そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)3.3 < chapter.7 >
それから三時間後のことである。医務室で諸々の検査を終えたゴヤたちは、医務室前の廊下にいた。五人が身につけている物はペラペラ・スカスカの検査着一枚。正体不明の亜空間で謎の敵と交戦したため、衣類には未知の細菌、微生物等が付着している恐れがあった。身につけていた物は制服、ブーツ、その他装備品からショーツや靴下に至るまですべて回収され、王立大学に送られてしまった。今頃は細菌学、微生物学、魔法学、呪詛学等の教授陣が、いずれの分野の研究が優先されるべきか、激しい論戦を繰り広げていることだろう。
五人は丈の短い検査着で内股気味に長椅子に腰掛け、検査結果を待ちながら仲間の所在確認を始めた。
回収を免れた携帯端末で情報部に問い合わせてみると、あの世界で菓子類を口にした隊員はレイン以外の全員が王立病院に入院。特に大量の菓子を食べてしまったロドニーとチョコは、集中治療室に入れられているとのことだった。
レインは身体構造が特殊なシーデビルであるため、健康状態には何の問題もない。ジョリーがゴヤの銃に対応プログラムをインストールする間、あの世界の建物や乗り物、水道水として流れていたキウイソーダ、大気などを採集して回っていた。それらのサンプルと回収した装備品を届けるついでに、王立大学で採集時の状況説明をしているようだ。
シアンは情報部に戻り、記録用に飛ばし続けていた偵察用ドローンの映像を確認中。
ジョリーは自分の研究室でターコイズとゴヤの銃に残された戦闘データを解析中。
マルコは副隊長と隊長補佐の二人とともに、今回の件の後始末に奔走している。
一通り所在確認が終わったところで、今度は反省会のスタートである。
「これ、何扱いになるんスか? ナイルさん、さっきの電話の相手ピーコさんッスよね? なんか言ってました?」
「書類上は『訓練中の事故』扱いだってさ。下手に隠すとロクなことにならないから、素直に『魔法が暴発しました』って発表するって。明日朝イチで魔法省の調査官も来るみたいだよ?」
「うわ、マジっすか。嫌だなぁ……あの人たち、自分が使えない魔法の話だと初っ端からキレ気味なんスよね……」
ゴヤのボヤキに、ラピスラズリが苦笑する。
「まあ、調査官は地道に検定試験受けてのし上がってきた一般採用組だからな。固有魔法がある種族にコンプレックス持ってんだろ?」
「ラピさんも調べられた事あるんスか?」
「あるぜ。つーか、話してなかったっけ? 俺、元々魔法省の『管理物品』だって」
「管理物品?」
「俺、『ジェイク・フェンリオン』て人間の遺伝子改変クローンなんだよ。俺自身がメイド・イン・魔法省」
「え……クローンって、ラピさん? それ、マジっすか?」
「ああ、嘘じゃねえよ。特務部隊時代の『ケント・スターライト』って、本名じゃ無いからな? 本名は『試作二号』」
「二号さんッスか。マジそれっぽいじゃないッスか」
「『ぽい』んじゃなくて、ホンモノだってば」
「はー……クローン人間って、意外と身近にいるモンなんスねー」
「それ言ったら、俺よりもっと珍しいのも目の前にいるだろうよ」
「あ、ター子さん!」
「どーもー。戦闘用キメラでーす」
「キメラ人間て、誰と誰が合成されてるんスか?」
「名前は公表禁止。頭数は十二人」
「そんなに!? 意識とかどうなってるんスか!?」
「んー……表層に出ている意識は一人分。記憶は常に全員分って感じかな?」
「てことは、ある日突然、赤の他の人の記憶も自由に見れるようになっちゃった、みたいな?」
「うん、まあ、そんな雰囲気だ。慣れるまでは、ちょっと面倒くさかったな」
「それじゃあ、ぶっちゃけ、今俺が話してる『ター子さん』は元々誰さんなんスか? 名前以外なら聞いてもOKなんスよね??」
「あー……『前世』言っちゃっていい流れか? 実は俺、地球人だったんだけども……」
「えっ!? 地球人!?」
「飲み会の帰りにうっかり道を間違えたら異世界にいて、よくわからないまま大冒険して、なんだかんだでキメラ人間にされたんだ。びっくりだよな」
「いやいや、びっくりなんてモンじゃあねえッスよ。うっかり別の世界まで歩いちゃうって、かなりひどい酔い方ッスよ? どんだけ飲んだんスか?」
「いや、ホント、どう歩いてきたのか何も覚えていないほどで……。だから近頃では、酒は控えることにしてるんだ」
「あー、そッスねー。それ健康的で良いと思うッスー」
この会話のどこにツッコミを入れたらいいのか。『ごく普通のネーディルランド人』として生まれ育ったナイルは、救いを求めてトニーを見た。だが、トニーの祖父はこちらの世界に迷い込んだまま定住してしまった中国人である。満面の笑みで「近所に中華料理屋はありましたか?」などと質問していて、ナイルのアウェー感は高まるばかりだ。
しばらく続いた謎会話だったが、幸い、ナイルの精神が崩壊するより前に『アツアツ水餃子で唇を火傷しないテクニック』の話は終了した。
解析結果を携えて、いつも通り発狂気味のジョリーがやってきたのだ。
「クハハハハハハ! 皆さん! 大変興味深い結論が導き出されました! こちらをご覧ください!!」
と、言われて提示された画面が理解できたためしはない。一同、無言でうなずくことによって先の話を促す。
「フフフ、いいですか、皆さん。この波形図はゴヤさんの銃にチャージされた魔力を個別に表したものです。一番はゴヤさん、二番から十三番までがターコイズさん、十四番から十六番がトニーさん、十七番と十八番がラピスラズリさんです。興味深いのはここ! 十九番と二十番! 十九番の玄武と、以前計測したマルコ王子の魔力波形を重ねてみますと……」
「あ! ぴったり一致!?」
「はい! これは指紋や声紋と同じく、例え親兄弟でも、全く同じ波形はありえないものです! それが一致した! こんな話は聞いたことがありません!! さすがは神!! 実に面白い現象です!!」
「じゃあ、二十番は? それ、もしかしてアストライアさんの……?」
「はい! そしてなんと、この波形と同じ魔力を持つ人間も存在しました!」
「え、誰!? 俺たちの知ってる人!?」
「ククク……ではここでご覧ください。あえて表示を消していた二十一番、ナイルさんの魔力波形を!!」
ピコン、と表示された波形は、アストライアの魔力波形と全く同じものだった。
これがどういうことかを問う前に、ジョリーは抱えていたアルミケースを開き、研究者特有のせかせかとした口調で話を始めている。
「まったく同じ魔力波形が二つ検知されたため、ゴヤさんの魔導式短銃はこれを『何らかの不具合』と判断し、セーフティシステムを起動させていました。セーフティシステム実行中は騎士団のデータベースに登録された『安全が確認されている魔力』のみを抽出・チャージし、それ以外の魔力を予備バッテリーに振り分けます。つまりこの場合、魔力圧や属性データがハッキリしているナイルさんの魔力だけが使用され、登録情報のないアストライアさんの魔力は魔弾に変換されず、そのまま残された。彼女の魔力は、この予備バッテリーにチャージされたままということになります」
「……えーと? それって、つまり……?」
「神的存在に実体はありません。実体がなければ『物理的な死』も存在しない。『神の力』がここに残されている以上、正義の女神はまだ生きています。この銃のバッテリーパックの中には、正義の女神が封じられているはずです」
「……マジで?」
「はい。ただ、問題が一つ」
「なに?」
「適切な取り出し方が分かりません。『神』がエネルギー生命体であるならば、そのエネルギーを留めておくための『器』が必要になるでしょう。ですが、彼女の『入れ物』として使われていた秤は分解されてしまいました。代わりになりそうなモノは目の前にありますが、嫌な予感しかしない選択肢なので、まったくオススメできません」
「それってもしかして……」
「もしかしなくても……」
「同じ波形なら……」
「ナイル……?」
仲間の視線を一身に受け、ナイルは慌てて首を振る。
「大失敗してモンスター化なんて嫌だからね!?」
それはそうだ。誰もそんな結末は望んでいない。
全員の反応を見たうえで、ジョリーは魔導式短銃のカバーパーツを外す。そしてバッテリーパックを取り出し、ゴヤに手渡した。
「開発部のほうで破損伝票を切っておきました。書類上では戦闘中に破損したことになっています。愛用の武器を破損後も手元に置きたがる騎士団員は多いので、まあ、そういうことで……」
「ジョリー……ありがとう……」
「では、私はラボに戻って研究を続けます。魔弾による空間断裂への干渉が可能であることが証明された以上、更なる性能向上に努めねばなりませんので……ククク……そう、武器の性能は日々向上するものですからね……クク、クハハハハハハッ! では、失礼しますよ……」
なにやら不穏な笑いを浮かべながら、ジョリーはいつもの摺り足でヌルヌルと立ち去った。
残された面々はゴヤの手の中のバッテリーパックに目をやり、首をかしげる。
「この中に、神が……?」
「でもまあ、玄武もその日の気分で実体化していたり、していなかったりするワケだから……ありえないとは言い切れないし……」
「ゴヤ、これ、どうする気だ?」
「んー……無くしたり壊したりするといけないから、オフィスのロッカーにでも仕舞っておこうかな……」
「ガッちゃん、それやめたほうがいいよ。特務部隊オフィスって、情報部なら割と自由に出入りできるから」
「そうだな、監査名目で持って行かれる可能性もある。俺たちはガルボナードの意思を尊重するつもりだが、他のセクションの動向までは把握できないし……」
「それにウチだけじゃなくて、王宮のほうからも干渉があるかもしれねえぜ?」
「え、じゃあ、どうしたら……」
「持ち歩け」
「それしかねえ」
「頑張って守ってね」
「えー……」
うろたえるゴヤに、トニーが言う。
「お前が惚れて口説いた女だろ? 守ってみせろよ。何があっても」
「っ!」
思いがけず飛び出した硬派なセリフに、先輩たちは「おー」と言いながら拍手して見せた。
トニーにバンと背中を叩かれ、ゴヤは居住まいを正して誓いを立てる。
「あー……その……アストライアさん、聞こえますか? 俺は、あなたを守ります。あなたを元の姿に戻す方法が分かるまで、絶対に、守り抜いてみせます。えっと……正義の女神様相手に、何に懸けて気持ちを誓うべきなのか、よく分からないんスけど……誓わせてください。俺は、もう一度あなたに会いたいんス。……今の俺は、『有罪』ですか?」
手の中に握られているのは、外見上は何の変哲もないバッテリーパックである。だが、この時ありえないことが起こった。
「イテッ!?」
パチッと弾けるような痛みを感じ、手を開くゴヤ。すると、端子部分に触れていた皮膚がごく小さな火傷を負っていた。
機器に接続されていない状態で放電されることはない。それなのに、なぜか発生した一瞬の放電。その放電によってつけられた火傷痕は――。
「……アストライアさん、ちゃんとここにいるんスね……」
「ばっちり両思いだな」
「うぅ……ガッちゃんが俺より先に婚約とか、ショック大きすぎなんだけど……」
「そのマーク、火傷が治ったらタトゥーで入れ直したらどうだ?」
「ター子、ナイスアイディア! 手のひらに剣と天秤のタトゥーって、普通に格好良いよな!」
「入れ墨かぁ……なんかあれ、痛そうで怖いんスよねぇ~……」
口ではそう言いながら、ゴヤはまんざらでもない様子で火傷を見つめている。
大剣に吊るされた天秤。
その左右の皿には、同じ大きさのハートマークが一つずつ乗っていた。