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『蛹』~さなぎ~  作者: 木尾方
25/27

九月 ③

九月二十八日



配信の準備が終わり、黒瀬は気分を落ち着かせていた。

「この配信を成功させて、登録者数を十万人にしたい。目指せ、100万回動画再生」


夏々との打ち合わせも完璧だ。二〇一号室を除いた全ての部屋が配信元となる。

日葵の母親にも、中村にも今日、ライブ配信でご迷惑をおかけしますとも伝えた。

各部屋に新しい固定カメラも設置した。


もうじき始まる。


自分のユアチューブの画面には配信を待ってユーザーが何千人と待機していた。


時間だ。


「皆さん、お待たせしました。クロスチャンネルの時間です。今日はライブ配信で前代未聞のスペシャルな配信になると思います。ご期待ください。まず始めに、私が居る…」


配信が始まると観覧者から、どんどんとコメントが入ってきた。

黒瀬は、自分を映すライブ配信のできるハンディカメラに言葉と映像を乗せ、自分のスマホで視聴者のリアルなコメントと映像を確認しながらの配信をスタートさせたのだった。


≪待ってました≫

≪期待してます≫

≪今回は、どんな不幸な人なの?≫


「今回のアパートは、マジでヤバいです。六部屋ある築三十七年の、 このアパート。先に言いますが、実はこのアパート、今年だけで五名、亡くなってます」


≪マジ≫

≪どこ≫

≪やばくない≫

≪マジで≫

≪なんだそれ≫

≪うそだ≫

≪どんな事故物件だよ≫

≪もう、怖いのですが≫


「はい、事故物件に住んで配信する、このクロス!まずは先月、お亡くなりになった、金谷清彦(かなやきよひこさんのお部屋に、まずはお邪魔してます。金谷清彦さんは…」


金谷は派遣社員で、プログラムの仕事をしていた。孫請けの会社で、クライアントの要望で仕事内容が変わる事は日常茶飯事、元請の子会社が、仕事の依頼をし忘れていたため、納期までアパートに帰れない事もよくあった。ブラック企業だ。企業と言えば聞こえは良いのかもしれないが、実際は、社長のワンマン経営。去年から社長の息子が専務に付き、会社は益々横暴が激しくなった。金谷は、若いころ両親が他界していて親戚とも付き合いが無く、孤独だった。ただただ真面目に会社に通っていたが、春を過ぎた頃から体調がおかしくなり始め、七月に無理を言って初めての有休をとり病院に検査に行った。結果は癌だった。ちゃんと治療に専念すれば、癌の進行を遅らせることもできると言われた。金谷は、そのことを会社に伝えたが会社は金谷を解雇した。その日、金谷は自宅アパートの玄関の取っ手にネクタイをかけ、自殺した。七月十九日のことであった。


全てを黒瀬は解ってはいないが、清掃時に出てきた診断書や、務め先の会社に電話をかけ金谷が辞めていることは把握していて自分で仮設を立てて配信していた。


「それから、金谷さんは、ゲイだったんですね。」黒瀬は、深いプライベートも暴露しはじめるようになっていた。


「あ、僕はジェンダー大事にしてますから、大丈夫ですよ。だた、家族なので僕は遠慮しておきますが、あはは」などと中傷した。

さすがに、この内容は視聴者に不快な思いをさせた。


≪ひどい≫

≪そこまで、ばらさなくても≫

≪ゲイが恥ずかしいことなのか?≫

≪別に個人の自由恋愛だろ≫

≪俺なら、暴露された時点で氏ぬ≫


黒瀬は、そんなコメントも大歓迎だった。視聴者が集まれば、登録者数が集まれば…


突然、外から カン、カン、カン、カン、と勢いよく外階段を登る音がしてきた。


≪なに≫


黒瀬は冷静に「ライブ配信ですからね。住民の方ですかね。それとも…金谷さん?」


≪やだ≫

≪こわ≫

≪クレームじゃね≫


「さて、話の途中ですが、まだまだありますので場所を移ります。次の部屋は二〇二号室、それでは、移動を開始します。」


黒瀬は自分を映していたハンディカムを手に取り画面を自分ではなく、視聴者に視界が見渡せるように変更した。


画像が上下左右に乱れる。サンダルを履き扉を開け廊下に出て二〇二号室の方向へと向いた時、黒瀬は、廊下突き当たりに少女がいるのに気がついた。


「日葵ちゃん?」一瞬、子供が映ってしまったと思い、画像を見ると少女は映っていない。黒瀬は、びっくりして視線を廊下突き当たりに戻すと少女は消えていた。


「今、女の子いたよね?」視聴者に問いただしてみた。


≪何言ってる≫

≪怖いこというな≫

≪盛ってる盛ってる≫

≪演出下手≫

などのコメントが書かれた。


黒瀬は配信を戻した。

「見間違いかなぁ。…続いては二〇二号室です。隣の金谷さんの遺体は、この部屋の住人だった真辺輝雄まなべてるおの安否を確認する際に訪れた警察官によって偶然に発見されました。それでは、中に入りましょう」そう言って、相澤不動産店から借りている合鍵でドアを開けて中へと入って行った。暗い部屋、後日編集で使う固定カメラの赤いランプが光っていた。黒瀬は玄関でぐるりと部屋の様子を撮影し電気を付けた。

狭いダイニングが照らされ、奥の二部屋が薄暗くうつった。残りの部屋の電気を点けカメラを自撮りに変更した。


黒瀬は、まるで怪談百物語でも話すように、次の住人真辺輝雄の話を始めた。


「苦学生な真辺くん、就職で人生全てが決まるって話は、もう古いよ。僕と会っていてば…」と言い始め真辺のバイト先の店長に伺った話もした。

「…橋の上から飛び降りた真辺くん その日は、よく覚えています。なんと私、その時間帯にトラックで通過していたのです。」

≪うそだ≫

≪ダウト≫

≪ほんとですか≫

≪すげー偶然≫

「いや、いや、ほんとなんですよ。ほら、以前 『人間が橋から飛び降りたらどうなっちゃうの?』って配信は真辺くんのおかげです。まさか、このような形でこの事故を紹介するとは思っていませんでした。真辺くん 出演料払いますよ。あはは」

≪いくら≫

≪不謹慎≫

≪俺にもコメント料金くれ≫

「それにしても、不思議なんですよね。警察の発表ですと、真辺くんが、死亡したのは十五日ごろとなっており、私が現場を通ったのが二十二日だったので、バイト先…おっと、スミマセン。清掃時に真辺くんのバイト先分かってしまったので、そこのバイト先の店長に少し話を伺ってみたのですが、なんと『昨日も、真辺は出勤してました』との事だったんだよね。ビックリだよ。マジ鳥肌が出た。それから、真辺くんは学生のころ、あることをし」


ドン! 壁を叩く大きな音がした。隣の二〇一号室からだろう。


「おっ、興奮して声が大きくなっちゃたかな?まだ、以前のライブ配信のように、お隣さんが訪問してきたら困るね。あはは、少し予定は早いけど、下の階に行ってみようと思います。続きは下の部屋で」

そう言ってカメラを自撮りから、正面撮影へと操作した。黒瀬の顔には不満が出ていた。撮影をするから協力してくれってお願いしたのに、何故邪魔をした…そんな表情だった。


黒瀬はサンダルを履こうと玄関にきた時、横に何かがあるのに気がついた。

「なんだ?あ、財布だ」黒瀬の動きが止まった。見覚えのある財布だった。橘田が真辺に持ってきた財布だ。

「なんで?清掃の時処分したのに…」

≪え?なに?なに?≫

≪財布?≫

≪真辺が出演料くれってw≫

≪うまい≫

黒瀬は、また考えてしまった。中村さん?夏々の演出?

玄関を開け二〇三号室前にある階段に目をやったとき、階段を降りる人影が見えた。

カン、カン、カンっと鉄階段の甲高い音が下っていった。

「チッ」舌打ちをし予定にない出来事に黒瀬はイラだっていた。

自分の放送をスマホで確認してみると

≪ナイス≫

≪いい≫

≪音だけだけど、コワ≫

≪え?なになに?≫

と、好印象なコメントが入っていた。


黒瀬は、階段の中腹で、夏々の部屋 一〇一号室の扉が閉まるようすが見えた気がした。

少し、鼻を膨らませ息を吐き、考えを変えたのだった。

「皆さん、下の階について少し説明をしますね。」

一階に着いた黒瀬は、建物をバックに自撮りに設定し直した。

「えー、僕の後ろに映っているアパートの左手一〇三号室の住人は六月に交通事故で亡くなり、中央の一〇二号室の住人は五月に電車の人身事故で亡くなりました。どちらも飛び込みです。そして、右側の一〇一号室…以前からの視聴者の皆さんはご存知でしょう。僕が二月に配信した家族『孤独死の山島東子やましまとうこ』の部屋です。もう、マジ恐怖でで興奮してます」

≪うそwwww≫

≪その配信見た≫

≪怖い≫

≪知ってまーす≫

≪よかった≫

≪鳥肌≫

≪やめろ≫

「それぞれの部屋を訪問してから最後に一〇一号室に、お邪魔して全体の話を振り返えようと思ったのですが、先に今日、お手伝いをしてくれている一〇一号室の相澤夏々さん を紹介したいと思います。」

≪アシスタント≫

≪かわいい?≫

≪お、≫

≪期待≫


黒瀬は、夏々が勝手に配信を盛り上げようと怖がらせているのに違いないと思っていた。

配信前の打ち合わせでは、素直に頷いていただけに、腹立たしかった。

黒瀬は、配信で怖がらせる事も重要だと思ってはいるが、やらせをし過ぎてアパートのアピールができなくなるのは困る。そこで、先に夏々を紹介して動きを封印しようと思ったのだ。

この配信が成功すれば、二〇一号室以外の部屋が全て黒瀬の紹介となる。黒瀬は、相澤春樹に配信を依頼されたとき、アパート家賃が上がる見返りとして報酬を貰う約束をしていたのだ。これからは、僕が不動産店からお金を貰って配信をするスタイルに変えていく。死は金を生む。だから、どうしても配信を成功させてなくてはならなかった。霊的なことは、後日配信の各部屋に設置した固定カメラで編集すればどうにでもなると考えていた。



黒瀬は、ハンディカムで自分の映像や周囲の映像を交互に映して臨場感を出した。

「はい、それでは、ノックしますね」

コン、コン、「夏々さん クロスです。紹介が早まりました。開けますよ」

黒瀬は丸いノブに手をかけ回した。

ガチャ、玄関を開けた黒瀬は、驚きを隠せなかった。

「な、なにこれ」

≪うわ≫

≪スゲ≫

≪わら≫

≪wwwwwww≫

≪ここまでやる?≫

≪ここでキタ≫

≪お菓子、お菓子、お菓子≫

≪食べ物は大事にしましょう≫

狭いダイニングの床には、一面お菓子の袋が散乱していた。

「夏々さん、どういうことですか?夏々さん」

返事はない。

「上がりますよ」

黒瀬は足で、お菓子の袋を掻き分け部屋へと上がった。

ダイニングから見える奥の部屋の電気は消えており、黒瀬はダイニング中央でカメラを一周させると真ん中の部屋の電気を付けた。

「うわっ」

低いテーブルに化粧台などの生活空間、部屋からの明かりで奥の部屋もぼんやりと照らされて、ベットや、ハンガーラックが見えていた。

だが、やはりこの部屋もお菓子が散乱しており、どうみても汚部屋にしか見えなかった。

≪きたな≫

≪やば≫

≪引くわ≫

などのコメントが多かったが、何故か女性の部屋に入ると言ったせいだろうか、観覧数が増えていた。

「夏々さん」

夏々は見当たらない。

「別の部屋に行ってるのかなぁ」そう言いダイニングに戻ると、さっきまで点いていなかった風呂場の電気が点いていた。黒瀬は、誰が点けた?と辺りを見渡したが、やはり誰もいない。

ダイニングから直接入るタイプの古い設計、風呂の扉はアクリル板の曇り扉だ。淡い光が風呂場から漏れている。水などが流れている音はしない。黒瀬は扉の前に立ち声をかけた。

「夏々さん、いますか?いい加減にしましょう。僕の配信の流れが変わってしまって困ります。勝手に動かないでください。夏々さんの事は後半に紹介するっていう打ち合わせしましたよね。」

≪やらせか?≫

≪女のせいにしてるw≫

≪開けろ≫

≪風呂配信wwwww≫


「夏々さん、開けますよ」


黒瀬は扉の中央を手で押した。扉は谷折りに曲がり風呂場が画像の移った。


そこに映ってしまったのは、首から大量の血を流した相澤夏々だった。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…」


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