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間隙のヒポクライシス  作者: ぼを
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6章:失われた夏への扉を求めて(第8話)

「さて…。とりあえず、話としては一段落したんじゃないかな。みんな、それぞれ思うところは色々とあると思うけれど…。現時点では、利害が一致するという観点において、僕たちと防衛省は協力し合う必要がある」

「アタシたちの命を脅かす要素がひとつ減っただけでも、ありがたい事よね。…もっとも、寿命の方もは、まだ大きな問題のまま残っているのだけれど…」

「…この状況にたどり着くために、本当に私たちの仲間が死ななければならなかったのかは、納得していないわ。もし創薬が間に合って、私たちだけがスキル消滅できたとしたら、それも納得できないかもしれない。でも…今は、鳴海や豊橋の判断に委ねる」

「ありがとう、左京山さん。それじゃあ…上小田井くん、次は誰を出現させようか…」

「あ、そうでした…。目隠しの女の子と、魔法使いのお姉さんを、確率論の世界に閉じ込めたままでしたね…」

「おい、1111番。この場所で2089番を出現させるのはオススメしない。崩壊フェイズ真っ只中だったからな。出すなら2216番だけにしておけ」

「か、か、かみ、上小田井くん。あ、あ、あなたのスキルで消した人は、き、きえ、きえ、消えている間、じ、じ、じか、時間は経過していないの?」

「それは…どうなんでしょう。えへ、ぼくにもわかりません。でも、多分、意識はないと思いますけれど、時間はぼくたちと同じように経過しているんじゃないかな…」

「上小田井よ。だとしたら、ザンギエフの意見に俺も賛同せねばなるまい。目隠しのガキは閉じ込めたままにしておけ」

「わ…わかりました。そ、それじゃあ、魔法使いのお姉さんを出しますね…。あ、本星崎さんのお姉さんなんでしたっけ」

「え…ええ、か、か、かみ、上小田井くん…。わ、わた、私の崩壊フェイズをパスするために、し、し、しん、死んだと思っていた…」

「へっ。意図的に隠していた訳じゃねえから、恨むんじゃないぞ。2173番よ、お前のような、崩壊フェイズをパスさせてもらえる立場のスキル者は、お前の為に死んでいく、基準を満たさなかった多くのスキル者の命などゴミクズ同然に考えているかもしれんがな。俺たちは、俺たちの基準で、そのゴミクズの中からゴミを拾う事もあるってことだ」

「…よ、よ、よく、よくも、そんな事が言えたものね…。あ、あ、あ、あなたが、ひ、ひつ、必要な人間でなければ、こ、こ、こ、この場で殺してる…」

「興味深いぞ、2173番。お前のスキルで、俺をどう殺そうというのだ」

「くっ…」

「えっと…とりあえず、本星崎さんのお姉さんを出現させますね。だから、ケンカは控えてくださいね…」

「待て、上小田井よ。魔法使いの女を出す前に、本星崎にいくつか質問をする必要がある」

「……な、な、な、何よ…とよ、と、と、豊橋くん…。じゃ、じゃま、じゃ、邪魔しないでくれる…?」

「お前にとって、重要な事だ。さっきザンギエフが言った同一性の問題に関する問いを、お前にそのままぶつける。それに回答しろ」

「…ど、ど、ど、同一性の問題…。い、い、い、い、一体、何のこと…?」

「ふん。常滑の話だ。本星崎よ、お前は常滑とはあまり面識はなかったかもしれんが…」

「な、な、なかったどころか…と、とよ、豊橋くん、あ、あ、あなたに騙されて、さ、さ、さく、桜さんのアンケートに答えさせられた…」

「…そうだったな。では、話を続けて問題あるまい」

「…ど、ど、どうぞ…」

「お前にとって、常滑を常滑たらしめている要素とは一体何だ。これが質問だ」

「な、な、なにそれ…? いみ、いみ、意味がわからないわ…」

「わからんか。では噛み砕いて説明してやる。常滑は、お前の心の中を遠隔で読んだ影響で、スキルの消失とともに、ほぼ全ての記憶を失った。名古屋弁さえ話せなくなるほどのな。これによって常滑は、話し方はもとより、性格も人間関係も自己認識も全てが変わってしまった。だが、外見は常滑のままだ。名古屋弁の快活で生意気な小娘はどこかに行ってしまったが、同じ外見のまま、全く新しい少女が誕生したと言ってよかろう」

「…そ、それ、そ、それがなにか?」

「この状態の常滑は、果たして常滑なのか。それとも、全く別の、違う人間なのか。つまり、お前は常滑を常滑と同定するにあたり、外見をその根拠にするのか。あるいは、内面や性格、記憶をその根拠にするのか」

「わ、わ、わ、私は…。そ、そ、その状態でも、とこ、とこ、常滑ちゃんは、常滑ちゃんだと思う…。だ、だ、だって、き、きお、記憶は元通りになるかもしれないでしょ? と、と、と、常滑ちゃんの体には、過去の記憶が残っているかもしれないもの…。こ、こん、こんな事を私にきいて、な、な、な、なんになるの!?」

「条件を追加する。常滑の記憶は戻らない。この場合ならどうだ」

「な…な、な、なんなの…一体。そ、そうね…。そ、それ、それでも私は、と、とこ、常滑ちゃんは、と、常滑ちゃんだと思う」

「…よかろう。上小田井はどうだ。お前は、この問に対し、どう答える」

「ぼく…ですか? ぼくも答える必要があるんでしょうか」

「ある。なぜなら、これからお前たちが目の当たりにする現実への対処方法は、この回答次第で大きく左右されるからだ」

「そうですか…。わかりました。……そうですね…。ぼくは、記憶を無くした後の常滑さんと一緒にいて…はじめのうちは、いずれ元の常滑さんに戻るんじゃないかと思ったんですが…それは多分、無理なんじゃないか、って考えるようになりました。だから、ぼくにとって、今の常滑さんは、前の常滑さんとは別の友達…なのかもしれないです。ええっと…難しいな。なんか、常滑さんに対して、凄く冷たい回答をしちゃったかもしれないな…」

「…いいだろう。とある人物の、物理的、あるいは精神的連続性が途切れた場合、その前後における同一性の同定に際し、本星崎は外見を根拠とし、上小田井は内面を根拠とする。であれば問題あるまい。上小田井よ。遠慮なく、魔法使いの女を出現させるがいい」

「へっ。神父は心身二元論者でおわしましたか。ならば魂の救済も容易でしょうな。哀れなスキル者たちの御霊が天国へと召されますように、アーメン。ってか」

「豊橋さん…ぼく、まだ豊橋さんのおっしゃる事の意味が、よくわかっていません…。呼び出してしまって、いいんでしょうか…?」

「構わん。やれ」

「…わかりました。では、『観測』しますね」

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