六月 ①
六月十八日 関東地方が梅雨入りをした。
船津道忠は、百万円以上するモニターの付いたゲーム専用の椅子に座り盗聴器受信機で隣の部屋一〇二号室の様子をワイアレスイヤホンで伺っていた。
しとしとと、小雨が降る中、一〇二号室の部屋を片付けているのは、中村謙二と黒瀬優だった。
二人は、先月 飛び込み自殺をした藤崎あいりの部屋 相澤不動産店の相澤春樹に依頼され清掃作業に訪れていた。
一昨日まで、藤崎の母親が実家から娘の身辺整理の為アパートに泊まっており、そして母親は娘の荷物の一部だけを持ち帰郷した。
「全部、処分していいって言われましたが、結構、お金になりそうなのありますね」黒瀬は、手際よくアニメのDVDやノベル小説などの箱入れ作業をしていた。
「そうだね。今回はラッキーだね。普通は、金になるものは処分している場合がほとんどか、金にならない物ばかりかだからね」と中村が段ボールを抱えながら答えた。
「これ、どうします?」ハンガーに掛かっている服を指さした。
「あー、コスプレの衣装か…処分だな。市販されている物なら売っても大丈夫だが、個人制作の物は出所がわかったら問題になるからね」
「…ですよね。もったいないな。人気のあるゲームキャラクター《ダブルR》の衣装なのに」
「何だい、ダブルRってバイクかい? 」
「???バイクってなんですか?SPSⅣ(スーパープレイステーションフォース)のオンラインゲーム「Release・Red」の略ですよ。攻略などの動画を上げているユアチューバーや、EJ3でライブ中継している人も多いですよ」
「…なんだか、わからないけど凄い人気のゲームなんだね。黒瀬君も、たまにゲーム配信してるよね。それ?」
「残念ながら、僕のは、ホラーチャンネルなので、ホラーゲーム以外はしません」
「そ、そうなんだ。…えっと黒瀬君、雨が小康状態だから荷物運ぶか」
「了解です」
黒瀬がアパートのドアを開けて、渡り廊下にでた時、隣の一〇三号室の扉も開いた。
出てきたのは隣の住人 船津道忠である。
「あ、あ、あの…すみません」小さい声で黒瀬に声をかけた。
「何ですか?」
「あ、あ、あの、処分するのがあったら、ゆ、譲ってくれませんか?」
「はぁ?」
「お願いいたします」
「どうしたの?」部屋の中から中村の声がした
「隣の人が、荷物譲って欲しいみたいですが」
玄関にまで来た中村が暫く船津を見て言った。
「ちょっと、上がりなよ」と船津を部屋に招いた。
「黒瀬君、ちょっと、荷物運んでて」
黒瀬は返事もしないで、船津を睨み付けながら段ボール箱を抱えて駐車場に止めてあるトラックに向かった。
黒瀬が三、四往復ぐらい後、また荷物を取りに向かうと、一〇二号室から大きなビニール袋を抱えた船津が自分の部屋である一〇三号室に入るのを見かけた。
「何なんですかアイツ しかも臭いし」
「彼氏なんだってさ」
「はぁ?…な訳ないじゃないですか」
「事情のある形見分けだよ。売れない下着類と あのコスプレ衣装…はい、これ」と一万円札を黒瀬に渡した。
「臨時収入だよ。黒瀬君」と人差し指を口にあてながら中村が言った。
「はぁ、いったい、いくら踏んだくったのですか?」
船津は、部屋に戻ると下着類には目もくれず、急いで袋から衣装を取り出した。
「この衣装に間違い。EJ3でアダルト配信していた。ダブルRのコスチュームだ」
何故、船津が知ってるのか。船津は、藤崎が越して来てからから、藤崎が居ない時間帯に何度か玄関が開いているか確認した事があった。そして、たまたま玄関の鍵を閉め忘れた日、船津に盗聴器を設置されてしまったのだ。
「先月、EJ3のアダルトライブでダブルRコスのエロ配信見たら、隣のあいり だったから弱み握ったと思ったのに、死んじゃったんだもんな。…どうせ死ぬなら、やらせてくれればよかったのに、やっぱりビッチだったんだな。早くこのコスをバックにしてゲーム配信したいな…そうだ!マネキン買わないと」 船津はHAMAZOONの通販サイトでマネキンをお菓子を食べながら探して始めたのだった。




