6章:失われた夏への扉を求めて(第17話)
「みてみて! どうかな? この水着」
「どうかな…って…うん。カワイイと思うよ。目のやりどころに困るというか…」
「ほらほら桜ちゃん、ラッシュガードを羽織って。日焼けも心配だけれど、悪い虫が寄って来ないかも心配だから」
「あ、堀田さん、大丈夫です。自分のを持ってますから」
「桜…とにかく、ラッシュガードを羽織りなよ…。まあ、平日の海岸だから、悪い虫はいなさそうだけどさ…」
「せ、せっかく買った水着が見えなくなっちゃうよ~…」
「堀田さんは、なんというか…割と…フル装備ですね」
「ふふ…。アタシ、紫外線に弱いのよね。日焼け止めを塗っても焼けちゃうから、フードとサングラスは必需品ね。そして、パラソルの下でみんなが楽しんでいる所を見ているわ」
「え~堀田さん、一緒に泳ぎましょうよ」
「はいはい。後でちょっとだけね」
「やった! じゃあ、鳴海くんを砂に埋めるのも手伝ってくださいね」
「ふふ、それは積極的に手伝ってあげるわ」
「よ~し、鳴海くん、覚悟しておいてね!」
「おい、やめれ」
「お、おいおい、ホントかよ。ドヨバジ、君は泳げなかったのかよ!」
「悪いか。ゴブリンよ、そもそも人体は、形状的に泳ぐ事に適していない」
「そうだったのか~。いや、意外だよ。どうだい? オレが泳ぎ方を教えてやろうか?」
「断る。そもそも、泳ぎたいという欲求が俺にはない」
「へえ。じゃあ、リタさんが溺れた時はどうするんだ? 放置するのかい?」
「ふん。その時はお前が助ければよかろう」
「オ、オレがいつも近くにいるとは限らないだろう?」
「であれば、溺死するまでだ。堀田は俺が泳げない事を知っている。それを承知で溺れたのであれば、本人の責任だ」
「なっ…。なんて冷徹な奴なんだ…」
「ふ、ふふ…。ゴ、ゴ、ゴ、ゴブリンさん…。と、とよ、と、豊橋くんは、も、もし堀田さんが溺れたら、お、お、お、泳げない事を承知で、助けに行くと思う」
「ほう、本星崎よ。お前に何がわかる」
「わ、わ、わ、わかるわよ…。ほ、ほ、堀田さんだけが死ぬくらいなら、い、い、一緒に死んだほうがマシだと思っているでしょ…」
「ふむ。思うのは簡単だ。だが、それを実行に移すのは難しい。それが現実だ」
「ふふ…そ、そ、そうかもね…」
「ザキモトさんは? 泳げるの?」
「わ、わた、私は…ぼ、ぼ、防衛省で泳ぎを教わる事はなかったから…」
「そ、そうか…。そうだよね」
「ゴ、ゴ、ゴ、ゴブリンさんが、お、お、おし、教えてくれる?」
「ええ? それ、本気で言ってるのかい?」
「え、え、ええ…。こ、こう、こういう機会でもないと、お、およ、泳ごうなんて思わないから…」
「オ、オレでいいのかい?」
「だ、だ、だって、ゴブ、ゴブリンさん、わ、わ、わた、私のクラスメイトでしょ…?」
「そ、そうだけどさ…」
「お、およ、およ、泳ぐ気持ちよさを、い、いち、一度、味わってみたい…。ふ、ふふ…し、し、しぬ、死ぬ前にね…」
「オ、オ、オ、オレ、ちょっと、海水を浴びて頭を冷やしてくるよ!」
「マジか…。ゴブリンのやつ、あんなに泳ぎが得意だったのか。なんで水泳部じゃなくて調理部なんだ…」
「わあ~…本当だね。すごくはや~い。あっ、鳴海くん、みてみて、ゴブさん、クロールからバタフライになった」
「バタフライだと!? 波のある海で、しかもあのスピード…。もはやアスリートだな」
「あれ? ゴブさん、急に止まっちゃったよ? なんか…慌てているみたい」
「あれは…足がつったな。体操せずに、いきなり全力で泳ぐからだよ」
「足がつった様子じゃなくない? ほら、泳ぎだしたよ」
「泳ぐというか…溺れているに近い動作だ…」
「あ、ゴブさん、戻ってきた…。あれ? なんか表情が…」
「…確かに、尋常じゃないな。まさか…スキル攻撃を受けているのか? もしかして…本星崎が、未来の左京山から受け取ったメッセージにあった『目に見えない敵』か…?」
「そんな…このタイミングで、あたしたち、襲われちゃうの…?」
「このタイミングだから、襲ってきた可能性もある。けれど…こんなに脈絡がないものだろうか…。防衛省以外の存在だとしたら、僕らを何の前提もなく襲う理由がない…」
「と、とにかく、早くゴブさんを助けなきゃ!」
「お~い! ゴブリン! どうした!? 何があった!?」
「あばばばば…ゲホッゲホッ…あぼぼぼ…あっぷあっぷ」
「だ…大丈夫かな…。きちんと喋れないみたい…」
「これはマズイな…。ちょっと助けに行ってくる」
「あっ! 鳴海くん! 待って、先に寿命を確認して!」
「そ…そうだった…」
「…と言ってる間に、ゴブさん戻ってきたよ。無事そうだね。あ~…よかった」
「ゴブリン、どうした? 何かあったのか?」
「ク、クラゲに刺された!」
「クラゲだって…? クラゲか…」
「な~んだ、スキル攻撃じゃなかったのね。びっくりして損しちゃった」
「いや、桜。クラゲに刺されるのも、一大事だよ」
「いたたたたた…」
「どこを刺されたんだ? とにかく、浜辺に座りなよ」
「ここ、ここだよ! さ、さっちゃん! 毒を吸い出してくれ!」
「あ、あたし!?」
「ゴブリン、バカなことを言うな。僕が吸い出してやるよ」
「や、やっぱりそうなるよね~…!」
「よ、よび、よび、呼続ちゃん、ゆ、ゆ、ゆっくりでいいからね」
「うん…ありがとう、本星崎お姉ちゃん。でも、この体にも、だいぶ慣れたよ」
「と、とり、とり、とりあえず、しゃ、しゃ、しゃがんで水につかれるところまで、い、い、いき、行きましょう…」
「サンダルは、脱いだ方がいいかな?」
「さ、さ、さっき海に入った時、あ、あ、あさ、浅瀬は、石とか貝殻とかで、わ、わ、わ、割りとゴツゴツしているから、は、は、はい、履いたままの方がいいと思う」
「うん…そうする。あ、手をはなさないでね」
「ふ、ふふ…だ、だ、大丈夫よ…」
「きゃっ…つ、冷たい…。思ったより、冷たいね」
「か、か、から、体が日光で温まっているから…。み、みず、みず、水に入れば、す、すぐに慣れると思う…」
「このあたりで…いいかな」
「え…ええ…。じゃ、じゃ、じゃあ、しゃ、しゃ、しゃがんでみましょう。ゆ、ゆ、ゆっくり…」
「あはは…つ、冷たいね…。でも…しゃ、しゃがめた。しゃがめたよ、本星崎お姉ちゃん」
「そ、そ、その、そのまま、もう少しだけ深い所までいってみましょうか…。く、くび、首までつかれるくらいに…」
「う…うん」
「ふふ…。き、き、きぶ、気分はどう?」
「なんか…すごく気持ちいい。波って、こんなにユラユラしてるんだね」
「よ、よ、よび、呼続さんは、か、か、家族と海に来たことはないの?」
「ううん。何回かあるよ。でも、こんなふうに、波や風や陽射しを意識したことは…なかったと思う」
「…ひ、ひ、人は、し、し、死期が近くなると、か、かちょ、花鳥風月に涙するようになると言うけれど…」
「なにか言った? お姉ちゃん」
「お、おね、お姉ちゃん…か…。ふふ…。わ、わた、わ、私たち、ど、ど、どっちが先に死ぬかわからないけれど…。お、お、おた、お互いに、え、え、え、笑顔で見送ろうね…」
「笑顔で…?」
「だ、だ、だ、だって、じ、自分が死ぬ最後の瞬間に、た、た、大切な人の悲しい顔なんて、みた、み、見たくないでしょ?」
「……うん。そうだね!」