6章:失われた夏への扉を求めて(第15話)
「鳴海よ。結局、お前が監視役に任命されたのか」
「ああ…。そうだね。厄介事を背負い込んでしまったとも思うけれど…防衛省の見知らぬ職員に監視されるよりは、マシだろ?」
「その意見には完全同意だ。しかし、俺は、お前が俺たちを監視するにあたり、何かしらのミスをしないかを逆に監視するという、厄介事を背負い込むことになった」
「はは…。確かに。僕、自分の寿命鑑定で一度やらかしているからな…。カフェのトイレで爆発するところだった」
「防衛省にとって、現在、お前以上に広範囲かつ高精度で寿命鑑定ができるスキル者はいまい。お前が適任である事は、俺たちとしても肯定せねばなるまい」
「ねえねえ、鳴海くんに豊橋さん、難しい顔をして、何の話をしてるの?」
「なんだ、桜か」
「なんだはないでしょ? あたしにだって関係がある事なら、知る権利があるでしょ?」
「ふん、桜よ。俺たちがしているのは、少々難しい話だ。お前が首を突っ込む事はオススメしない」
「豊橋、別に隠すことじゃないんだから、ちゃんとみんなには僕から説明をするよ」
「なになに? 気になっちゃうよ」
「いや、僕たちの残りの寿命って、もうそんなに残されていないじゃん。だから、世間から隔離されるのはゴメンだと思ったんだ」
「どういう事? よくわかんない」
「簡単な話だ。スキル者の存在が生物兵器という形で近隣国家に知られる事になり、防衛省は俺たちを殺すという目的は失った。俺たちの存在を、生物兵器を否定する交渉カードに使う事もできるだろうから、殺さずに泳がせておくのは正しかろう。だが、俺たちに爆発されてはマズイ。だから、防衛省から俺たちを監視する人間が派遣される予定だった」
「でも、防衛省のスキル者では僕たち全員の寿命を短時間で正しく把握する事はできないんだ。だから、僕が皆の監視役になって、各々の寿命を定期的に防衛省に報告をした方が効率的って判断になったんだよね。というか、そう説得したんだ」
「え~…あたしたち、鳴海くんに監視されるのか…。おっちょこちょいの鳴海くんに…」
「桜…あまり僕をいじめるなよ。一応、僕が監視役を引き受ける代わりに、上小田井くんの命を保証してもらっているんだからな…」
「もっとも、上小田井のスキルが必要とされる限りは、この取引に関わらず上小田井の命は保証されると考えて問題なかろうがな」
「まあ、そんな経緯があって、今日、こうしてみんなで海に来られたってわけ。…神宮前も一緒にね…」
「鳴海くん、確認してきたわよ」
「あ、堀田さん、ありがとうございました。許可はされましたか?」
「ええ、事情を話したら、OKしてくれたわ。……私たちのお友達の遺髪を、海に流すわけだから…」
「夏休みの平日で、他の客がほとんどいない、というのもよかったのかもしれないな…。なんにせよ、神宮前との最後の約束を守れそうで、よかったよ…」
「でも、鳴海くん、あたしたち、わざわざフェリーに乗る必要があったのかな?」
「もちろんだよ。海岸線とか、堤防とかで遺髪を放流しても、すぐに波に乗って浜辺に打ち上げられてしまうからね。それでは約束を果たしたことにはならない」
「桜ちゃん、結局あたしたちは、このフェリーがたどり着いた先の、島の海岸で海水浴をする予定なんだから、道すがらで放流するのは理にかなってるでしょ?」
「ま、まあ、そうですね…。ちゃんと海流にのって、世界を旅できるといいな…」
「……そろそろかな。桜、みんなを呼んできてくれる?」
「うん、わかった!」
「ふん。遺髪と言ったところで、現実は数本程度か」
「でも、この数本が、神宮前に再生するんだ。だから、これは神宮前自身でもある」
「うう…オレ、ジンちゃんに直接、さよならも言っていないんだよね…。というか、同人イベント会場でも、ほとんど話せなかったな…」
「ゴブさん…だから、あたしたち、今からみんなで、さよならを言うんですよ?」
「そ、そ、そうだけどさ…」
「…鳴海、シスター服も一緒に流すの?」
「再生した時に、丸裸で服もないのは可哀想かな、と思って。と言っても、12万年後には跡形もなく風化しているでしょうけどね。気持ちです」
「あれ? 呼続ちゃんはどこ行ったのかな? あたし、声かけてきたのにな」
「堀田さんが改めて呼びに行ったから…ああ、来た来た」
「呼続ちゃん…ほら。アタシが手を貸してあげるわ…」
「うん、ありがとう…。鳴海お兄ちゃん、みんな、お待たせしてごめんなさい」
「ガキに謝らせるのは俺の流儀に反する。それよりも、その体の操作がこなれてきた事を評価したほうが建設的というものだろう」
「と、と、とよ、豊橋くん…い、い、いち、一応、私のお姉ちゃんの体なんだからね…。ガ、ガ、ガキ、ガキというのは…」
「ほう、やはりお前は、個人の特定に際し、物理的形状をその根拠とするのか。まあ、その心情、理解はしよう」
「よし、これで全員揃ったよな? 誰か忘れていないよな?」
「鳴海お兄ちゃん…。本当は、上小田井くんも一緒に来られるとよかったね」
「ああ…。でも、それは仕方がない。僕たちがここにいられるのは、ある意味、上小田井くんのおかげでもあるからな…」
「…上小田井くん、可哀想だな…くすん、くすん」
「もしかすると…残された僕たちは、神宮前のように、こうやってみんなに心配してもらったり、見送ってもらう事すら望めないかもしれないな…」
「ふむ。鳴海よ。それは間違いなかろう。俺は、人生において他人には何も期待しない。常に最悪のケースに備えている。しかし、だからこそ…だ。だからこそ、それができる俺たちは、神宮前を見送ってやらねばなるまい」
「ああ…そうだな。よし、じゃあみんな、神宮前を、海に投げ入れるよ…いいかい?」
「うん、鳴海くん、大丈夫だよ。ちゃんと、見ているから」
「アタシもOKよ。見送る心構えができているわ」
「じゃあ、投げ入れるよ…。えいっ…神宮前、さよなら!」
「あ、お花…。鳴海くん、いつの間にお花を用意していたの? しかも、そのお花って…」
「うん…。カモミール。神宮前が選んでくれた花だからさ…。手向けにと思って」
「そっか…。神宮ちゃん、きっと喜ぶね…」
「神宮前さん…。アタシたち、もう会うことはないでしょうけれど…元気でね…」
「神宮ちゃん…。さようなら…」
「………………」
「さて…さよならも終わった事だし、島に到着するまでに、フェリーの中でお昼ごはん食べちゃおうか」
「あ、鳴海くん、賛成さんせい!」