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『蛹』~さなぎ~  作者: 木尾方
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三月 ④

約束の時間が迫る中、黒瀬を見つめる視線があった。


黒瀬は、ふと、気配を感じたのであろうか、ハッと我に返り周りを見渡した。

その行動に視線の主が声をかけてきた。


「お兄ちゃん、何食べてるの?」


黒瀬は、辺りに誰も居なかったよなと思いながらも周りを見渡した。


「上だよ。」


アパートの渡り通路兼屋根の役割をしているであろう場所の柵の上から少女が覗きこんでいた。柵を乗り出さなければ、男の姿など分からないであろう。


上から、じっと見つめる少女に黒瀬は、何を食べているのかとのこと返事ではなく、

「食べるかい?」と言ってしまった。


少女は、「うん!」と大きな声を出しながら、上の階である二〇一号室の部屋の前から一番離れた二〇一号室前の階段駆け足で降り、また自分の部屋の下である一〇一号室の前まで十秒ほどで来たのである。


「何食べてるの?」と聞き返す少女


「チョコレートクッキーだよ」とクッキーとビスケットの違いが分からないので伝わりやすいほうで言った。袋を少女の方にかざすと、行きよいよくお菓子を鷲掴みにしてその場で食べ始めたのである。


少女は少し傷んだ洋服を着て、大きめのサンダルを履いていたが、整った髪に綺麗な爪をしていた。

しばらく少女を見つめていると、軽いクラクションが2回ほど鳴った。

合図したトラックの荷台には、中村ハウスクリーニングとの名前がある。

不動産業の相澤が連絡をしていた中村謙二の清掃トラックが引っ越しの荷物を載せて着いたのである。

少し離れた駐車場に止めたトラックから降りて歩みよった中村は、

「黒瀬くん、今日も宜しくね」と、白い歯を見せながら笑った。

それと同時に助手席のドアが開き黒瀬の駆け寄ってくる、アパートの新規入居者の相澤夏々である。

「クロスさん、今日は本当にありがとうございます」

と深々と頭を下げるのであった。


「よろしく」と、黒瀬は少しテンションの低い挨拶をした。

すると、察しってか、中村が、小声で黒瀬に呟いた。

「黒瀬君も大変だね。普段引っ越しなんてやらないのだが、相澤社長の頼みだろ。俺も断りきれなくてね」と苦笑いした。


「本当にすみません。お父さんも手伝いに来てくれるはずだったのですが、家から荷物を出している時に腰をやってしまいまして、今、母と接骨院に向かっている所なんです」


「いや、ごめんね。不機嫌そうだった?」


先ほどの少女が黒瀬に声をかけた。

「ねー、お兄ちゃん、ここに住むの?」


黒瀬は、少女の目線を合わせるようにかがみ込んで答えた。

「違うよ。このお姉ちゃんが住むんだよ」


「ふーん。…日葵ね。お兄ちゃんの手伝いがしたい」


「あぶないから」と中村がトラックに向かいながら黒瀬に呟いた。


黒瀬も、少女に、うろつかれてケガでもされたら、たまったもんじゃないと、中村の(あぶない)の意味を察して、

「日葵ちゃんって言うんだ、ありがとね。でも、また今度、お手伝いしてくれるかな?はい、これ」

言うと黒瀬は、もう1つのあった、お菓子の袋を全部少女に渡した。


すると少女は、両手でガッシっとお菓子袋をつかんだ。


「あ、やっぱり、黒瀬さんは、普段でも、そのお菓子なんですね。」と夏々が入ってきた。

「日葵ちゃん、よろしくね。日葵ちゃんは、どこのお部屋?」


「上」と二〇一号室を指さした。



「日葵ちゃん、どうぞよろしくね。日葵ちゃん、いいな~お姉ちゃんにも、チョコレート 一つちょうだい」と手をだした。


しかし、日葵の反応に黒瀬と夏々はびっくりしたのだった。


日葵は、いきよいよく、お菓子を服の中に入れて見せないようにして目を見開き、「やだ!」っと大声で叫び、じっと夏々を見つめた後、走って、自分の部屋がある二階へ走って行ったのだった。


「嫌われましたかね?」困った様子で聞く夏々


「大丈夫でしょ」と他人事の黒瀬であった


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