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恋人の基準値  作者: みゆ
2/7

恋人の基準値[中編]

「え、高瀬君に言ってないの?」

「うん…。今日も部活があるみたいだし、何となく言えなくて…。」


 日曜日。お昼前に明日香と待ち合わせをしてご飯を食べて、私達は高瀬君の学校の最寄り駅へと通じる電車に乗り込んだ。その駅まではここから電車で一時間程。ちょっとした旅行みたいだ。

 こんな風に電車に乗ることなんて余りないからか、心臓が少しドキドキする。でもそれは楽しいからではなく、むしろ緊張から来ているもの。――本当に行っても大丈夫だろうか…。そんな思いが頭の中をぐるぐると巡っていた。


 明日香から高瀬君に会いに行こうと言われた次の日、私は彼の予定を確認する為、数日ぶりに高瀬君にメールをした。けれど返事は中々返って来なくて、漸く届いたのは昨日の朝の事だった。

 ドキドキしながらメール開いて文章を見た途端、心の中を悲しみに似た気持ちが襲ってきて、私は小さくため息を吐いた。

 日曜日も部活があるだろう事は、私にも予測がついていた。だからそれはどうでも良かった。“やっぱりな”としか思わなかった。

 問題はメールの文章。表示されたのは“部活”という、たった二文字の言葉。それ以外は何も書かれていない、本当に短いメール。

 最初にメールを貰った時から、高瀬君の文章は短かった。ほとんどが挨拶と用件位しか書かれていなかった。それでも私は嬉しかった。メールを貰える――それだけで喜びを感じていた。

 昨日だって、メールを貰えたことは嬉しかった。でも返事が遅れたのにその事については何も書かれていなくて、それどころか挨拶すらもなくて…。

 嫌がられてるのかな…。そう思った。高瀬君は私とメールするのが面倒なのかな…って。それと同時に、怒りに似た気持ちも込み上げて来た。だって、いくらなんでも文章が短すぎる。もし嫌なら嫌って、そう言えばいいのに…!

 そんな風に思ったら、今日高瀬君に会いに行く事がどうしても言えなくなった。だってもし言ったら拒絶されてしまうかもしれないし、拒絶されないにしても返って来るのがこんな素っ気ないメールだとしたら、そんなの見たくない。

 行かない方がいいんじゃないかとも考えた。でも一目だけでもいいから、高瀬君の姿を見たかった。行く事は言ってないから会えるかどうかも分からないけど、それでもどうしても会いたくて、私は複雑な気持ちを抱えたまま電車に揺られた。




 駅に着いて明日香と一緒に電車から降りると、見た事のない風景が広がっていた。その風景を見た途端、心の中を不安が襲った。

「どうする?とりあえず学校行ってみる?」

「うん…。そうだね。」

 明日香の言葉に頷いて、見知らぬ場所へと足を進める。

 高瀬君が通う付属高校は、駅から少し離れた場所にある。歩いてもなんとか行かれる距離だけど、それだと時間が掛かるし、迷う可能性もある。

 そう思って、私は昨日お兄ちゃんのパソコンで、付属への行き方を検索した。どう行けば迷わずに済むのか探していたら、付属行きのバスがあるのを見つける事が出来た。

 駅のロータリーでバスに乗り込み、空いている椅子に腰を下ろす。

 恐らくいつもは混んでいるだろうそのバスは、日曜日の昼過ぎというのもあり、比較的空いていた。乗っているのは年配の人がほとんどで、学生らしい人の姿はない。

 バスの中で私達はほとんど無言でいた。たまに言葉を交わしたけれど騒ぐ気にはなれず、ずっと窓の外を見ていた。私には見慣れない風景だけど、高瀬君にとってはもう見慣れなた景色なのかな…。そんな事を思いながら。明日香は私の隣でバスの中をキョロキョロと見回したり、私と同じ様に窓の外を見たりと、なんだか落ち着かなそうにしていた。

 途中から乗って来る人もほとんど居らず、駅から乗っていた人も次々に降りてしまったので、付属に着く頃にはバスの中には私達しか居なくなっていた。そのバスから降りて、ドキドキしながら付属の校門へと足を進める。

 学校の中からは、日曜日だというのに大勢の人の声が聞こえて来た。きっとみんな部活をしに学校に来ているのだろう。その中には高瀬君の姿もあるだろうか…。

 私服姿で知らない高校に足を踏み入れるのが躊躇われて、私達は塀に沿って付属の周りを歩く事にした。

 私達が通う東高には、学校の敷地と道路の間にフェンスが張られている場所があって、そこから校庭が見える様になっている。他の学校もそうかは分からないけれど、もしかしたら付属にもそういう場所があるんじゃないかと思ってそうする事にした。

 少し歩くと、私達の期待通り、フェンスの張られた場所が見えて来た。そこから大勢の男女の声が聞こえてくる。

 きっとあそこから校庭が見える。そしてそこには高瀬君の姿があるんだ…!そう思ったら、何故か足が動かなくなった。会いたいと思っているのに、緊張して足が進んで行かない。

「どうしたの?」

 そんな私を、明日香が不思議そうに見つめる。

「何か、緊張しちゃって…。」

「ここまで来て何言ってるの?ほら、沙和、行くよ。」

 そう言うと、明日香は私の手を引っ張って歩き始めた。


 その場所に着くまで、私は顔を上げられなかった。高瀬君の姿を見たいのに、気付かれたらどうしようと怖かった。

 高瀬君は、私を見たらどんな顔をするんだろう…。嬉しそうにする?嫌そうにする?メールの文章を見る限りでは、高瀬君は私を嫌がっている可能性がある。そうなると嫌な顔をされてしまう訳だけど、もしそんな顔をされたら、私はどうすればいいんだろう…。

「大丈夫だよ。」

 まるで私の考えが分かったかの様に、明日香が私に声を掛けた。

「いつでも会いに来ていいって、高瀬君言ってたんでしょ?だから自信持ちなよ。」

 自信…。そんなの持っていいのかな…?確かに私は高瀬君に『いつでも会いに来ればいいよ』と言われた。その言葉を信じていいの?

「沙和がそんな顔してたら、高瀬君だって困っちゃうよ。だから、ほら、笑って。」

「うん…。」

 笑えと言われても直ぐには笑えなかった。でも明日香が言った様に、私の所為で高瀬君を困らせるのは嫌だ。だから…もし高瀬君と目が合ったら、その時はちゃんと笑顔を作ろう。

「…あれ?!」

 フェンスの前に着いた時、明日香が驚きにも似た疑問の声を出した。その声に反応して顔を上げると、明日香が慌てた様に私を見て

「沙和!野球部いないよ!」

と言った。

「え…?」

 まさかと思い、私はフェンスに駆け寄って中を覗いた。そこからは私達が思った通りに、校庭が見えた。でもそこにいるのはサッカー部とかソフトボール部とかいった人達の姿だけで、野球部員らしき人の姿は見つけられない。

「ねえ、本当に高瀬君、今日部活なの?」

「うん…その筈だけど…。」

 私は必死で記憶を辿った。昨日来たメールには、確かに部活という文字があった。じゃあ何で今、ここに野球部の姿がないのだろう…?

「午前中だけだったとか?」

 そうなのだろうか…。あのメールには書いてなかったけれど、明日香が言う様に…。

「…ううん、違うと思う。前に高瀬君メールで“夕方まで部活やってた”って言ってたもん。だからきっと今日も…。」

「じゃあ何で居ないの?」

 何で…だろう。本当に何で居ないんだろう…。もしかしたら付属には校庭が二つあって、そのもう一つの校庭で練習しているとか……。

「あっ!」

 その時、私は前に高瀬君から送られてきたメールを思い出して、慌てて携帯電話を取り出した。そしてその文章を確認すると、携帯電話の画面を明日香に向けた。

「付属の野球部って、たまに市営のグラウンドを借りて練習してるって…。だからそこに居るかも…。」

 でも、市営グラウンドって何処にあるんだろう。そこまではこのメールには書かれていない。昨日の内に分かっていれば調べる事も出来たのに、どうしていままで思い出さなかったんだろう…。

「市営グラウンドって、一つ向こうのバス停の?」

「え?」

 明日香の言葉に、私は驚いて顔を上げた。

「明日香何で…そんな事知ってるの?」

「さっきバスの中に路線図貼ってあったじゃん。そこに載ってたよ。」

 そういえば明日香、バスの中であちこちキョロキョロと見ていたっけ…。私は気付かなかったけど、明日香はその時路線図を見つけて、そして次の停留所の名前まで覚えてくれてたんだ…!

「本当にそこなのかは分からないけど、とりあえず行ってみる?」

「うん。」

 明日香の言葉に大きく頷いて、私達は停留所に向かって足を進めた。

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