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『蛹』~さなぎ~  作者: 木尾方
10/27

四月 ③

「その日は台風が近づいてきてて雨が降っていてさ。夕方近くに近所の住民より、田中のアパートが数日、静かすぎるとの通報を受けて、大石巡査部長と私で訪問したんだ。生安せいあん(生活安全部)から児童虐待の恐れがありとのことで連絡は受けていたんだ。本当は事件の翌日、凜ちゃんを児童相談所職員と生安で連携をとり保護するはずだったんだ。でも、通報があったから行かない訳も行かずに急遽、その場で保護できればと生安に連絡を取り 私達は先にアパートへ向かったんだ。

 アパートに着き、ノックをしても応答がなくさ、そしたら、ドアが少し開く感じがしたんだよ。本当はダメなんだけど、そのままドアを開けてみたんだ。鍵はかかっていなかった。入口から足の踏み場もないゴミだらけで、袋にも入っていない。無造作に置かれた、ゴミ、空き缶、吸殻、そして異臭、ハエやゴキブリなどの虫、そこらの段ボールや、紙で覆われた窓、人の居るはずのない空間だった。 逃げたのかと思った。子供を捨てて逃げてれば、まだよかった…」


息を大きく吸って小峰は、話を続けた。


「…だけど、入口からかろうじて見える部屋に、大きな塊りが見えてさ、大石巡査部長も、何か感じるものがあったのだろう。無線連絡入れてたよ。私は、その塊りに引き寄せられるかのように、そのまま部屋に入ってしまったんだ。六畳の部屋の片隅に一つだけ、くるまった物があったんだ。 近づいたらそれが子供がくるまっていると直ぐにわかったよ。市販のラップやビニール袋、ガムテープなどで顔や、胴体、全身をグルグル巻きにされていて、ミイラなのか…本当に『蛹』みたいだったよ。布団などは隣の部屋にあって、本当、まき散らしたゴミ部屋の中で、それだけがくるまっていたんだ。『あぁ、出してあげなくちゃって』思ったんだ。そして手を触れたら、グチュっとしててさ、中の体液が噴いてきたんだ。あぁ、なんて事だって思ったよ」


現場の声に高乃は黙って聞いていた。


「すぐに、応援が来たさ。後は、大体マスコミが報道している通りかな…何で、『蛹』って言われてるか知ってる?幼虫は、蛹になると成虫になる為に殻の中でドロドロに体が溶けてるのだってさ。テレビで心ないコメンテーターが言ってたよ。ふざけてるだろ」

そこで小峰は言葉を終わらせた。


実は、まだ母親が見つかっていないためか、世論の反響が大きくなるのかは、わからないが、報道されていない続きがある。凜が検視係に引き取られて検死解剖の結果、ラップで巻かれた時 凜は生きていたと解ったのだ。


小峰の管轄である西区警察署の一課に在籍している同期で恋人である門口 淳から解剖の結果を聞いたのであった。


今は怒りなのであろうが、小峰は、門口から聞いたその時は その場で、嗚咽を漏らして泣き崩れてしまったのであった。



衰弱していて抵抗できなかったのであろうか、それとも、死んでいたと思われていて巻かれたのか…いや、母親の芳子は途中で凜が生きていることには気づいていた。だが止めなかったのだ。巻かれた時は生きていて、殺されたのだ。





「凄いですね…」


「たまたま、私が居ただけだよ。もっと酷い現場もある。私は、田中がきっかけだっただけだよ」と無理やりにみをこぼす小峰だった。


休憩時間が終わりに差し掛かる頃、正面から、「おーい、午後のパトロール行くぞ」との声が聞こえた。同じ扇駅前交番に勤務する巡査部長の大石三郎おおいしさぶろうである。


「大石巡査部長、今、歯を磨くので待っていてください」と小峰


「あ、自分は、すぐに行けます。」とマイボトルの お茶で口を濯ぎ大石の方へ そそくさと行く 高乃


「お、高乃の方が早いか、今日はバイク乗っていいぞ。 小峰は自転車な」と体育会系のパワハラが出てきた。


「えぇ、それはないですよ」と休憩室から歯磨きをしたまま顔を出す小峰であった。







藤崎あいりは、昨年 高校を卒業し親に反対もされたが、何とか説得して、地方から声優を目指して上京した。

扇駅から徒歩十分ほどの込み入った住宅地の2ⅮK格安アパート 一〇二号室に住み、そこから都内専門学校の声優科に通っている専門学生である。


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