6章:失われた夏への扉を求めて(第10話)
「本星崎さん、落ち着いた?」
「え…ええ…。あ、あり、あり、ありがとう…堀田さん…。だ、だ、だい、大丈夫だと思います…。わ、わ、私よりも、よび、よび、呼続ちゃんは…」
「呼続ちゃんはまだ泣いているけれど、上小田井くんが慰めてくれているわ。彼は本当にしっかりしているわよね…」
「わ、わ、私、よ、呼続ちゃんと、す、す、少しお話してきます…」
「よ、よ、呼続ちゃん…。ちょ、ちょ、調子はどうかしら…?」
「も、本星崎お姉ちゃん…。くすん、くすん…。うわぁああん! ごめんなさぁい…! 私、本星崎お姉ちゃんの、お姉さんの体をとっちゃったぁ…!」
「よ、呼続ちゃん…。な、なんて事を言うの…。わ、私、そ、そんなこと、ち、ち、ちっとも気にしていない…」
「わたし、わたし、みんなに悪いことをしたのに…わたしが生き残るために、本星崎お姉ちゃんのお姉さんを殺しちゃったぁあ…」
「ち、ちが、ちがう…。それはちがうよ…よ、よ、呼続ちゃん。み、み、みんな、よび、よ、呼続ちゃんが生きていてくれた事を、よ、よ、よろ、喜んでいるもの…」
「で、でも…本星崎お姉ちゃんは、お姉さんが生きていた方が、よかったでしょ…?」
「そ、そ、それはね…さ、さ、最初はちょっと、思ったけれど…。で、で、でも、わた、私のお姉ちゃんは、ず、ず、ずっと前に死んだはずだったの…。い、い、いけ、いけないわよね…わたし…こ、こ、心のどこかで、おね、おね、お姉ちゃんが生きていたら…って、き、き、き、期待していた。で、でもね…よ、よび、呼続ちゃん…」
「…うん」
「よ、よ、よび、呼続ちゃんがいなくなったら、わ、わ、私、た、大切なお友達を失ってしまうことになる…。ふふ…た、た、ただでさえ、と、とも、とも、友達が少ないのにね…」
「も、本星崎お姉ちゃん…。わ、わたし、姿が変わっちゃったけど…今まで通り、お友達でいてくれるの…?」
「え、え、ええ…。もち、もち、もちろんよ…。わ、わた、私の方こそ、お、お、お友達でいてほしいと、おね、おね、お願いしたいくらいだもの。ふふ…。な、な、慣れるまでは、ちょ、ちょっとかかりそうね。が、が、外見が私のお姉ちゃんで、な、なか、中身は、よ、よ、呼続ちゃんか…。あ、あら、改めて、よ、よ、よろしくね…呼続ちゃん」
「うん…! ありがとう、本星崎お姉ちゃん」
「ま、ま、また、クリ、ク、クリームココアを一緒に飲みましょう」
「うん…うれしい。うれしいな…。くすん、くすん」
「…ありがとう、本星崎さん。呼続ちゃん…落ち着いたみたいね」
「ほ、ほり、堀田さん…。わ、わた、私と呼続ちゃんは、ふ、ふ、ふた、ふたりとも、い、いち、一度は、み、みん、皆の敵だったから…」
「そうだったわね…。でも、こうして仲間になれて、本当によかったわ。まあ、短い間だけかもしれないけどね。うふふ」
「わ、わ、私…先に、帰りますね。い、い、いな、伊奈さんの遺品整理もしなきゃいけないから…」
「あ…そうだったわね。うん。わかった。気をつけて帰ってね。防衛省の要人がこっちにいるから、もう命を狙われる事はないかもしれないけれど」
「あ、あ、ありがとうございます。ね、ね、ねえ、な、なる、鳴海くん、い、いな、伊奈さんの遺体って…よ、よ、呼続ちゃんの体と一緒に、じょ、じょ、蒸発してしまった…?」
「そうか…そうだった。伊奈の遺体も、上小田井くんが確率論的存在にしたままだったんだな。大丈夫、蒸発していない筈だよ」
「そ、そう…。よ、よ、よかった…。い、いな、伊奈さんのクチナシの苗…。い、い、いた、遺体と、い、い、一緒に植えてあげる約束だったから」
「上小田井くんに、その時には遺体を観測してもらうように伝えておくよ。土葬になるのは…仕方ないな。僕たちは本来、爆発して、土葬も火葬もできずに死ぬ運命だから…」
「あ、本星崎さん! やっぱり、みんなここに集まっていたんですね」
「さ、さ、さく、桜さん…ど、ど、どこに行っていたの? なる、なる、鳴海くんたちが、と、と、とっても心配していたのに…」
「どこって…それは、本星崎さんが一番よく知っているんじゃないですか?」
「わ、わ、わた、私が…。そ……そ、そうね…」
「本星崎さん…。悲しそうな顔をしてる…。大丈夫ですか? 何かあったんですか?」
「ふふ…そ、それ、それ、それは、さ、さく、桜さんが一番よく知っているんじゃないの…?」
「あたしがですか? …えへへ。そうかも」
「ふ…ふふふ」
「えへへ…あはは…」
「…み、み、みんな、いつもの部屋にいるわよ…。か、かお、顔を出してあげてね。よ、喜ぶと思うから」
「はい、ありがとうございます」
「……さ、さ、桜さんは、いいの?」
「ん? いいって、何のことですか?」
「な、なる、鳴海くんのこと…」
「鳴海くんのこと…ですか?」
「す、す、好きなんじゃないの? す、す、すく、少なくとも、鳴海くんは、さ、さ、桜さんの事が…」
「ああ…その事ですか。そうですね…。でも、仕方ないんです…。だって、あたし、こんな体だもん」
「ど、どの、どのみち、みんな、長生きはできない。あ、あな、あなたの事は同情するけれど、の、の、残りの少ない時間でも、な、なる、鳴海くんと、ふ、普通の高校生らしい恋愛は、でき、で、できるんじゃないかしら」
「それは…それは憧れます。でも、やっぱり、できないと思います。だって、あたし、鳴海くんには、ちゃんと生き残って欲しいんですもの。だから…あまり、期待させたくないんです」
「そ、そう…。で、でも、ど、どうなの? あな、あ、あなたの本心は…。わ、わた、私には、教えてくれても、だ、だ、大丈夫だと思う」
「そうですね…。えへへ。ありがとうございます。本星崎さんは、あたしの秘密を知っている、おそらく唯一の人ですもんね」
「そ、そ、それで? ど、どうなの? な、なる、鳴海くんの事は…」
「そりゃあ…もちろん…。好きですよ…。うん…。大好きですよ…。だから…苦しいんです…。本当は、国府ちゃんとデートした時も、神宮ちゃんとデートした時も、苦しかった…。でも、あたし、自分の体…というか、このスキルの事に気づいてから、あたしのために鳴海くんを困らせちゃいけない、って思ったんです。だから、神宮ちゃんとくっついてくれれば、鳴海くんは幸せになれると思ってた…。それなのに、まさか、神宮ちゃんがあんな事になるなんて…」
「こ、こん、今回、多くの仲間を失って、み、み、みん、みんな、不安定な状態になっている…。わ、わた、私だって…い、いな、伊奈さんと、お、おね、お姉ちゃんを失ってしまった…。さ、さく、桜さんも、み、みんなも、もっとワガママになっていいと思う…」
「…これから、あたしたち、どうなるんでしょうね?」
「さ、さ、さあ…。そ、そう、そ、創薬が間に合わない事は、まち、まち、間違いないと思う。わ、わた、私たちはスキルによって定められた寿命で、し、し、死ぬ。そ、それ、それまでに、やる、やるべきことを、やるだけ…」
「やるべき事かあ…。じゃあ、まずは、みんなで海水浴に行かなくちゃ、ですね!」
「……ふふ…。さ、さ、さく、桜さんのそういうところ、わ、わた、私、好きよ…」
「えへへ~。本星崎さんとあたしは、スクール水着仲間でしたもんね。だから、今度こそ一緒に、水着を買いに行きましょうよ!」
「い、い、一緒に…って…。ふふ。そ、そ、そんなことできる訳ないのに」
「あら? どうしてですか?」
「さ、さく、桜さんの体は、だ、だ、大丈夫なの?」
「あ~そういう事ですね。大丈夫です! あたし、鳴海くんと2人でパンケーキ食べにいった事だってあるんですよ?」
「そ、それ、それは、なる、鳴海くんが可哀想というか…」
「だって、あたし、鳴海くんともしお付き合いしたら、一緒にデートしたりするんですよ? そう思えば、別に大丈夫ですよ」
「…そ、そ、そうだったわね。み、み、水着かあ…。わ、わ、私が…ふふ…わた、わた、私が水着ね…」
「本星崎さんに似合う水着、あたしが一緒に選びますから!」
「じゃ、じゃあ…さ、さ、さ、左京山さんも一緒なら…」
「いいですね~。じゃあ、左京山さんも誘って、水着を見に行きましょう!」
「ふ、ふふ…。わ、わ、わかったわ…。そ、そ、そこまで桜さんが言うなら…。……うん…? あ、あれ…? メ、メ、メッセージ…」
「誰からですか?」
「う、う、噂をすれば、さきょ、さ、左京山さんから………」
「…もしかして、未来からのメッセージ…ですか?」
「……ええ…。そうみたい。な、な、なんで私に送ってきたんだろう…」
「え? それはだって、左京山さんにとって、本星崎さんが一番信頼できるお友達だからじゃないですか?」
「し…し、しん、信頼…。そ、そ、そう、そうなのかな…」
「え~、それはそうですよ。…それで、どのくらい未来から送られてきているんですか?」
「そ、そう、送信日時は…た、たったの2週間後…」
「なんて書いてあるんですか?」
「え、ええ、ええっとね…『見えない敵から狙われている。上小田井が危ない。防衛省も対処できていない。できるだけ早くから対策して』」
「見えない敵…って…。もう、敵なんていない筈なのに…」
「い、いな、伊奈さんの死と、か、か、かん、関係があるのかな…。さ、さきょ、左京山さん、ま、前に、いな、伊奈さんが死ななければみんな生き残れた、って…メ、メ、メッセージを、お、お、送ってきていた気がする…」
「上小田井くんが危ないっていうのは、どういう事なんでしょうね?」
「わ、わ、わからない…。で、で、でも、でも、た、た、多分、そ、創薬の計算と、か、関係があるんだと思う。だ、だ、だれ、誰かが、創薬を邪魔しようとしてい…る…?」