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間隙のヒポクライシス  作者: ぼを
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6章:失われた夏への扉を求めて(第13話)

「ええっと…よし。これで大丈夫だと思います」

「それなりに深く埋めたが、野犬が掘り起こすかもしれん。もっとも、それ以前に、崩壊フェイズで爆発するだろうから、問題あるまい」

「そ、そうでしたね、豊橋さん。遺体になっても、時間が来れば爆発するんでしたね…ぼくたち」

「爆発した方が、肥料としては都合がよかろう」

「あ、あ、ありがとう、かみ、かみ、上小田井くん…と、とよ、豊橋くん…。手伝ってくれて」

「本星崎よ。お前ひとりで、どうにかなる仕事ではなかった。クチナシの苗だけ、お前が植えてやれ」

「う、う、うん…」

「はい、本星崎さん、ショベルをどうぞ」

「あ、あり、ありがとう、上小田井くん。よ、よいしょ…」

「いいぞ。腰を入れろ。少しずつでいい」

「う、う、うんしょ…っと。ね、ね、ねえ…。ふ、ふた、2人とも…。ク、ク、クチナシを植えているあいだ、わ、わ、わた、私のひとりごとに、つ、つ、付き合ってもらってもいい…?」

「構わん。見ているだけでは暇だ」

「もちろんいいですよ、本星崎さん」

「あ、あ、あり、ありがとう…。え、え、ええっとね…。こ、こ、この前、いな、いな、伊奈さんの遺品を整理していたら…て、て、手紙がでてきたの…。わ、わた、私あてのね…」

「手紙…ですか? メールとかメッセージとかではなく?」

「え、ええ…手紙。か、か、書かれた、ひ、ひ、日付を見たら、ちょ、ちょう、丁度、同人イベントの前日だった…。ふふ…。な、内容は、い、い、い、遺書に近いみたいだから、い、いな、伊奈さん、ど、どう、同人イベントで自分が死ぬかもしれない事を、し、し、知っていたのね…」

「独り言にしておくには興味深い話題だ。続けてみろ」

「本星崎さん、遺書に近いみたい…って、まだ中身を読んではいないんですか?」

「そ、そ、そう、そうよ…上小田井くん…。て、て、手紙の封筒には、こ、こう、こう書いてあった。『この手紙を本星崎サンが発見したときに、あたくしが既に死んでいるようでしたら、この手紙を、最も信頼できる人に読んでもらいなさいな。決して、本星崎サンが自分で開けてはいけませんことよ』」

「なるほどな。その書き方であれば、間違いなく遺書だろう。で、お前は伊奈の注意書きを律儀に守り、まだ開封していない、という訳か」

「え、え、ええ…。ま、ま、まだ読んでいない」

「本星崎さん…信頼できる人って、誰にお願いをするつもりなんですか?」

「ふふ…。い、い、いな、伊奈さんの手紙は、今日、こ、こ、ここに持ってきているの…。ほ、ほ、ほら」

「…ふん。読むなら、伊奈を葬ったその場所で、という事か。この期に及んで、耽美的と言って問題あるまい」

「そ、そ、それ、それもあるわ…。で、で、でも、こ、この、この手紙、と、とよ、豊橋くんに読んでほしい…」

「なんだと…? 悪いが、それはお勧めしない。今更お前が、俺を信頼するという事は、結局、俺の事を何も解っていないと判断せざるを得まい」

「そ、そん、そんな事はない…。わ、わ、わ、私は、とよ、と、豊橋くんがどれだけ、だ、だ、だ、誰よりも冷静に、わた、わ、わ、私たちの事を考えてくれているか、よ、よ、よ、よくわかっているつもり…」

「それは大きな認識誤りだ。俺が打算なく他人を助ける事はしない。むしろ、心配などするべくもない。俺はただ、他人に何も期待していないだけだ」

「豊橋さん、ぼくも、本星崎さんの意見に賛成です。えへ、豊橋さんって、意外と自虐的なんですね。ぼくたちの中で、豊橋さんを信頼していない人は…ちょっと思いつきませんけどね」

「どいつもこいつも度し難い連中だ…。人を信頼することがどれほど愚かでハイリスクな行為であるかを、その人生で学んでこなかったのか…」

「はいはい、豊橋さん。屁理屈はいいいですから、伊奈さんからの手紙を読んではいかがですか?」

「…ふん。ついに俺も、ガキにたしなめられる所まで落ちたか…。よかろう。貸せ。開封して読んでやる」

「あ、あ、ありがとう、豊橋くん…。は、はい。これ、こ、これ…」

「いいだろう。読み上げる。伊奈の口調通りにな。


 『本星崎サンの代わりに、この手紙をお読み下さる方、感謝申しあげます。本星崎サンにとって重要な事を書いておりますから…もし本人がこの手紙を読んだ場合、取り乱してしまう恐れがあります。もしかすると、自分の命をなげうつような事をしてしまうかも…。ですので、この手紙は、本星崎サンの最も信頼する人に読んでいただきたいと思い、封書に注意書きを致しました。

 よろこんで下さる? 本星崎サンのお姉さんが、実は亡くなっていなかった、つまり、生きているかもしれないことがわかりましたのよ。もし、あたくしが生きている間に、お姉さんの生存をこの目で確認できたら、すぐに本星崎サンにお伝えしますわ。よろこびを分かち合いたいですもの。でも、あたくしがそれよりも先に死んでしまったら…本星崎サンは大変混乱なさるでしょうけれど、この手紙を読んでいる人から、この事実を伝えてもらってくださいな。そして、お姉さんを探すか、探さないかは、本星崎サン自身で判断してください。なぜなら…おそらく、お姉さんは、防衛省にいるから…。そうですわ…。あたくしたちがいた、あそこです。あたくしも存じ上げておりますわ…。お姉さんが、本星崎サンの崩壊フェイズをパスするために、犠牲になったことを…。でも…あたくしがつかんだ情報によると、お姉さんは崩壊連鎖を免れている。そして、防衛省でスキル者として利用されている。以前のあたくしたちみたいに…ですわ。ですから、お姉さんに会うためには、防衛省に接触する必要がある…。そのチャンスは、おそらく明日の同人イベントしかありません。鳴海クンや豊橋クンの話によると、イベントで、呼続チャンが崩壊フェイズに入るのだと思います。この時、神宮前サンのスキルで呼続チャンの崩壊フェイズをパスし、そして、呼続チャンは防衛省に捕縛される…。なぜなら、呼続チャンのスキルは防衛省にとってかけがえのないものだから…。ですから、もしその場にあたくしがいたら、呼続チャンと一緒に防衛省に捕縛されようと思います。一度は防衛省にいたあたくしですから、色々と情報を聞き出したいはず。すぐには殺さないでしょう。そして、本星崎サンのお姉さんを探します。でも、あたくしは、以前のように、崩壊フェイズをパスさせてもらえる立場にはならないでしょう。…ご存知の通り、あたくしには、ほとんど寿命が残されていませんの。誰かの崩壊フェイズをパスするために犠牲になる事もできないかもしれません。あたくしを捕縛しても、寿命が少ない事が分かれば、すぐに殺されてしまうかも…。ですから、捕縛される時には、寿命をできるだけ100日近くまで回復させておきたかったんです…。そのためには、神宮前サンの力が必要だった…。ですけれども、崩壊フェイズまで間もない呼続チャンをさしおいて、あたくしが神宮前サンの寿命を頂戴するわけにも…いきませんものね。ですから、くりかえしますけれど、この手紙を読んでいる時にあたくしが死んでいるのであれば、お姉さんを探すためにリスクを冒してまで防衛省と接触するかの判断は、本星崎サンにゆだねます。という事を、本星崎サンが混乱しないように、伝えてくださいね、この手紙を代読して下さっている方。

 そうそう、あたくしの情報源ですけれど、もちろん、左京山さんからのメッセージです。未来から送られてきたメッセージですから、現在の左京山さんにきいても何もわかりませんので、あしからず…ですわ。本星崎サンが、お姉さんと一緒に幸せな生活を送れる事を、願っています。あなたの事を心より大切に思う、友達のひとりより』


以上だ。ふむ。以前に伊奈が、ガラになく自分の命に執着して見せた事があった。左京山からのメッセージが要因だと本人は言っていたが、こういう背景もあった訳だ。…どちらにしろ、救い難いがな」

「ふ…ふふ…ふふふ…。い、いな、伊奈さん…。じ、じ、じぶ、自分の命よりも、わ、わ、私の事を心配しているなんて…。で、で、で、でも、おね、おね、お姉ちゃんは…死んでしまった…。い、い、いな、伊奈さんも、死んでしまった…。うぅ…」

「本星崎よ、同情はする。だがな、過度に悲しむ必要はなかろう。俺たちは常に同じ立場だ。他の誰かよりも少しだけ長く生きるか、少しだけ早く死ぬかでしかない。どのみち死ぬのであれば、残される人間に対して何かを引き継ごうとするのは、本能に近い行動と言ってよい。それこそ生殖活動と同様にな」

「で、で、でも…ど、どうして左京山さんは、わ、わ、私に直接ではなく、いな、い、伊奈さんにメッセージを送ったんだろう…」

「おかしな事ではあるまい。俺が左京山だとしても、そんなデリケートな内容なら、直接お前には送らん。お前に一番近い友人である伊奈に送るのは道理だ」

「…そ、そ、そう、そうか…。そうかもしれない…。わ、わ、わた、私…みんなに、し、し、心配してもらってるんだ…。こ、こん、こんな私なのに…」

「そう思うのか。こんな私だからこそ、皆が心配しているのだ。恥ずべき事ではない。俺が言えた義理ではないが、お前は与えられた残りの時間の中で、その分、誰かに尽くしてやればよかろう」

「う…うん…。そ、そ、そうする…。あ、あ、あり、ありがとう、とよ、と、豊橋くん。や、や、や、やっぱり、あな、あ、あなたに読んでもらって、よ、よ、よかった…」

「……ふん。それで、どうなんだ。クチナシは植え終わったのか」

「え、え、ええ…う、う、う、植え終わったわ…」

「本星崎さん、お疲れ様でした。…どうしましょう? みんなで、手でも合わせますか?」

「上小田井よ。お前が伊奈の立場だったら、手を合わせてほしいか?」

「ぼくは…えへ。よくわかんないです。手を合わせられたら、ちょっと恥ずかしいかも…」

「じゃ、じゃ、じゃ、じゃあ…さ、さ、さ、3人で、もく、黙祷でもする…?」

「それがよかろう」

「じゃあぼく、目をつぶりますね。伊奈さん…安らかにお眠り下さい…」

「い、い、いな、伊奈さんのクチナシが…ま、ま、ま、毎年、ほ、ほ、誇り高く香りますように…」


「さて、もうよかろう。ヒグラシが鳴き始めた。夏の日中に長居すべき場所ではない。虫に刺されるからな」

「豊橋さん、もう遅いです。ぼく…何箇所もさされちゃいました」

「ふふ…わ、わ、わた、私も…」

「じゃあ、行きましょっか」

「え、ええ…。……い、い、いな、伊奈さん…さようなら…」

「豊橋さん…そういえば、伊奈さんの事で、ひとつ気になる事があるんですが…」

「お前が気になる事ならば、それなりに重要なことだろう。話せ」

「ええ…ありがとうございます。ぼくが気にしているのは、左京山さんが以前に送ってきたメッセージと、伊奈さんが亡くなった日の整合性が、なんとなく、とれていない気がする事なんですよね…」

「ふむ…。そうだったな。左京山が以前、伊奈に送ってきたメッセージは、確か…『伊奈さんが生きていれば、みんな死なずにすんだのに』だったはずだ。日付は、同人イベントよりも後だった」

「いやな予感がしますね…。現実には、その日付よりも先に伊奈さんは亡くなってしまった…。この日程誤差に違和感があります…。メッセージの意味は、まだ生きているのかもしれませんよ」

「ふん。まあ、頭の片隅で留意しておこう」

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