七月
七月十九日 例年通り梅雨が明け、真夏日の暑い日
西区警察署は普段とは違う 忙しい一日になった。
夜勤明けで、非番となる小峰 由香子は、更衣室で制服から私服へ着替えを終えスマホでランチをする お店を検索していた。
すると、着信音をミュートにしている携帯が震え始めた。同僚で恋人でもある捜査第一課に在籍している門口 淳からの電話だった。
「はい、どうしたの?勤務中でしょ?」付き合っていることを公けにしてないので、小峰は少し辺りを気にして小声で電話にでた。
「由香子、まだ、署にいるか? 田中が見つかった」向うも署に居るのだろう。少し小声だった。
一瞬で小峰の目が座る
続けて門口は、「昼過ぎには、こちらに到着するみたいだ。詳しい事は、また後で話す」と言うと電話が切れた。
「…ありがとう。淳」 ふぅ、と大きく息吐き、気持ちを落ち着かせようとする小峰だった。
一本の無線連絡から、西区警察署は慌ただしくなっていた。
『扇ハイツ死体遺棄事件』(通称【蛹事件】)の容疑者の田中芳子が見つかったのだった。
都内の繁華街で『田中に似た人がいる』との通報を受け、警察官が調べたところ田中芳子本人と確定し逮捕に至った。
田中は、事件を起こしたアパートから電車で三十分ほどしか離れてない場所に住み生活していたのだった。
小峰は、田中が連行されてくるであろう入口近くの通路に居た。周りの同僚達は慌ただしく動いていたが、小峰の心情を知ってるので誰も声をかけずにいた。
この時期一番気温が上がる十三時過ぎ容疑者 田中芳子を乗せた覆面パトカーが西区警察署に到着した。地元テレビ局の報道カメラが一番乗りをしていた。
数人の刑事に囲まれて署に入って来た田中は、髪や肌にツヤがあり若々しく、とても指名手配中とは思えない風采をしていた。
小峰は、田中を見て押さえ切れない感情をあげてしまったのだ。
「どうして、あんな事ができた!!!」
通路から響く大声に周り全体がざわついた。
田中は、小峰を見ると「はぁ? 何? あんた誰?」
見かけと違う言葉使いが更に小峰を怒らせた。
「凜ちゃん を あんな凜ちゃん を一番先に見つけたのは私だ!お前は母親だろがぁぁ!!!」今にも殴りかかりそうなほどの大声を上げる小峰に対して、田中を保護しようとする刑事達
田中は、少し笑いながら 「知るか、バーカ!」と言い放った。
田中を囲っていた刑事も「もう、やめとけ!」の言葉だったが、小峰は田中の方へ拳を握り近づいた。
しかし、その行動を静止させたのが、パトロール中の大石だった。
大石も無線などで、田中が任意同行される事を聞き、駆けつけたのであろう。
大石を見た小峰は、その場で、怒りを押さえながら声も出さずにいっぱいの涙を目に溜めていた。
田中は、大きく腕を上げながら震えた中指を立て、警察署の奥に消えていったのだった。
夜になると、西区警察署の前には、各放送局が陣を張っていた。
AD「中継入ります。」
記者「はい、死体遺棄で指名手配中の容疑者 田中芳子が先ほど都内で発見され逮捕されました。現在、身柄が拘束されております。西区警察署前にいます」
MC 「警察からの発表は、ありましたでしょうか?」
記者「はい、警察の発表によりますと、現在、田中芳子は殺人に対しては否定しておりますが、死体遺棄については認めたもようです。 警察の方は、殺人の方向も視野に入れるとのことです」
SNSなどで、事件を知った者達が、警察署周りに集まり 報道陣を撮影して また、SNSに上げていた。
小峰は、まだ署に居た。きっと署を出てしまえば普段の空気に触れてしまい元の警察官に戻ってしまうのであろう。
「今は、教えること何もないぞ。何も食べてないんだろう?」
そう言って通路ベンチに座る小峰に砂糖無しミルク多めのコーヒーを差し出したのは、門口だった。
「ありがとう。うん、忘れてた」
「抜け出して仕事大丈夫なの?」
「ん?大丈夫だろ。 仕事は他の同僚でもできるが、由香子のフォローは俺しかできないからね」
「あー、はいはい。ありがとうございます」
「明日、週休だろ。一段落したら部屋に行こうか?」
「ん、大丈夫。明日 淳と会ったら事件のこと沢山聞いて、また怒りが込み上げると思うし、きっとテレビも見ない。だから大丈夫」
「…わかった。無理するなよ」
「了解。さ、早く戻って、ばれちゃうよ」
「連絡いれる」
「ん、ありがとう」
真辺輝雄は、苦学生であった。二浪の末、本命の大学には入れず、格下の大学に入り、卒業したものの就職にもつけず学生時代からしている駅前のコンビニのバイトと、自転車で食べ物の宅配サービスのバイトもしながら就職活動をしている。




