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そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)3.3 < chapter.8 >

 予期せぬ事故から一週間が経過した。この日、最も症状の重かったロドニーもようやく退院、特務部隊に復帰した。

 激しい嘔吐と下痢、呪詛毒による高熱と幻聴・幻覚に苦しめられたロドニーは、復帰早々、痩せこけた姿でこう言った。

「俺、これから毎日市内のいろんなパティスリーに通うことにしたんだ! ニセモノのお菓子の国に騙されないように、ホンモノを食って鼻と舌を鍛えるぜ! そのために……ジャジャーン! 教科書代わりに買ってきた『中央市うまいモン総覧スイーツ編/502年度版』!! みんな! 一緒に読もうぜ!!」

 この発言に、常識人のキールは口元を押さえて逃げ出した。

 チョコは青い顔をして後退り、ゴヤとレインは無言で首を横に振る。

 マルコは何も聞こえない素振りで手元の書類を読み耽り、ベイカーは両手を天に向けて『宇宙の友』との交信を試みている。

 しかし、トニーとハンクは前向きな反応を見せていた。

「いいと思うぞ。俺もすっかり騙された。あの水はキウイソーダだと思っていたのに、まさか血液だったとは……」

「人狼とケルベロスほどじゃあないが、人虎だって、それなりに嗅覚が良いほうなんだぞ? それでもあの世界は『お菓子の国』にしか見えなかったからな……」

「変な幻覚に騙されねえように、ちゃんとしたカスタードパイ食いに行こうぜ? イートインで焼きたてアツアツのを」

「どこかいい店載ってるのか?」

「分かんねえよ。まだ見てねえもん」

「なあロドニー、俺、カスタードパイよりチーズケーキがいい。レアじゃなくて焼いたほうで、硬いのよりフカフカ食感のが好きなんだ。その本、口の中でシュワってなるやつ載ってるか?」

「フカフカで、シュワ……? トニー、それ、ベイクドチーズケーキじゃなくて、チーズスフレかチーズシフォンじゃね?」

「そうなのか? チーズ味で焼いてあるのは、全部ベイクドチーズケーキかと思っていた」

「カスタードパイとチーズスフレ置いてる店あるかな? ……あ、ここ、両方あるって」

「じゃあそこがいい。今日の目標は『チーズ味のお菓子の名前を覚えること』にする」

「トニーはいつでも真面目だなー。それより、なあ。この三人で出かけるって、あまりない事だよな?」

「え? 三人? 他のみんなは……って、あれ? なんでミーティングルームに立て籠もってんの?」

「みんな人肉食ったショックでPTSDなんだ。しばらく甘いものは食いたくないって言ってたぞ」

「肉食種族以外は、こういう問題に対してはメンタルが弱いらしいな」

「マジで? 獣人状態で戦うと、けっこうよく口に入るじゃん?」

「ああ。血と肉片くらいなら普通に呑み込んでる」

「喉笛に食らいつくとどうしてもな」

「さすがに今回は呪詛毒のせいで死にそうだったけど、肉片くらいなら気にするほどじゃなくね?」

「俺もそう思う」

「でも、他の種族はそうでもないらしいんだ。キールなんてあれ以来、お菓子の話を聞くだけで便所に駆け込む有様で……」

「へー……生肉嫌いだったのかな? よく分かんねえな……?」

 本気で困惑する様子のロドニーを見て、その他の隊員たちは痛感する。


 やはり彼らは肉食獣だ。


 人狼や人虎、ケルベロスのように『牙による攻撃』が主体の種族は、血肉に対する抵抗感が薄い。噛みついた瞬間、相手の血が自分の口の中に流れ込むからだ。牙には皮膚片も肉片も付着するのだから、よくよく考えてみれば『食べていて当然』ではある。しかし、彼らが普段の生活でこうした『肉食獣の顔』を見せることは無い。

 滅多にない『種族間の違い』に直面し、隊員たちは冷や汗をかいていた。

 ミーティングルームに逃げ込んだベイカーは、その他の面々に小声で命令する。

「もしもあの三人がドラッグや呪詛を食らって暴走状態に陥ったら、解毒や術式解除は考えるな。直ちにその場を離脱しろ。ぼんやりしてると食い殺されるからな」

 隊員たちは一も二も無く頷いた。

 だが、彼らは知らない。本当に恐ろしい生命体は『理性を持った肉食獣』ではないということを。


 突如鳴り響くサイレン。

 続けて流れた緊急放送に、特務部隊員は一人残らず絶叫した。


〈魔導兵器開発部にて『亜空間ゲート』出現!

 ゲートからは大量のマシュマロモンスターが発生している!

 戦闘員は直ちに開発部に向かえ!

 繰り返す!

 魔導兵器開発部にて『亜空間ゲート』出現!

 ゲートからは大量のマシュマロモンスターが発生中している!

 戦闘員は直ちに開発部に向かえ!!〉


 誰が何をやらかしたか、理解できない者はいなかった。

 肉食獣も草食獣も人間も創世神も、てんやわんやの大騒ぎでオフィスを飛び出して行く。

 この日以降、騎士団本部で『焼きマシュマロ』という単語は肉食系種族への恐怖の象徴として使われるようになるのだが、それはまた別の話である。




 今日もまた、世界のどこかで火の手が上がる。


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