三月 ②
先月の祝日に、黒瀬優は形ばかりのアパートの契約解除に相澤不動産を訪れていた。
相澤不動産を経営している相澤春樹は、地元に古くからある不動産会社の二代目で扇駅前にある。今は、多くの物件は大手賃貸会社に委託していて、実際に自分が管理してるのはわずかであった。地元自治会の会長もしてるようだ。
「いやー、今回も助かったよ。黒瀬くん、ありがとうね」
相澤はティーカップに入ったコーヒーと箱をテーブルに差し出しながら黒瀬が座っているソファーの反対にある自分専用の黒光りした椅子に腰かけた。
「いえ、こちらこそ、ありがとうございました」
コーヒーと一緒に出された箱の中の砂糖3つとミルクを2つ入れた。
「で、どうだった? 今回の放送は?あれだっけ、無料動画投稿のユアチューブって儲かるのだろう?」
「まだまだ生活できるまでは儲かっていませんよ。でも、前回の放送が、よかったので、今回も見てくれるユーザーが多かったです。反響は、正直いまいちでしたが。あのバズった配信以来フォロワーも増えてますから、嬉しいですね」
「バズッ? あー、八戸さんのアパートの『蛹事件』ね。あれは、ひどい事件だよね」
「そうですね。でも、相澤さんが、口を利いてくれたおかげで、あのアパートでの配信ができましたしユアチューバーとしての自信もつきました」
黒瀬優は、三年前からユアチューバーを職業にしているが、まだまだ、知名度は低く、昨年の暮れに入ってやっとチャンネル登録者が二万人を超えるようになってきた。
黒瀬のチャンネルは、名前の黒瀬のクロと優のス から取ってクロスチャンネルという、安直な名前である。
ホラーを中心とした実体験ライブユアチューバーで、旅をしながら、心霊スポット巡り、お墓でホラー映画鑑賞など配信するが、なかなか当たらずにいた。しかし、二年程前に事故物件に住んでライブ配信をした処、反響があり動画配信の視聴率が、伸びて行ったのだった。
事故物件巡りは、バイトで特殊清掃をやっておりバイト先の経営者、中村謙二に相談して実現したのだった。
この清掃業の知識を活かしながら、部屋で亡くなった方たちの、人生模様や、その人が生前やりたかったであろうことをできるだけ調べて、(清掃時に亡くなった方の私物を見れだおおよそ想像できた)その部屋で、あたかも、その住人と話すように、笑ったり、泣いたり、相談に乗ったり、行動したりするライブ配信を行うのだった。もちろん、視聴者の意見なども聞いたりもする。
「それにしても、中村社長から相談受けたときは、どうしようと思ったけど、実際、助かるよ」
相澤は、コーヒーをすすりながら言った。
「助かっているのは、こっちです。相澤社長が、他の不動産関係を紹介してくれたり、中村社長が紹介してくれたりで、配信できてますので。ありがたいです」
実際に、それぞれにメリットが生まれている。不動産店から特殊清掃の依頼を受けた中村は不動産店に許可をもらい、黒瀬に連絡をとり、黒瀬は中村や別の従業員と現場清掃後、許可をもらった不動産店に入居の契約をとる、不動産店は事故物件に一度でも新規入居者が入った場合、次の入居者には任意の報告義務が発生しなくなる。そして、黒瀬は、その物件からクロスチャンネルを配信するのだが、その時に物件のアピールなども配信して、新規入居を促すのだ。無料で部屋を借りる代わりに物件広告をする。中村には、紹介料を支払うが、ほぼバイト代で帰ってくるので実質無料だ。中村は、黒瀬の名前が売れれば仕事の依頼がくるし、会社のアピールにもなる。それに特に小さな不動産店にとっては、形の上とはいえ直ぐに事故物件に住んでもらえるのには助かっていた。
最近では、黒瀬が住んでいた、物件に住みたいと言う入居希望者の連絡が増えていた。
「それにしても、次の物件がすぐでてきたね」
「そうですね。普段なら、次の物件が見つかるまで暫く住まわせてもらうのですが、最近、中村社長の営業努力?があってか、増えてます。…ですが、それだけ人も亡くなっている事ですから」
とコーヒーを苦い顔をしながら飲み干し呟く黒瀬
などと、話していると、賃貸の見取り図が沢山貼られた出入り口の引き戸が開いた。
ガラガラと戸を引き入ってきたのは、黒瀬より少し年下であろう女性だった。




