぱり、あんたは、桜の事が気になるのよね。私は…。私は、こんな事を笑って話せる友達ができた以上の事を、私の人生で、望むべきじゃないわよね…」