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『蛹』~さなぎ~  作者: 木尾方
20/27

八月 ③

八月二十三日



翌日、大石と小峰は調査の為、アパート脇の駐車場に止めてある中村ハウスクリーニングと書かれたトラックの横にバイクを止めてアパートを管理している相澤不動産の相澤春樹を待っていた。


「大石部長、まさか、このアパートだったなんて…」


「…そうだな」




発見された腐乱遺体は、検死が終わっておらず、真辺と確認できていない為、昨日夕方の飛び降りたと思われる。真辺輝雄の安否確認が必要となり 管理会社立ち合いの元、鍵を開ける必要が出てくる恐れがあったのだ。


事実上、真辺輝雄は まだ発見されないことになっていて、高乃は今日も朝から河川敷の捜索にあたっていたのだった。


アパート脇の駐車場に黒い国産高級車が入って来た。駐車場二台分を使いドアを開けて出てきたのは、相澤不動産の相澤 春樹であった。


「いやー、おはようございます。早いですね。それにしても、暑い…あれ?暑くない?

…それにしても、まったく、このアパートどうしてしまったのかな?立て続けに人が亡くなるなんて」


大石も、小峰も 相澤の言葉に何も言えなかった。今年に入って三人、解剖の結果が真辺であったら、四人になるのだから。

そして違和感の増したアパートを感じながらも、平然を装っていた。


小峰は駐車場からアパートの階段に向かう途中で二階を見上げると、少女が お菓子を食べながらこちらを見ていた。

少女は、自分の方を見る お巡りさん に対して手を振った。小峰も合わせて手を振ったのである。


二階に上がると、少女は自分の部屋であろう扉の前辺りにいた。


「おまわりさん、なにしてるの?」


小峰は、真辺の部屋と少女の部屋の間ぐらいで立ち止まり、両手を膝にあて目線を下げて少女に言った。


「隣のお兄さんが、元気にしてるかなって、見に来たのよ。 あなたは、ここの子?お名前は?」


「わたし、早坂日葵 お母さんと ここにくらしているの。でも、今 おじさんが、ねてる」


「そうなんだ、ちょっと、そこにいてね」小峰は、田中凜を思います出したのか、少し切ない表情をした。 そして振り向くと、大石とアイコンタクトをした。


「真辺さん、いらっしゃいますか? 西区警察署の大石と申します」ノックをしながら中の様子を伺う。


「真辺さん。いらっしゃいますか?…相澤さん お願いできますか?」


「はいはい、ちょっと待ってくださいね。・・・・えーと、これだ」と二〇二と札のついた合鍵をドアに差し込んだ時 相澤は、「あれ、ドア開いてますよ」


「!」小峰は、念のため相澤を、ドアの死角の方に相澤を異動させ、大石と共に玄関ドアをゆっくりと開けたのだった。


ドアを開けた玄関には、サンダルと床に落ちている財布が目に入った。


すると、今まで覆っていた違和感が突然なくなったのだ。暑さと音、匂いが戻ってきたのである。


「くさい!」日葵は、鼻を覆った。


大石、小峰、相澤も、強烈な腐った匂いにむせ、鼻を手でふさいだ。


「…ここじゃない。隣だ」大石は、視線を階段を上った最初の部屋の方に向けると、

扉の下から、何とも言えない液体が滲み出てきたのだ。


ただ事ではないと、感じた大石、小峰だった。


「相澤さん、ここの鍵もありますか?」ハンカチで口を新たに塞いだ大石がこもった声で聞いた。


「は、はい」鍵の束をそのまま、小峰に渡した。


小峰は、束から、二〇三と書かれた札のついた鍵を見つけると、大石に手渡した。


大石は、液体が流れる玄関の前に靴が汚れるのも気にせずに立ち、扉に何か抵抗を感じたのか、ゆっくりとドアを開けたのだった。


ドアが少し開くと、その隙間から、人の腕が出てきた、それも腐って蛆が沸き、大量のハエが外に出てきた。



小峰は、ドアが開く時、日葵から見えないように後ろ向きにし、「日葵ちゃん、部屋に戻れるかな?お巡りさん、少し忙しくなりそうなの?」


日葵は、口を押さえながら無言で うなずき部屋へと戻った。


相澤は、腐った腕を見て、慌てふためいた

「なんなんだ!も、もうダメだ!」

狭い通路、大石の後ろを無理やり通り、階段を駆け下りていった。


「小峰、追いかけて!」無線で応援を呼びながら、大石が叫ぶ


「はい!失礼します」小峰は、立ち上がり大石の後ろを急いで通りすぎた。





「相澤さん、待って下さい!」階段を降り、駐車場の方を向いた時、相澤は、なぜか一〇一号室のドアを叩いていた。


ドンドンドンドン、「夏々ちゃん、いるんだろ?もう、ダメだ。叔父さんが、場所探してあげるから、引越そう」


「相澤さん?」


小峰の声に耳を貸さずに、相澤は、ドアを叩き続けた。


ドンドンドン、「な、夏々ちゃん。最近、仕事にも行ってないみたいじゃないか?こ、ここにいたら、死んでしまう」


「相澤さん!落ち着いて、どうしたのですか?」事情を知らない小峰は、相澤を静止させようとした。


「お巡りさん、ここに姪っ子が住んでいるんです。さっき渡した鍵を早く」


「え?」


すると、一〇一号室のドアが中から勢いよく開いたのだ。


「叔父さん、ここにいたら死んでしまうってどういうこと?教えて?」ボサボサ頭の相澤 夏々が出てきた

「夏々ちゃん? 早くここを出よう」美容師の夏々を見てきた相澤 春樹は少しビックリしていた。


「そんなことより、また誰か死んだの?」叔父の春樹に詰め寄る 夏々


「いやー、上は大変なことになってますね」突然、声をかけてきたのは、中村謙二だった。


「中村さん!」夏々の表情がゆるんだ。


「あなたは?」小峰は、後ろから声をかけてきた人物に警戒をした。


「あ、私、ハウスクリーニング…特殊清掃業をしてます。中村謙二と申します。…俺がいて、この匂いに気づかないなんてね」中村は上に目線を向けて言った。


「中村君、からも言ってやって。このアパートは危ないって」必死に、味方につけようとする相澤


「ねぇ、叔父さん、何があったの?」必死に事情をしりたがる夏々


「夏々ちゃん、死体が出たよ。たぶん、入口ドアノブにネクタイか何かかけて、首を吊ったんだろうね」中村は目線はまだ、二階の部屋を向いている


「! 春叔父さん、クロスさん に連絡して! お願い!」さらに必死さを増した夏々だ。


「もう、無理だって、やめとこ。ね、夏々ちゃん」


「どういうことですか?何の話をしてるのですか?」まったく話しが見えない小峰


「春叔父さん、お願い!これが終わったら、引っ越しでも、仕事でも何でもやるから、クロスさんに依頼して!お願い!」



「相澤さん、俺からもお願いしますよ。夏々ちゃん、大好きな黒瀬くんの力になりたいだけなんですから…それに、よどんだ空気もなくなったようですから、きっと大丈夫ですよ」


「ちょっと、いいですか?くろす?黒瀬って誰ですか?」


「ちゃんと、後で説明しますね。お巡りさん」


「…わかった。最後だぞ。これが終わったら夏々、言うことを聞きなさい」


「ありがとう!春叔父さん!」


「やった!お兄ちゃんがくるんだ!」


その場にいた誰もが驚いた。

まさか、二階にいるはずの日葵がここにいたのだ。


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