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『蛹』~さなぎ~  作者: 木尾方
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八月 ④

「ただいま」そう言って小峰は鍵の開いている自宅アパートの扉を開けた。


「お帰り、大変だったね」そう言って出迎えてくれたのは、恋人の門口だった。

「うん」靴を脱ぎ、台所で手を洗いうがいをした。


「あー、お腹減った。淳、ご飯なに?」


「由香子の好きな肉汁うどん。しかも俺の手打ち」


「ほんと!うれしい~」


「週休だからね。久しぶりに打ったよ」


「いただきます」ズルズル…「うん。美味しい。最高~」


食事も終わり、二人ベットにもたれながらノンアルコールビールを飲んでいた。


「淳、鑑定結果の知っているでしょ?」


「…あぁ、真辺輝雄だったよ。それから、隣の遺体は、やっぱり住人の金谷清彦」


「…」


「鑑識の結果 真辺輝雄は死後、一週間 金谷清彦は約一か月ほどだとのことだ」


「おかしくない?だって飛び降りたって通報を受けたのが一昨日だよ。それに、この真夏にあれだけ腐っていて一か月も気づかないなんて、おかしすぎる!」


「…そうだけど、真辺輝雄の場合飛び降りたのを見たのは、彼女の橘田栄子だけだろ。もしかしたら、実際に別れ話をして飛び込んだのが一週間前だとしたら?自転車だって放置されてたらしいし、橘田栄子が嘘を言っているのかも」


「まさか?」


「ただ、ひっかかるのが、あの配達用の大きな保温バックを背負ったなら浮力が強すぎて溺死しないかもしれない…まぁ落ちた時に気絶したかもしれないし、それに…」


「それに?」


「そのバックの中身なんだ、気になるのは」


「中身?…まさか!お菓子の袋?」


「うん。由香子から聞いてなければ、気にも止めなかったよ」


小峰は門口にアパートの件を自分が見た範囲で細かく話していたのだ。


五月に亡くなった、藤崎あいりの時は、朝の立番が終わろうとした時に駅の異常に気付き、ホームへと向かった。そこで見た光景は、おびただしい血と貪られたような肉片、そして、彼女の手荷物から出たと思われる散乱したお菓子


六月に亡くなった、船津道忠は、硬直した右手の中にしっかりとお菓子が握られてたこと、勢いよく道路に飛び出たドライブレコーダーの画像は、必死の形相だった。そんな人間がお菓子を握りながら走るのだろうか?


そして今回、飛び降りた真辺輝雄は配達バックの中にお菓子


「どうした?由香子?」


「ん。あのアパート、今年に入って五人亡くなってる」


「え?四人だろ」


「二月に生活保護を受けてた中年の女性が孤独死してる。たぶん関係ないとは思うけど、なんだろ、もやもやする」


「おいおい、勘弁してくれよ。確かに六部屋しかないアパートで五人死んだって異常だけどさ、偶然だって」


確かに冷静に考えれば、偶然なのだろう。二月の孤独死、五月の人身事故、六月の交通事故、七月の首吊り、八月の身投げ…


ただ、小峰には大石部長の、『これ以上、なにもなければいいが』の言葉を思い出してしまった。


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