八月 ⑤
八月二十五日
週休の小峰は、ヘルメットをかぶりナンバーのついた電動キックボードで、あのアパートにジャージ姿で朝早く向かっていた。金谷清彦の部屋をクリーニングするとのことを昨日、中村から連絡を貰ったからだ。
こんな姿、仲間に見られたら怒られるだが違反はしてない。そんな様子で周りを気にしながら法定速度ギリギリで走っていた。
勝手知る自分の管轄、小峰はアパートへの近道の路地裏入口にキックボードを止めて折りたたみ路地を入っていった。
舗装されてたない生活道路の路地、自転車を押して歩くスペースはない。折りたたんだキックボードを背負い小峰は呟いた。
「これからのパトロール、キックボードがイイね」
アパートが近づいてくる。緊張感が襲うが寒さは感じない。
路地裏を出て二〇三号室前で一旦止まり上を見上げた。人の気配はない。駐車場の方を見ると、中村ハウスクリーニングのトラックが止まっていた。
一〇一号室前の階段を上りはじめると、少しあの臭いがしてきた。ポケットからハンカチを出して鼻を覆った。
二〇三号室の扉には、消毒中の為関係者以外立入禁止の紙が貼られていた。
仕方ないので、小峰は駐車場のトラック付近で待つこととした。
三十分ほどたったとき、一〇一号室から相澤夏々が出てきた。
夏々は、駐車場にいる女性に気付いた。小峰は会釈した。夏々はきょとんとしていたが、暫くすると、一昨日の警察官だとわかった。
「あ~、この前の婦警さんだ。ジャージーだったからわかりませんでしたよ」
小峰が待つ、駐車場に小走りで寄った。
二、三歩、夏々に近づき「おはようございます。改めまして、西区警察の小峰です。先日はありがとうございました」と挨拶した。
「こちらこそ、先日は取り乱して申し訳ありません。あ~恥ずかしい」
一昨日の夏々は、ぼさぼさの頭で、短パン、タンクトップの姿だったが、今日は薄化粧に一つにまとめた綺麗な髪、そして動きやすい恰好をしていた。
「どうしたのですか、婦警さん。しかも私服で?まさか、刑事さんだったのですか?」
「ま、まさか。今日はお休みなのですが、中村さんに仕事を見せてもらおうと」
「そうなんですね。でも、さっき清掃はじめたばかりだから、まだ時間かかりますよ。一度始めたら『あの』処理が終わるまで防護服脱げませんから」
「そうですか」
「おねーちゃん!」アパートから声がした。
「日葵ちゃん」アパート二階に向かって手を振る夏々
日葵も手を振り返して、走ってこっちに向かってきた。
「おねえちゃん。おはよ。今日、おてつだい?」
「うん。そうだよ。クロスお兄ちゃんの手伝い」
「日葵も、おてつだいしたい」
「そうだね。クロスお兄ちゃんに相談しようね」
「あの、黒須さんって、どのような方なのですか?」
「え!婦警さん。クロスさん知らないのですか?今、人気急上昇中のユアチューバーのクロスさんですよ」
「す、すみません。ユアチューブあまり見ないもので」
「教えてあげますね。クロスさんって…」
それから、長い夏々の熱弁が始まった。
どのくらい時間がったっただろう。
「あ、ありがとうございました。帰ったらクロスチャンネル見てみます」
「登録よろしくお願いいたします」と夏々は笑顔で頭を下げた。
暇を持て余してしいる日葵が大きなビニールで梱包された板を二人で前後で持ちながら階段を降りてくるのに気付いた。
「あ、お兄ちゃんとおじさんだ。」
中村と黒瀬は板を抱えたまま、駐車場に来た。
「はい、通るよ。危ないよ。」後ろ側を支えている中村が声をかけた。
「飲み物取ってきます」そう言うと夏々と日葵は一〇一号室へと走っていった。
「黒須くん、休憩しようや」
「はい」
「失礼します。中村さん、昨日はご連絡ありがとうございました」小峰は頭を下げて挨拶をした。
「いやぁ、わざわざ来てもらって悪いね。」
「いえ、中村さん、黒瀬さんをご紹介いだたいてもよろしいでしょうか。」
「あぁ、はいはい。こちら、バイト兼、ホラーユアチューバーの黒瀬君 朝、言ったお巡りさんの…えっと」
「小峰と申します。よろしくお願いいたします」
小峰は名刺を二人に渡した。中村もトラックの中から名称を取り出し小峰に渡した。
アパートから夏々と日葵が戻ってきた。
「はい。お兄ちゃん」
日葵が渡したのは、よく冷えたジャスミンティーだった。
「ありがとう。日葵ちゃん」
中村と黒瀬は飲み物とおしぼりをもらい汗だくの防護服を脱ぎ、新しい作業着に着替え始めた。
小峰は、後ろを向いた。
「お巡りさん、仕事見たいって言ってたけど、今日のはもう普通の掃除になるよ」タバコに火を付けて中村が聞いてきた
「はい、お手伝いさせてください」小峰は、部屋の様子を自分で感じたかったのだ。
「それにしても、今日、いつもより仕事早くないですか?」そう聞くのは夏々だった。
「いやぁ、金谷さんだっけ?あの部屋の住人 言っちゃ悪いけど、いい場所で自殺してくれたよ。玄関の扉だからさ、床はコンクリートの清掃除菌だし、傷んだのは玄関の枠と今、外して下してきた このドアを変えるだけ後は部屋の掃除をしてリホーム屋と交代…」
「ちょっと、中村さん、子供が聞いてます」焦る小峰
「お巡りさん 日葵なら大丈夫だよ。いつも、おじさんの話をきくし、ナナおねえちゃんにお兄ちゃんのユアチューブ見せてもらっているから」あっけらかんと答えた日葵であった。
「よし、休憩おわり。続き始めるよ」灰皿にタバコを入れて腰をあげた。
二〇三号室の扉があった場所には工業用の薄い目張り等に使うビニールで簡易的にのれんが作られ仕切られていた。
ゴム手袋に工業用マスク、ゴーグルをつけた中村と小峰が散らかったゴミをまとめ、黒瀬が二階から一階に下して、夏々と日葵がトラックに運ぶ流れ方式をとった。
小峰は、衛生上窓も開けられないエアコンも着けられない部屋の片付けに「大変な仕事ですね」と声をかけた。
「いや、今日は楽な方ですよ。普段なら半日以上は防護服を着たままの状態がほとんどですからね。お風呂なんて最悪ですよ。湯船に、そのまま残ってますからね。死体の液が…お巡りさん、なんで手伝いをしようなんて思ったの?」中村は前かがみで清掃をする小峰の後ろ姿のお尻に視線を向けていた。
「いえ、私の管轄内ですし、しかも続けて亡くなるなんて…少し怖くて」
「怖い?怖かったら、普通来ないでしょ」
「…実は、依然 別のアパートで腐乱死体を…私が見つけまして」
「そうなんだ。最初に見てしまうと、正直残るよね」
「…」小峰は言葉が出なかった。
「お巡りさん」
「はい」
「相澤社長からアパートの鍵を預かっているのだけどさ、隣の部屋も見てみる?明日は、そっちの清掃なんだ」
「ほんとですか。ぜひ!」振り向くと異常に近くにいる中村に小峰はたじろいた。
三時休憩に小峰は、中村から二〇二号室の鍵を借りて一人 部屋に入った。
二〇三号室と左右の違いはあるが、同じ間取りだ。
開けるとコンクリートのむき出しの玄関、右にキッチン、左に脱衣所の無い浴室、隣にトイレ
狭いダイニングの曇りガラスの引き戸を開くと六畳の部屋、その部屋の襖を開けると、また六畳の部屋と縦長となってる。真ん中の部屋に押し入れが一つある。
さっき居た部屋は、奥の部屋に押し入れが配置されてた。左右の間取りの違いからだ。
壁に窓がないせいか余計薄暗くかんじる部屋、当たりを見渡すと
「また、あった」小峰が見つけたのは、スーパーやドラックストアなどで売られているビスケットにチョコが塗ってある空の袋やまだ入っているお菓子だった。
一〇二号室の藤崎あいりのバックに入っていたお菓子
一〇三号室の船津道忠が握っていたお菓子
二〇二号室の真辺輝雄の配達用のバックに入ったお菓子
さっきまで清掃していた二〇三号室の金谷清彦の部屋にも同じお菓子があった。
「ど、どういうこと?」恐怖が顔に出てくる
「おまわりさん」
いつの間にか、日葵が部屋の中の玄関に立っていた。
「ど、どうしたの?」玄関が開いた様子を感じなかった小峰は驚きを隠せない。
「みんなが、お茶しませんか?だって」微笑む
「う、うん、今行くね」玄関へと向かう
玄関を出ると、まだまだ眩しい日差しが照りつけた。
「はい、おまわりさん」日葵は小峰の手に何かを渡した。
小峰は、それを見て恐怖が増した。
日葵が渡したのはビスケットにチョコレートが付いた、そのお菓子だっだ。
しかも、暑さのせいなのか、日葵が握っていてそうなったのかは分からないが、
袋の中のお菓子は、ボロボロに砕け溶けていて、小峰が見たお菓子は、まるで蛹のようだった。
早坂恵美は自分が分からなくなっていた。貧しくても娘がいれば幸せだった。贅沢はできなくても、娘には手料理をいっぱい食べさせていた。初夏の頃だろうか、よくアパートに来る業者の中村と いつの間にか男女の関係に落ちていた。それから恵美は、娘中心の生活が徐々に変わっていくのを感じていた。




