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間隙のヒポクライシス  作者: ぼを
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6章:失われた夏への扉を求めて(第11話)

「別に、僕だけでもよかったのに…」

「ここまで来て、まだそれを言いますかね~」

「桜が曖昧な態度をとってばかりだから、僕はそのうちノイローゼになりそうだよ」

「えへへ、ごめんなさい。ノイローゼになっちゃったら、あたしが面倒を見てあげるからさ」

「そういう問題じゃないだろ?」

「だって、鳴海くん1人でちゃんと植えられるか心配だったんだもん。それに…」

「それに?」

「う~んとね…それに…もう少し、鳴海くんと一緒の時間を増やしてもいいかなあ…って」

「へえ。そうなんだ。それは、ありがとう。まあ、一緒に来てくれて。僕は、素直に嬉しいよ」

「ほんと? じゃ~、手をつないで歩く?」

「今日は僕、コスプレをしていない」

「いいの。今日は、コスプレをしていない鳴海くんと手をつなぎたい気分なんだから」

「でも…沈丁花の苗を抱えているから無理だよ」

「むう…。いいもん。植え終わってから、つなぐもん」

「はいはい。じゃあ、帰り道、駅までの間だけね」


「ええっと…どこだっけ、神宮前の友達の墓は…」

「あ、鳴海くん、あれ。あれだよ、確か」

「ああ…そうだっけか。よし、じゃあ、墓石の隣の…少し空いているスペースに植えさせてもらうかな…」

「はい、鳴海くん、スコップ」

「ありがとう。じゃあ、地面を掘るか…。ええっと、植木鉢のまま、地面に植えればいいのかな?」

「ちょっと、ウソでしょ鳴海くん。ダメだよ、ちゃんと植木鉢から出してあげないと」

「そ、そうだよね。ゴメンゴメン」

「やっぱり、あたしが一緒に来てよかったでしょ」

「はいはい、そうですね…と。よし、こうやってひっくり返して…なかなか鉢から出て来ないな…」

「植木鉢の周りにスコップを挿して、隙間を作ってからひっくり返すといいんじゃない?」

「周りを…? …あ、本当だ。抜けた。珍しく桜が冴えている…」

「あのね、あたしだって一応、あの進学校の生徒なんですからね…って、前にも言ったっけ…」

「あれ? 植木鉢の底から、何か出てきた…。なんだこれ? ビニール袋に包まれた…封筒? これは説明書かな?」

「鳴海くん…さすがに、説明書が植木鉢の底に入れてある事はないと思うよ…。それ…手紙なんじゃない?」

「…手紙? 手紙って…何の?」

「その封筒、シンプルだけれど、女の子が使いそうな封筒だよ。ほら、ビニールから出してみたら…?」

「う…うん」

「…ほら、やっぱり…。封筒に書いてある…」

「…『鳴海先輩へ』…か…。なんで…。なんで、こんなところに、僕宛の手紙が入れてあるんだ…」

「…ねえ、開けてみたら?」

「うん…。わかった…。ちょっと勇気が要るな…」

「かわいい便箋…。ねえ、声に出して読んでみてくれる?」

「…ああ、わかった。


『鳴海先輩へ

 この手紙を読んでるってことは、もうボクはこの世にいない…じゃなくって、沈丁花の苗を植えてるって事ですよね。ですよね? あはは、どうスか、この書き出し。一度、書いてみたかったんスよね。でも…苗を植えているって事は、鳴海先輩が、もう、ボクが生き返るまでに、二度と会うことができない、って判断したってことですよね…。そっか…。それは寂しいな…。

 ひと夏にも満たない短い間でしたけれど、ボク、鳴海先輩と一緒で、凄く楽しかったです。本当は…。本当はね、鳴海先輩の事を好きになる予定はなかったんです。だって、桜チャンと鳴海先輩をくっつける作戦だったんスから…。でも、失敗しちゃいました。へへへ。桜チャンと3人で大阪と広島に行った時…ちょっと強引だったかな…って、後悔したけれど…。でも、あの日から、何度も、何度も…鳴海先輩とキスした事を思い出しちゃって…思い出す度にため息をついてたんですよ? あはは。ボクらしくないでしょ? あ、笑わないで下さいね。これでもボク、女の子なんスから。

 ボク、今度は何年くらい眠るんでしょうね? 100年くらいかな? 鳴海先輩が判断したって事は、そのくらいスよね。じゃあ、やっぱり、もう会えないスね。残念。残念だな~…。無神経な鳴海先輩でも、植木鉢から苗をださずに、そのまま鉢ごと地面に植えたりはしないですよね? この手紙、見つけてもらえなかったとしたら、ボク…寂しいな。だから、沈丁花を植える時は、桜チャンと一緒に行って下さい。桜チャンなら、きっと気づくから。って、ここに書いても仕方がないか…。ねえ、もし本当に100年とか眠るとして、ボクが目を覚ますまでに鳴海先輩が死んじゃうのだとしたら、ボクあてに手紙を残しておいてくれないスか? だって、起きたときに、何も目的がないと嫌だもん。ボクは太平洋のど真ん中で浮かんでいるかもしれないスけどね。へへへ。

 もしかすると、鳴海先輩と桜チャンの子孫が、100年後の世界にはいるかもしれないスよね。もし、それが女の子だったら、桜チャンみたいな、お友達の関係になるんだ。それで、もし男の子だったら、鳴海先輩と一緒にいられなかった分、一緒にいようと思います。って言ったら、鳴海先輩は嫌がるかな? あはは…。

 長くなってしまうので、もう書くのをやめようと思うのに…鳴海先輩やみんなの事を思うと、筆を止める事ができません。どうすればいいんでしょう。長い長い独り言の手紙は、この後、長い長いボクの孤独に続いているんです、きっと。ねえ、鳴海先輩。寂しがり屋のウサギさんのために、せめて鳴海先輩が生きている間は、10年に1回とかでいいので、ボクの事を思い出してくれたら、嬉しいな。なんて。あはは…。


 追伸。ボクの体は、約束通り、海に流して下さいね』


だってさ…。はは…字がキレイなのが、神宮前らしいや…。ところどころ…ペンのインクが滲んでいるのは…水やりした水や、植木の水分が浸透したからなのかなぁ…」

「鳴海くん…。それ、きっと、水やりの水じゃないと思うな…」

「100年…か。ははは…。はは…。神宮前、100年なんてもんじゃなかったよ…。12万年だよ…。12万年…。僕が手紙を残したって、12万年も残っている保証はどこにもないよ。だって、古代エジプトのヒエログリフだって、精々5,000年とかくらいなんだぜ…。12万年後の神宮前に、思いを伝える方法なんて…ない…。ない…よ。うぅ…。やっぱり、寂しいな…。神宮前に会えないの、寂しいよ…」

「鳴海くん…。あたし…鳴海くんにかけてあげられる言葉がない…。だから、抱きしめてあげるね…。ほら、こっちに来て…。ぎゅぅぅうううううう」

「う…うぅ…。うぁあぁあああああ…。神宮前ぇぇえええ…」

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