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『蛹』~さなぎ~  作者: 木尾方
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三月 ⑤

「黒瀬くん、手伝ってくれるかい?、夏々ちゃんは、鍵開けて、窓を開けてきてくれるかい」と駐車場にいる中村から指示がでた。


二人は「はーい」と返事をして引っ越し作業が始まった。


一人暮らしを始める部屋だからか、大物は冷蔵庫、洗濯機とベットのマットぐらいで、量もそれほどない。

十一時過ぎから始めた作業も十二時ごろには、ほぼ部屋に入っていた。


「限もいいし、お昼にするか?」


「了解です。そしたら、俺、駅前のコンビニで弁当買って来ますよ。相澤さん からお昼代貰ってますし、何がいいですか?」


「私も行きます!」夏々が腕を組んできた。


「なんですか?」腕をはらいながら黒瀬は答えた。


「ん~」と、ふてくされる夏々


「中村さんは?」


「オレ、焼肉弁当二つと、デカ盛りカップラーメンの醤油で」と ドヤ顔の中村に対して


「了解です」相変わらず中村が大食いなのを知っている黒瀬は普段通りの顔をした。



駐車場の反対側のアパートの自転車なども通れない細い路地を 真っ直ぐ歩き、割と交通量のある道を一本 渡り暫く歩くと、駅前のコンビニに着く。徒歩で十分ほどだ。


昔ながらのコンビニの自動ドアが開くと、そのコンビニチェーン特有の音楽が流れる。

いらっしゃいませ、などの言葉はなく店員は、お昼のレジ打ちで忙しそうだった。


黒瀬は、カゴを持ち夏々とレジ待ちの人の前を通りながら入り口から真っ直ぐにあるお弁当の棚を最初に来た。


「よかった~あった。私、明太クリームパスタ~これ、マジ美味いですよね」

と、黒瀬に同意を求めたが、黒瀬は無視した。


中村に頼まれた焼肉弁当が1つしかないことに気づくと黒瀬は代わりの弁当を携帯で中村に確認した。

「今、あるのは、唐揚げ弁当と、ハンバーグ弁当、あと、カレーとかですね。あ、焼肉のおにぎりありますよ。」


「…」


夏々は、黒瀬が電話をしている間に、飲み物を選ぼうと飲料の冷蔵庫に向かった。


「…」


「了解、弁当とおにぎり四つですね」


黒瀬は、カゴの中に、夏々が入れたパスタと中村のお弁当、おにぎり、自分のカレーを入れて、カップ麺売り場に来ると、夏々が飲み物を手に黒瀬の元へ来た。


「クロスさん、飲み物、星印のコーヒー牛乳でしたよね。配信でいつも飲んでますもんね」

と、得意げに言った。


だが、黒瀬は、


「…ごめん、違うのにするよ」


「え?」以外の反応に落ち込む夏々


「いや、なんだか、甘いのはいいかなって、気遣ってくれてありがとうございます」本当に悪かったと思って敬語になる


そう言うと、醤油味のカップ麺をカゴに入れて、二人で飲料売り場に向かった。


コーヒーを戻して、黒瀬が選んだのは、600㏄110円のジャスミン茶である。


「ふ~ん」と、落ち込んでいた夏々だが、黒瀬の意外な一面を見たからか、笑顔になっていた。


レジで3,000円弱の会計を済ませて、帰路に帰る途中で夏々は、


「ちょっと、意外でした、てっきりクロスさんは、激甘党だと思ってました。たぶん視聴者もそう思ってますよ」


黒瀬は、 「…そう?」 と少し間をあけて返事した。


「絶対そうですよ。私がだまされたのですから、だって、チョコビスケットも買ってないですし、しかも、そのカレー辛口じゃないですか!」と嬉しそうな夏々である。


「…そうだね」 と言いながら、自分でも首をかしげるのであった。


普段ならトラックの中で食事する黒瀬と中村だが、今日は、アパートの住人である相澤夏々の好い

によりアパートの中で昼食をとることにした。


ここのアパートの部屋は窓の配置以外は全て同じで、玄関を開けると右手にダイニングキッチンがあり左手にトイレと風呂があり奥に六畳の部屋が二つある。洗濯機は廊下に設置、洗面所は無い。

左手の六畳間に押入れがある。壁と天井は古風だがしっかりとリフォームされていて全てフローリングの部屋だ。


荷物がそのままなので、玄関入ってすぐのダイニングの床に直に座って3人丸くなり食事を始めた。

辛口のカレーに中村も 「久しぶりに黒瀬君が カレー食べてるのみたわ。ここ半年ぐらい、甘い物ばかり食べてたからなぁ」 と驚いたが、黒瀬は、面倒くさくなり 「…次の配信の準備です」 と答えたが裏目と出てしまった。



「本当ですか!」夏々がマジマジと食いついてきた。


しまった!と目を閉じる黒瀬「…まだ、内緒です」と言いカレーを飲む。


すると、中村が、「夏々ちゃん、本当に、このアパートでよかったの?朝、お父さん心配してたよ」


「いいんです。だって、最高じゃないですか。だってクロスさんが住んでるなんて、大ファンとしたら、もう即、買いですよ。即住み。それに、他のアパートの住人の方たちも大丈夫そうですし」


「あー、さっき引っ越しの挨拶回りしてきたもんね。どうだった?」


すると、夏々は見上げてながら先ほど今時珍しい引っ越し蕎麦を持って挨拶回りのことを話し始めた。



「祭日だけど、住人の皆さん居てくれてよかった~でね、隣の、一〇二号室は、女の子で私より少し下かな~専門学生って言ってた。何か、心配そうな顔してたから、私知ってて越してきましたって言ったら、『うっそー』って言われた~

 その横の一〇三号室は、話し声はしたのだけど出て来てくれなくて…

 上の二〇三号室の おじさんは真面目で面白ろそう、だってポロシャツのボタン一番上まで閉めてるの、笑いそうになっちゃた。

 真ん中の二〇二号室は、私より少し上のお兄さんかな、蕎麦アレルギーだったから、引っ越し蕎麦わたせなかった。今度、違うの持って来ますって言ったら、『大丈夫ですよ』って優しく言われた~。

 そして、この上の二〇一号室の日葵ちゃんの部屋はね、お母さんと二人暮らし、シングルマザーだって大変そうだけどすごいよね。尊敬しちゃう。 そうそう、結局渡せなかったお蕎麦も日葵ちゃん家にあげちゃった。めちゃめちゃ喜んでたよ。頭の上に三箱のっけて、お蕎麦、お蕎麦って踊ってたの~かわいい」

 

「…中村さん、大丈夫ですか?」と黒瀬が気遣う。


中村が泣いていたのだ、「わりい、大丈夫。」


「どうしたのですか?中村さん!」


「いや、実は俺、バツ1でさ、黒瀬くんは知っているけど、ひどい旦那だったんだ、嫁と子供を思いだしちゃって…いや、本当ゴメン。」


少し重い空気が漂うなか、中村が「夏々ちゃん、聞いてもいい?」


「はい」と身構える夏々


「ここの、家賃いくら?、相澤社長に安くしてもらった?」


少し安堵する夏々「もちろんです。安くしてもらいましたよ。事故物件ですしね。月44,000円です」と自信満々に答える。


すると、黒瀬と中村は 大笑いした。


「それ、今の家賃のまんまじゃん」腹を抱え込む黒瀬


「やっぱりな~さすがは、相澤社長だ」違う涙をぬぐう中村


「え?マジですか?、なんなん、春叔父さん!」と赤い顔をする夏々



三月の彼岸、午後、20度を越えて春本番となった。










高乃慶介は、去年の秋に扇駅前交番に配属されてきた新米の地域警察官である。

どういう分けか、配属された場所が大学生時代に住んでいた場所で、あまり新鮮さも無く職務している。


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