五月 ②
五月五日
扇駅前のコンビニでバイトする 橘田栄子は、大学も休みなので早番で出勤していた。
「なんか、寒いなぁ」
そう呟きながら外で掃除をしていたが下り電車が入ってきたので何となくホームを見ていた。
先ほど到着した電車から誰も降りてこない様子
「なんだろ、お客が誰も居ないなんて珍しい」と周りに人が居ないのを いいことに口に出していた。
すると、駅の入口から電車が到着してから十分程たって一人の女性が歩いて来た。藤崎あいり である。
藤崎のフラフラ虚ろな歩き方に目を奪われていた。
寒気と一緒に少し気味悪くおもった橘田は店内に戻ったが、藤崎はコンビニの前で止まった。自動ドアが開いてから入口の方を向き一瞬 間をおいてから、店内にうつむいたまま入ってきたのだ。
藤崎は、店舗入口に置かれたカゴを持つと、店内のチョコレート菓子、コーヒー牛乳、プリンなどを片っ端から入れ始めたのであった。
藤崎の行動を目で追う橘田。そしてレジカウンターにカゴが無造作に置かれた。
橘田は、店内に誰もいないので、ヘルプに店長を呼ぶこともしないで、カゴいっぱいのお菓子類をレジで打ち始めた。
打ちながら「レジ袋必要ですか?」の問に藤崎は、うなずく
大きな袋に商品を詰めながら橘田は、女性に声をかけてみた。
「甘いものばかりですね。女子会ですか?」
うぅぅぅ、と犬のような うなり声をあげると「全部、私の!私の!」ドン、ドンと藤崎は下をむきながら地団駄を踏み激しく言った。
「も、申し訳ありません」恐怖におびえた橘田は、これ以上声をかけなかった。
震える手で商品を渡すと、ありがとうございました。の言葉さえ出せなかった。
藤崎は、コンビニを出ると直ぐに袋に入った お菓子を取り出し食べながらアパートの方へと、うつむきながら歩いて行く。歩きながら、ボリボリと貪り、空いた袋は、路面に そのまま放置していた。
アパートのわきの細い通りからアパート玄関前のコンクリートの通りに入り、自分の部屋へ行く途中 一〇三号室の扉が突然開いた。
ドン!
隣に住む一〇三号室の船津道忠と接触してしまい藤崎は尻餅を着き買ってきた買い物袋が破けて扉前に散乱してしまった。
「っち、マジかよ。汚すなよ。ビッチが」船津は舌打ちを汚い言葉を投げかけた。
すると、藤崎は睨み「あぁぁぁぁぁ…!!!!」と大声をあげた。
「な、なんだよ」
藤崎は立ち上がり落ちた荷物を拾いもせずに自分の部屋まで走り、私物の手持ちバックから部屋の鍵を出そうと躍起になっていた。
「おい、どうするんだよ。この菓子!」
藤崎は鍵で玄関を開けながら「差し上げます!」と言い、急いで部屋に入り施錠したのだった。
船津は「ラッキー」と言いながら菓子を拾い始めたのである。
部屋へ戻った藤崎はベットに顔を埋めて
「何故、私はあんな事をしたの? 誰? 私じゃない! 絶対に私じゃない! 狂ってる! 狂ってる! やだ、やだ、やだ…」
あぁぁぁぁ…と、泣き崩れるのであった。




