表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

とある集落の話

作者: ヤミヒツジ

 とある神様が作った世界で、ある所に国から国へと旅をする旅人がいました。


 ボロボロをマントを羽織った彼は一人で世界中を歩いて旅をして、時には命を狙われ、またある時は優しさに助けられて長い長い旅を続けていました。


 そんな旅の途中、彼はとある部族が暮らす深い森の中の集落に立ち寄りました。


 その部族の人達は変わった風習を持っていました。


 彼らは生まれたときにとある魔法をかけられます。


 それは、「生まれたときに父親によって決められた目的が達成された時に死ぬ」というものでした。


 多くの人には理解されないものですが、老いたり怪我や病気で苦しんで死ぬくらいならば彼らにとって一番の幸福である「生まれながらに決められた目標」が達成された瞬間に死ぬ方が良い、という考えだそうです。


 旅人はその考え方に納得できませんでした。


 部族の人達は「生まれながらに決められた目標」を達成するために生きています。


 旅人は「まるで自分から死のうとしているようじゃないか」と思いました。


 昼食を食べ終えた旅人は取り敢えず集落を見て回ることにします。


 その部族は農作物を育て、森で獣を狩って暮らすという生活をしており、質素ながらもとても幸せそうな生活をしていました。


 部族の人達に風習についての話を聞くと、口々に「早く達成したい」や、「もう少しで達成できそうだ」などと口を挟みながらながら、とても楽しそうに「森の大木を300本切る」や、「狩りで獲物を3000匹取る」などの自分の目標を話してくれます。


 旅人は、「死ぬのが怖くないのか」と質問しました。


 部族の人達は、「それよりも目標が達成できない事の方が怖い」と言います。


 旅人が「もしも達成できなかったらどうなるのか」と聞きました。


 部族の人達は震えながら、「老いて死ぬか、怪我で死ぬか。それとも苦しむ病気で死ぬか。考えただけでも恐ろしい」と答えました。


 旅人がなんとも納得がいかない様子で悩んでいると、他の村人とは雰囲気の違う一人の少女が話かけてきました。


 話をしていた部族の人達は彼女を見ると露骨に嫌そうな顔をして去っていきました。


 旅人はどうしたのかと思いましたが、そんな人達を気にする事なく少女は自分の名前を言いました。彼女は自分は生まれたときに、「世界一美味しい物を食べる」という目標を貰ったと言います。


 そのため、「世界を旅する旅人さんなら世界一美味しい物を知っているかもしれないのでぜひ話を聞かせて欲しい」との事でした。


 旅人は、なんでそんな曖昧な目標なんだよ、と思いましたが、すこし考えて「まだ世界中を旅し終わってないから世界一美味しい食べ物が何かはまだわからない」と答えました。 


 少女は、「なら旅の仕方を教えて欲しい」と言いました。


 少女はこれから目標の達成のために世界中を旅する旅人になりたいと言います。


 旅人は少女が目標を達成する手伝いをしても良いのだろうかと悩みましたが、結局丁寧に自らの経験も交えて色々と教えてあげました。


 旅のコツを教えて貰った少女は嬉しそうに感謝の言葉を言うと、さっそく準備のために去っていきました。


 その後旅人は2、3日集落で滞在した後にまた旅に出る事にしました。


 旅人が集落のある森から抜けると、大きなリュックサックを背負った少女が待っていました。


 旅について聞いてきた少女です。


 少女も今日、村を出て「世界一美味しい物」を探しに行くのだと言います。


 少女は旅人に色々教えてくれたお礼にと、スプーンをくれました。


 なぜスプーン?と、旅人は疑問に思いましたが少女は父親が集落に立ち寄った旅する料理人で、集落を気に入り住み着いた人だったと言います。


 旅人は納得しました。スプーンの事ではなく、少女が部族の人達と雰囲気が違う理由です。


 そして旅人は同時に疑問に思いました。


 少女の父親はこの部族のおかしな風習をなんとも思わなかったのか?と。


 外から来たのに自分の娘が死んでしまう魔法をかけられる事を了承するなんて考えられませんでした。


「なんて奴だ」、と旅人が思わず口にすると少女は「集落の人達にとってはそうかもね」と悲しそうに笑いました。


 少女が言うにはその父と結婚した母は集落で一番偉い(おさ)の一人娘だったそうです。


 長は娘が外から来た父と恋愛関係にある事など知らずに孫となる少女が生まれることなど考えもしていませんでした。


 長は怒りました。「この集落の次なる長を産む役目を持つお前が外から来たどこの誰とも知らない男の子供を産むなんて!」と。


 母は長から毎日叱られ、集落の人達にも避けられるようになってしまったせいか、日に日に気を病んでしまいました。


 父はというと、集落の人達からひどい嫌がらせを受けるようになり、ついには別の人と結婚して再び子供をもうけたといいいます。


 旅人は少女の母親が可哀想だと思いました。そして更に少女の父親が嫌いになりました。


 そんな旅人の心中を悟ってか、少女は話を続けます。


 実は別れを切り出したのは母の方だったと言います。 自分が原因で父がひどい嫌がらせを受けている事にひどく心を痛めていたからです。父は別れたくないと謝り、怒鳴り、最後は大泣きしました。「悪い所があるなら直すから、どうか一緒にいさせてくれ。君と一緒なら奴らの嫌がらせなんてなんともない」と。


 母がどれだけ無視しようと、ついには集落の人達から暴力を振るわれるようになろうと長に何度も追い返されようとも父は毎日毎日、母に会い来ました。


 父はどんどん傷だらけになりました。母はそんな父を見て、悲しそうに少女に言います。「あの人は馬鹿だねぇ。私なんて忘れてくれれば良いのに。そうすればあんなに傷だらけにならないのに」と。


 ある日、どんどん過激になっていく集落の人達からの暴力はついに一線を超えてしまいました。


 母のいる長の家に出掛けた父は、長の家の前に着くと突然背後から襲われて複数人に木の棒で滅多打ちにされてしまいました。


それを見た母は血相を変えて家から飛び出しました。そして、滅多打ちにされる父に覆い被さるように庇います。そこに丁度振り下ろされた木の棒は、母の頭に直撃していまいました。


 母は死にました。


 父は怒り狂って大泣きしながらその棒を振り下ろした男を絞め殺してしまいました。


 その結果、皮肉な事に長の娘を殺した男を討ち取った者として集落の人達からの嫌がらせや暴力はなくなりました。


 そうして父は再び結婚して子供を授かりこの集落で暮らしているのです。


 少女は「これで昔話はおしまい」、と言いました。


 旅人は何も言えませんでした。


 少女は無言で旅人を見つめます。


 しばらくして、旅人は「聞かせてくれてありがとう」と言いました。


 少女が言いました。「この話を、この集落の事を誰かに知っておいて欲しかったから」と。


 少女は旅人に背を向けて走り出しました。


 まるで何かから逃げるように、一刻も早くこの集落から立ち去りたいかのように。


 旅人がその背中を見つめているとパチパチと何かが弾けるような音と共に何かが焦げるような臭いがしてきました。


 集落の方を振り返るとゆらゆらと揺れる、真っ赤な炎が見えました。奥から人が走ってきます。


 その人は旅人に気が付くと「助けてくれ!」と叫びました。


 旅人が「どうしたんです?」と聞くと、集落の人は「あの男の息子が……あの男の息子が集落の人間達を次々と殺しているんだ!」と怯えた様子で叫びます。


 すると、奥からまたもう一人出てきました。集落の人はその少年を見て震え上がりました。


 「僕の目的のためだ」と、血まみれのナイフを手にした少年は言いました。


 少年は一切ためらう事なくそのナイフを怯える集落の人に突き刺して殺してしまいました。


 そして集落の人が完全に動かなくなったのを確認すると少年は旅人に、「姉さんを見なかったかい?」と聞いてきました。


 旅人は理解しました。


 「お父さんはどうした?」と、旅人が逆に質問すると少年は不思議そうに「殺したよ?だって集落の人間だもの」と答えます。


 少年は続けます。「だからあと殺してないのは姉さんだけなんだ。それ以外の集落の人間はみんな殺したよ」と。


 旅人はそれを聞いて悲しそうに言いました。



「……彼女は僕が殺してしまったよ」



 旅人は言いました。


「そんなはずはない!」


 それを聞いた少年は狂ったように叫びます。


「だってそれなら目的が達成されて僕は幸せに死んでるはずなんだ!」


 少年は旅人にナイフを突きつけます。


「僕はこの日のためだけに生きてきたんだ!そのために毎日毎日人を殺すための訓練をした!」


「だからこんなに上手くいった!後は姉さんを殺せば終わりなんだ!僕の目的は達成されるんだ!」


 少年はまた叫びました。


 旅人は言いました。



「終わらないよ。目的も達成できない」



「君の目的は集落の人間を全員殺すことだろ?」



「それなら無理だ。君は目的を達成して死ぬことはできない」


 少年は狂ったように叫びます。


「そんなわけない!後は姉さんだけなんだ!お前が庇ってる姉さんさえ殺せば終わるんだ!」


 そしてナイフを振り上げます。


「この嘘つきが!僕を騙そうったってそうはいかないぞ!はやく姉さんの居場所を言え!早く殺さないといけないんだから!」


 旅人はそれを軽くかわすと悲しそうに言いました。



「殺しても終わらないよ。君の目的は達成されない」



「確かに彼女は集落の人達の生き残りだ」



「けれどそれは彼女だけじゃない」



 少年はナイフを落としてしまいました。





()()()()





「君も集落の人間なんだ。君も死ななきゃ目的は達成されない」



「最初から達成できない目的だった」



 少年はナイフを拾おうともしません。






「……僕はやっぱり君と君のお姉さんの父親が嫌いだよ」






 それだけ言うと旅人は集落のあった場所に背を向けて振り返ることなく歩き始めました。


 少年の声は聞こえません。聞こえるのはパチパチと何かが燃えて弾ける音。


 旅人は振り返りませんでした。




 やがて道が見えてきました。


 そのずっとずっと先には小さな影が見えます。


 あの集落の唯一の生き残り。


 彼女の目的は曖昧で、いつ達成されるかわかりません。


 彼女の目的は達成されるのでしょうか。





 旅人は今日も旅を続けます。

読んでいただいてありがとうございました

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ