四月 ①
四月十二日 春休みも終わり桜の木に若葉がいっぱいになるころ
扇駅前交番に勤務する小峰由香子は、駅前のコンビニで買ってきた たぬきうどんをすすりながら、刑事になるための勉強をしていた。
「先輩、昼休み中なのに熱心ですね」と出前の かつ丼を食べながら声をかけてきたのは、昨年の秋から配属された、高乃慶介である。
「あぁ、今年こそは、推薦をもらいたいからね。アピールも含めているのさ」小峰は、男言葉になるのが癖のようだった。
「高乃くんは、刑事になろうと思わないの?」
「まったく、思わないっすね。警察官だって、あと何年務めるのかわからないし、金ないし、彼女と なかなか会えないし、早く寮から出たいですよ」
食べ終えた、うどんのパックを休憩室脇の流し台に持って行き水ですすぎながら、小峰が高乃に背を向けて言う
「とりあえず、働けるって素敵じゃないか、階級試験に合格すれば給金も上がるし、今の内に仕事のやりがいを見つけないと、ただの公僕になるぞ」
「やりがいかぁ…ただの公僕でも構いませんが…先輩は、なぜ刑事を目指しているのですか? 」と高乃が お茶の入ったマイボトルを口に寄せながら聞いてくる。
「それ、聞くかぁ?」
「ダメですか?」
「ダメと言うか、これって無かったんだよ。刑事になろうってさ。ただ、警察官になったら刑事かなぁって感覚だったけど、去年の事件で本気で刑事になろうと思ったんだ…重要参考人 田中芳子」
怒りを押さえるような口調の小峰である。
「あの、事件ですよね。自分が配属される少し前の…先輩には聞きづらいですが」
「あはは、今さらかよ」
「だって、『蛹事件は、聞いてはいけないような気がして」
「大丈夫だよ。実際には、『扇ハイツ死体遺棄事件』だけどね。『蛹事件』とはマスコミがつけた嫌な名前さ」
通称 『蛹事件』とは、昨年九月に八戸玄作所有する扇ハイツ二〇一号室で起こった死体遺棄事件である。 そこの二〇一号室にはシングルマザーの田中芳子 当時26才と 娘 田中凛 当時9才が住んでいた。




