花火[最終話]
「沙和あ!」
少し離れた場所から、彼女を呼ぶ声が聞こえた。途端に俺は、彼女と繋いでいた手を離した。
花火大会で混み出した町を歩きながら、俺達はずっと手を繋いでいた。すれ違った何人もの人達の中には、きっと俺達がそうしている事に気付いた人もいただろう。
そんな気恥ずかしい状況の中で手を離さなかったのは、周りにいたのが他人だったから。二度と会わないであろう…いや、もし会ったとしてもすれ違う位の赤の他人。そんな人達に俺達の姿を見られても、全く構いはしない。
でも、相手が知り合いとなると話は違う。手を繋いでる所なんて見られたら何を言われるか…考えただけでも恥ずかしい。
彼女は手が離れたのに気が付くと、自分の手をちらっと見て、それから何か言いたげな目をして俺を見上げた。でもすぐに
「沙和、こっち!」
という彼女を急かす声が聞こえたので、俺から視線を逸らして声の主に向かい駆け出した。
彼女の後をゆっくりと追いかけると、その先には彼女の親友の水野明日香さんと、中学時代に俺と同じ野球部に入っていた田中の姿があった。
「高瀬君と一緒に来たんだ。」
水野さんが彼女に声を掛ける。
「仲いいね。」
そう言って俺を見た水野さんの目がさっきの姉ちゃんの目とかぶって、俺はその視線から目を逸らした。
「何?二人って付き合ってるの?」
水野さんの隣で、田中が驚いた声を上げる。それを聞いた水野さんが
「ええ?!田中知らなかったの?!」
と、更に大きな声を上げた。
「だって高瀬って、そういう話全然してくれねえもん。」
そうなんだ。俺はそういう話をするのが、滅茶苦茶苦手だ。他の奴の話なら黙って聞くけど、自分の話となると…。だってそういう話って照れ臭いし、そんなの本人が知っていればいいだけの事だ。だから今でもたまに連絡を取っている田中にさえ、俺達が付き合い始めた事は言ってなかった。
「…そっか。」
田中がため息混じりに、俺と彼女を交互に見ている。それには気付いてたけれど、俺は田中と目を合わせようとはしなかった。でも
「…やっぱりな。」
という田中の呟きに、俺は目だけを動かして田中を見た。
やっぱりなって、何だ?田中は何を“やっぱり”と思ってるんだ?
「何?何がやっぱりなの?」
水野さんも俺と同じ様な疑問を持ったらしく、キラキラした目で田中を見ている。水野さんの前にいる彼女も、不思議そうに田中を見ていた。
田中はそんな二人に視線を向けると
「だって高瀬って中学の時から、山口さんの事気にしてたじゃん。」
と言った。
それを聞いた俺は、弾かれる様に顔を田中に向けた。
気付いてたのか?!一体いつから…?!そして一体今、何を話そうとしているんだ?
!
田中が何も言わない様にと、俺はじっと奴を睨み付けた。でもそれは
「えー?!嘘!そうなの?」
と言う水野さんの好奇の目に負けてしまった様で、田中は俺を見る事もせず話を続けた。
「気付かなかった?…そうか、そうだよな。確かに高瀬って分かりづらいもんな。俺も初めは分かんなくて、逆に山口さんの事苦手なのかなって思ってたんだけど。でもよくよく見ると、素っ気ないくせに山口さんには優しいし、やたらと気にしてるし。だから多分嫌いなんじゃなくて、逆に山口さんを好きなんだって思った訳よ。…そういえば今思い出したけど、高瀬って明日香達が練習を見に来ると、何かちらちらと気にしてたよな?あれってやっぱり山口さんを見てた訳?」
田中の質問に、俺は答える事が出来なかった。それどころか、目を見る事さえ出来なかった。
その近くからも複数の視線を感じる。多分、彼女と水野さんの視線だろう。
……一体今日は何なんだ。姉ちゃんには行動を読まれるし、田中には過去をバラされるし…もう最悪だ!
だんだんムカついてきた俺は、ゆっくりと田中に近付くと、そのわき腹を拳で殴った。田中は
「いてーな!」
と大きな声を出したけど、そんなに強く殴ってないのに大袈裟なんだよ!
「何だよ!」
田中が睨む様に俺を見た。でも俺はその疑問に、直ぐには答えなかった。
彼女にカッコ悪い所を見せたくなかった。それに、俺はまだ彼女に“好き”という言葉を伝えていないのに、それより先に言った田中の言葉が本当である事を悟られたくなかった。
だから俺は田中に体ごと近付いて、彼女に聞こえない位の小さな声で
「余計な事言うなっ。」
と告げた。
「あ、沙和、瑞穂だよ。」
水野さんが遠くに向かって手を振りながら、彼女に声を掛けた。どうやらもう一人の親友の姿を見つけた様だ。
「ねえ、瑞穂の所行こう。」
そう誘われて、彼女は水野さんと共に小走りでその場を離れた。
俺はほっとため息を吐いた。これで彼女にカッコ悪い所を見せなくて済む…そう思った。
「なあ、」
彼女達が離れたのを確認した田中が
「で、どっちから告った訳?」
と俺に訊いてきた。
「…どっちだっていいだろ。」
そう俺は言ったけど
「もしかして高瀬から言ったの?」
という田中の言葉にムキになり
「俺じゃねえよ!」
と、思わず答えてしまった。
「ふうん、良かったな。…それにしても、高瀬ってそういう事全然話さねえし。」
「別にいいだろ。俺と沙和の事なんだから。」
「へえ、“沙和”って呼んでるんだ。俺も今度から山口さんの事“沙和”って呼ぼうかな。」
「何でだよ!」
「別にいいじゃん。みんな山口さんの事“沙和”って呼んでるんだし。」
「…止めろ。今まで“山口さん”って呼んでたんだから、これからもそうしろよっ。」
「祥太君!」
俺を呼ぶ彼女の声が聞こえた。俺は田中から視線を逸らし、声のした方に目を向けた。
そこには手を振りながら
「早くしないと花火大会始まっちゃうよ。」
と必死になる彼女の姿があった。その姿が可愛くて思わずにやけそうになったけど、隣に田中がいるのでなるべく冷静を装い
「ああ、今行く。」
と、彼女に返事をした。
田中がさっきの水野さんや姉ちゃんと同じ様な目をして、俺を見ている。ちょっとイラッとしたけど無視する事した。
俺は田中をその場に置いて足を進めると、彼女の元へと向かった。
〜END〜
最後まで読んでいただきありがとうございました!高瀬目線のお話、いかがでしたでしょうか。 『恋人の基準値』は、この話で終了となります。でも…しつこい様ですが、もう一つ番外編を投稿しようかと考えています(汗;) 新しいお話は『二人だけの基準値』(予定)という題名で、R15指定となります。初めての年齢制限有りの作品なので、どんな話になるか私自身も分かりませんが、よろしければ読んでやってください(苦手な方はスルーしてください) 投稿開始は六月上旬を予定しております。