6章:失われた夏への扉を求めて(第12話)
「…えっと…桜、これでいいよね? とりあえず、土もちゃんと被せたし…」
「うん、大丈夫だと思うよ。…まだ小さな沈丁花の苗だけれど、きっと春にはいい香りの花を咲かせるし、何年も経てば、立派になるんじゃないかな…」
「そっか…。じゃあ、僕たちにとっては、この沈丁花が神宮前の代わりだな…少なくとも、僕たちが死ぬまでは」
「そうだね~…。元気に大きくなってくれるといいなぁ」
「…ねえ、桜…。人の出会いと別れって、難しいよな…」
「どうしたの? 突然」
「いや…例えばさ。小学校とか中学校とかの友達って、それなりに長い間、一緒にいて、まあ、中には結構仲良くなったやつもいるけれど、卒業した後は、よほど意識的に会おうとしない限り、場合によっては一生会うことはないよな…って思ってさ。僕たち、中学は卒業してから、まだ1年とか2年とかだけれど…小学校時代の友人と会うことはないな…」
「あ~、そういう事か。そうだね。それ、あたしも時々思う事があるな。同窓会とかあれば、また違うのかもしれないけどね」
「でも、多分、本当に多くの友達とは、卒業式で今生の別れになるんだ。これって、僕たちと神宮前の関係と、何が違うんだろうな…」
「鳴海くんは、また難しく考えて、自分を苦しめているの?」
「はは…。そういう訳じゃないんだけどさ。なんとなく気になって…。だって、今この瞬間だって、小学校の頃の友達に対して、一生会えない事を悲しんだりはしていないだろ? でも…神宮前の事は、凄く悲しい…。この差ってなんだろう…って思ってさ」
「う~ん、どうでしょう。難しい問題だね…。あたしは…あたしは、それは期待しているかしていないか、の違いだと思うかな…」
「期待…? どういう事?」
「小学校や中学校のお友達とは、確かに一生会わないかもしれないけれど…でも、今、この瞬間でも、同じ時間にどこかで生きていて、もしかすると街中でバッタリ会ったり、それこそ同窓会とかでまた会えるかも、とか、大なり小なり、心の片隅で期待しているでしょ?」
「あ~、そういう事か。確かにね…。ひるがえって、神宮前は12万年は目を覚まさない事がわかっているから、僕は神宮前には期待をしていない…という事か」
「そうそう。だって、少なくとも、鳴海くんは、今、あたしが死んでいるとは思わないでしょ? 生きていると期待しているでしょ?」
「そりゃ、目の前にいるんだもん。期待しているというか…確定しているよ」
「でしょ? それに近い事かな、って思ったんだよね」
「そっか…。そういう事ね。うん、ありがとう。ちょっとだけ、心が軽くなった気がする」
「えへへ~。それはよかった」
「でもさ…神宮前は、僕たちに期待してくれているんだよな…。だって、手紙が欲しいって書いてあるもの」
「そっだね~。でも、さっき鳴海くんが言った通り、12万年後に手紙を渡す事なんて、無理なんじゃないかな…?」
「僕さ、ちょっと、思いついた事があるんだよね」
「思いついた事? なになに?」
「…過去じゃなくて、未来にメッセージを送れるか…ですって? 何の為に?」
「神宮前が僕に残してくれた遺書に…遠い未来に、神宮前が目を覚ました時に寂しくないように、僕からの手紙が欲しいって書いてあったんです。手紙なんて…確かに、100年くらいならなんとか残せると思うんですけれど、さすがに12万年は不可能かな、と思って」
「…なるほどね。それで私のスキルで、12万年後にメッセージを送って欲しい…ってわけね」
「そういう事です」
「…ふふ。神宮前、面白い遺書を残したのね。最後まで、鳴海、あなたを困らせるのね、あの子は」
「はは。そうなんです。ずっと困らせられてきましたけれど、確かに、最後まで…ですね。でも…神宮前の事で困るの、嫌いじゃなかったんですよね…」
「…それが友情なのか、恋心なのかは、探らないでおくわ」
「親心です」
「…ふふふ…そう。そういう事にしておいてあげるわ」
「それで、未来にメッセージは送れますか?」
「…正直、わかんない。私も、未来に向けて送った事がないから。でも…12万年も後に、そもそもスマートフォンやメッセンジャーアプリが存在しているかしらね」
「僕もそこは疑問ではあるんですけれど、もしかして左京山さんのスキルなら、そういう手段の壁を乗り越えて、伝える事ができるんじゃないかと思ったんです」
「…なに、その根拠のない自信みたいなものは。そうね…。やってみてもいいわよ。そもそも、私のスキルは、私自身でその存在を証明するのが難しいもの。過去に送っているつもりだけれど…豊橋が言う通り、パラレルワールドに送られているだけなんじゃないか、って気がするし…その癖、未来の私からは、確かに、誰かにメッセージが届いている。本当に厄介なスキルよ。せめて、誰かが私のスキルで幸せになってくれていれば、って思うけど」
「左京山さん…全てのメッセージが誰かの幸福につながっているとは限らないかもしれないけれど…。僕たちが遊園地で本星崎から逃げる時だって、神宮前が学校で狙われた時だって…左京山さんのメッセージがあったから対策ができたのは、事実なんですよ」
「…そうね。でも、神宮前は死んだ。いえ…正確には死んでいないけれど…でも、少なくとも、あたしたちの人生にとっては、死んだ…」
「左京山さん…もしかして、自分のスキルが原因で、誰かを不幸にしてしまっていると感じているんですか…?」
「…誰かを不幸に…? いえ、そんなことは…ないわよ」
「そうですか…。なら、いいんですけれど」
「…で? どうするの? 未来にメッセージを送る?」
「え…ええ、はい。お願いします」
「…OK。でもね、未来にメッセージを送る、って、考え方によっては無意味なのよね…。だって、予約送信機能と同じだもの。わざわざスキルである必要はない。だから、未来に向けて送る、なんて、今まで一度もやってみたことがなかった」
「左京山さん、それは違いますよ。予約送信機能を使うためには、メッセンジャーアプリ会社がサーバーを存続させている必要があるし、アプリ自体が存続している必要があります。電波塔とかの通信設備だって必要ですよ。左京山さんのスキルは、そういう物理的な枠組みを超えて、メッセージを送信できていると思うんです。だから、きっと、12万年後の神宮前にだって…」
「…ふふ。わかったわ。やってみてあげる。で? 鳴海くん、なんて送ればいいのかしら?」
「ありがとうございます。じゃあ……考えてきた文面があるので…」
「…ふんふん…へえ…。なるほどね…これで、いいのね?」
「ええ、お願いします」
「…それじゃあ…ポチっと…。うん、メッセージが消えた。多分、成功していると思う。12万年後の神宮前に、どういう形で届くのか、そもそも届くのか、保証は一切できないし、確認する事もできないけれどね」
「神宮前…。12万年後の未来が、神宮前にとって、幸せな世界でありますように…」