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『蛹』~さなぎ~  作者: 木尾方
23/27

九月 ①

九月二十三日


小峰由香子は、昼食の休憩時間を利用して交番近くのお寺に供養に来ていた。

事件発覚から一年 故 田中凜が無縁仏として眠っている


来月から母親 田中芳子の裁判が始まる報告に来たのだった。


念仏を唱えながらも小峰由香子は雑念が入っていた。

その原因は黒瀬優のクロスチャンネルを見たせいだ。


相澤夏々に教えてもらった黒瀬優の動画配信は小峰の感情を逆なでするものだった。

配信始めの頃は、ホラー映画の紹介や、無許可での霊場巡りものなどが多かったが、数年前からの事故物件動画がじわじわと人気を集めていた。


そして、一年ほど前に配信した一つの動画が現在 再生回数50万を軽く超えていたのだ。

その動画が『蛹事件』の現場アパートでのライブ配信だった。


事件後、八戸玄作はちどげんさく所有する扇ハイツ二〇一号室の清掃を中村ハウスクリーニングが依頼を受けた。中村謙二なかむらけんじは相澤不動産店の相澤春樹あいざわはるきに仲介を頼み八戸に黒瀬を紹介したのだった。八戸は自分の所有するアパートがニュースなどで報道されていて最初は断っていたが、相澤が『黒瀬が泊まれば、家賃を上げても借りる人は出てくる』その言葉に八戸は渋々了承したのだ。実際に黒瀬の配信の後、二〇一号室を借りたいと申し込む電話が何十件も来たのだった。普通なら、このような事件が起こった物件は家賃を下げても中々借り手は現れないが、黒瀬のような発信者がいる場合は逆のようだ。その部屋は20,000円ほど値上げしても、次に入りたいと言う人が数件待っているぐらいだった。

清掃を終えて表向きの契約をとった黒瀬は、即日そのアパートで『明日、緊急ライブを午後八時より配信します。あの蛹事件アパートからのライブです』との情報をSNSなどで配信した。当たり前の行動だった。当時ニュースで騒がれている事件、話題が熱いうちに配信しないと、全くもって意味がないのだった。黒瀬の読みは大きく当たった。一時間ほどのライブ配信であったが、マスコミが報道している内容をふまえて、自分が見た清掃前の現場の説明や映せる範囲の写真や清掃時の音声なども公開した。終了間際になると、黒瀬は、自分が用意したテーブルに座り込んで亡くなった田中凜たなかりんの供養らしきものを配信し始めたのだ。『凜ちゃん。お腹減ったよね。寂しかったよね。痛かったよね。苦しかったよね。』などと涙を流しながら、生前 田中凜が食べたかったであろう お菓子をや甘い飲み物を食べていた。そして、最後は黒瀬の事故物件配信で決まったセリフを言う。

『このような、寂しい思いをしながら亡くなっていまった凜ちゃん。僕は、これからも同じ人たちがいたら配信をして社会に対して疑問をぶつけて、一人でも助かって欲しいと心から思っている。僕は、このように亡くなってしまった悲しい人たちの代弁者のつもりはない。家族だと思って配信します。』

そう言ってチャンネル登録のお願いを促してライブを終えるのだった。賛同する人、ののしる人、様々であったが、コメント欄は炎上して肯定派、否定派の攻防が繰り広げられていた。


この配信後暫くして、クロスチャンネルの登録数も現在では六万ほどとなり、動画視聴件数が飛躍的に伸びていた。


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