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そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)3.3 < chapter.4 >

 ウェディングケーキの城の裏手、飴細工のフラワーアレンジメントの根元に出現した六人は、簡単な手順を打ち合わせた。

 ラピスラズリとターコイズは女ゾンビに攻撃。ナイルは二人のサポート。

 女ゾンビの気を引いている隙に、残りの三人でレインとジョリーに合流。マルコの救出に向かう。

 これ以上の手順を決めようにも、この世界について詳細が分からない。現時点では『臨機応変に現場対応』としか言いようがなかった。

「準備できたか、ターコイズ」

「ああ。そっちは?」

「ばっちりパーペキ、OK牧場!」

「わぁ~、オッサン語ぉ~。どんだけぇ~?」

「俺よりオッサンが何言ってんの? 更年期とか大丈夫?」

「まだ始まってねえよバーカ」

「老眼は? かすみ目に効く目薬持ってるけど、使う?」

「あ、うん、借りるわー……って何で持ってんねーん!」

「からのシェイクハ~ンド!」

「仲良しか!」

「仲良しだろ?」

「あ、うん、まあ……ヘヘッ」

「フフッ」

 これは標準的なツッコミの手を素早く取って握手に持ち込み、ボケにボケを重ねていく『流しっぱなし』のスタイルだ。ほのぼの、オチ無しで場を和ませつつ進行していく高度な掛け合いで、よほど息の合ったコンビでなければ成立しない。

 そしてこれが成立するということは、相方の状態に問題はないということだ。

 未知の敵に挑むにあたり、相方の心身に不調があっては背中を預けることができない。いざというときに困らないよう、二人は互いのチューニングを確認していたのだ。

 感度良好。ボケもノリもツッコミもテンポ感も、何の問題も無く平常運転である。

 サポートのナイルも、二人の『間』に合わせて声をかける。

「そんじゃ始めようか? 標的の近くまで俺が誘導する。ター子さんはオレンジ、ラピは青の光を追って。途中でルートが分かれるから、そのつもりで」

「了解、オレンジだな?」

「いつでもいいぜ」

 ナイルは他三人に目配せし、それから指でカウントを取る。


 五、四、三、二、一、Go!


 二人は勢いよく飛び出した。

 《幻覚魔法》で姿を消し、《バスタード・ドライヴ》での全力疾走。彼らが走っているのは地面ではない。二人は風の魔法で圧縮空気の『道』を作りながら移動している。

 女ゾンビは町の端のほうの家を持ち上げては、窓から中をのぞいて、再び戻す作業を続けていた。そのエリア全域をオーブンシートで囲み、見失ったレインをしらみつぶしに探しているのだ。

 ラピスラズリとターコイズはその上空を飛び越え、女ゾンビの顔のすぐそばを駆け抜ける。その際、耳の穴に向けて《豪焔穿孔バーニングスクリュー》と魔弾《ティガーファング》をお見舞いする。奇襲攻撃は一撃目で急所を狙うのがお約束である。

「ギャアアアアアァァァァァーッ!?」

 右耳に風と炎で作り上げた巨大ドリル、左耳に貫通力特化型の魔弾を食らったのだ。百メートル級の巨大生物であっても、いくらかはダメージが入ったはずだ。

 二人は背後に回り、女ゾンビの後頭部と背中に《火炎弾》と《真空刃》を連射する。

「な、なに!? なんなの!? 痛い!」

 どうやら痛覚はあるらしい。振り向きざまに振り回される手を回避しつつ、通常生物であれば防御力の低い脇腹や首に攻撃を続ける。

「なにかいる! いや! やめて! 痛い! 痛いよぉ~!」

 この声だけを聞いたならば、無抵抗の女性を一方的に攻撃することに罪悪感を覚えたかもしれない。しかし、視覚がそれを否定する。


 悲鳴を上げる女ゾンビ。

 その口の内側には、おびただしい数の呪陣が浮かび上がっていた。


 その呪陣は二か月前、訓練場の地面に浮かび上がったものと全く同じだった。

 魔力の強い人間が誰かを強く恨みながら死ぬと、精神エネルギーが呪詛に変換されてその場に残る。そんな呪陣が口の中に浮かび上がっているということは、この巨大女ゾンビは呪陣の数と同じか、それ以上の数の人間を食い殺してきたということだ。

 ラピスラズリは訓練場での出来事を思い出した。あの時、ロドニーの足元からは黒い霧が生じていた。そしてつい一週間前、造成地で巨大亀と交戦した際にも同じ霧が発生したという。それはミュージアムの件でも、過去の『意識が飛んだ』案件でも必ず目撃されている。標的を撃破した後は綺麗さっぱり消え失せるのだというが――。

「……やっぱり、あいつが原因なのか……?」

 謎の黒い霧、正体不明の危険生物、神的存在や超常現象。ここ数年のそういった事案のすべてにロドニーが関わっている。関連性を疑うなというほうが無理な話である。

 ラピスラズリが独り言のつもりで呟いた言葉に、ターコイズが返事をよこす。

「だとすれば逆にありがたい。これまでと同様の事象であれば、とにかく『危険生物』を倒せばいいんだからな!」

 言いながら、ターコイズは魔導式ガトリング銃を構えた。

 安全に呪詛を祓うには専門的な知識と技能がいるが、何の知識もない一般人でも祓えないことは無い。


 火をつけて燃やしてしまえば良いのだ。


「丸ごと焼く。合わせてくれ! 魔弾装填、《錬金変性焼夷弾アルケミカル・ナパーム》!!」

 六つの銃口から立て続けに発射される魔弾、《錬金変性焼夷弾アルケミカル・ナパーム》。これは原子の錬金変性を行い、主燃焼材であるナフサとアルミニウムを作り出す非常に特殊な魔弾である。着弾点周辺を広範囲にわたって焼き払うことができ、通常は十分から十五分ほどで酸欠による自然鎮火に至る。風属性のターコイズとは非常に相性が良く、錬成材料の空気をかき集めることも、炎に酸素を送り込むことも容易である。

 撃ち込まれる側にとっては悪夢以外の何物でもない錬金変性焼夷弾。ターコイズはそれを魔導式ガトリング銃で大盤振る舞いしてみせる。


 着弾、爆発、延焼。


 慌てて火を消そうと、女ゾンビは体中を手で叩く。しかし、ゲル状の燃焼材が衣服にベッタリと付着しているのだ。ただの炎と違い、叩いたり抑えたりした程度では消すことはできない。

 ラピスラズリはターコイズに合わせる形で風の魔法《空中竜巻ファンネルアロフト》を使った。新鮮な空気をガンガン送り込み、炎を煽る。

 あっという間に燃え広がる炎。

 だが、女ゾンビはここで思いもよらない行動を見せる。

「熱い! 熱いよ! お水、ちょうだいよおおおぉぉぉーっ!」

 そう叫びながら自分の首を切った。

 吹き出す血液。女ゾンビはその血を手につけ、全身を洗うようにゴシゴシとこする。

 焼夷弾の炎は、ゾンビの血液であっという間に消されてしまった。

「なっ……」

「マジかよ!」

 本能的に危険を察知し、二人は女ゾンビから離れる。その行動が正しかったことは、ほんの五秒後に証明された。


 全身から噴き上がる黒い霧。


 この霧は呪詛毒だ。吸引すれば心身に著しい不調を来す。二人はお菓子の町が乗ったテーブルの下に逃げ込み、テーブルクロスの隙間から様子を窺った。

「……なあ、ラピ? あれ、何してると思う?」

「あ? そりゃあ、焼けた服を脱いでるに決まって……て、おい。なんだよ、アレ……」

 女ゾンビは全身を掻き毟り、焼け焦げた皮膚を引き剥がしていた。

 床に落ちた皮膚片は黒い霧となって消えるようだが、皮膚を剥がした体のほうはというと――。

「マジか。皮剥がしたトコ、ノーダメージじゃねえかよ……」

「そんな馬鹿な……」

 一皮剥けて元通り、身につけている衣服までもが初めに見た通りの姿に再生していた。


 これは攻略不能な存在なのだろうか。


 二人の脳裏に、『ほどほどに戦って撤退』という選択肢がちらついた。その瞬間、ナビゲーション用の小型ゴーレムを通してナイルが言う。

「待って、よく見て! ノーダメージじゃないよ。エンカウント時のサイズは102mだったけど、今は少し縮んで96mになってる!」

「本当か? じゃあ、一応こっちの攻撃は通ってるんだな?」

「-6mか……。元が大きい分、肉眼では分からないくらいの変化だな……」

「もう一つ良いお知らせ。シアンチームはジョリーとの合流に成功。で、今はこの世界の魔力波形や魔力圧なんかを解析して、ガッちゃんの魔導式短銃に対応プログラムをインストール中だってさ」

「は? 対応プログラム?」

「なんだそりゃ?」

「この世界そのものがマイナス干渉波で構築されていることが分かったんだって。俺たちがいつも使う魔法はプラス干渉波だから、真逆のエネルギーをぶつけることで、世界そのものへのダイレクトアタックが可能らしいよ?」

「世界そのもの……って、なんだ?」

「スケールがデカすぎてワカラン。銃を改造して、具体的に何を撃つ気だ?」

「天井とか壁とか言ってるよ。ここがオリヴィエ・スティールマンの件で落ちた亜空間と同類の世界なら、ニセモノの『壁』で本物の世界が隠されている可能性がどうとかって……」

「ジョリーが?」

「そ、ジョリーが」

「それなら間違いないだろうな」

「ああ、あいつはナイルと同じ種類の人間だからな。言っていることは支離滅裂でも、結果的にはだいたい正しいぜ」

「ねえラピ? それ、褒めてんの?」

「あんまり」

「だよね?」

 ジョリーが変人であることは間違いないが、それ以上に天才であることもまた事実である。天才魔法工学者が必要と感じ、天才ゴーレムマスターがそれを信じたのなら、兵隊はおとなしく従うまでだ。

 ターコイズは魔導式ガトリング銃の動作チェックをしながら尋ねる。

「それなら俺は、このまま焼夷弾をボカスカ撃ちまくっていればいいんだな?」

「うん。ター子さんが火をつけて、ラピがそれを煽る感じで」

「OK。ラピ、次は下から順に放火していくぞ」

「ああ、それ、無駄がなくていいな。じゃ、そろそろ」

「第二弾、くれてやろうじゃないか!」

 女ゾンビが全ての皮膚を剥がし終えた瞬間、二人はテーブルの下から飛び出して攻撃を再開する。

 両足の間を潜り抜けながら内腿のあたりを撃つターコイズ。驚いて足を開く女ゾンビ。そのとき、ターコイズは念願の『巨女のパンチラ』を目撃できるはずだったのだが――。

「なんてこった! クソ! そうきたかぁ~っ!!」

 インカム越しに聞こえてきたターコイズの嘆きに、ラピスラズリは義理で尋ねる。

「何が見えた?」

「こいつ、ゾンビのくせにパニエとドロワーズで完全防御してやがる!! カワイイお花柄の白レースしか見えない!!」

「残念だったな! 早く帰ってエロ本の続き読もうぜ!」

「ああ! とっとと終わらそう!!」

 盛大にぶちかまされる《錬金変性焼夷弾アルケミカル・ナパーム》。それを撃ち出すガトリング銃は、ターコイズのためだけに特別開発された一点モノの特殊兵器である。


 魔導式ガトリング銃『ヘヴィーゲイジ』。

 魔導整流器コンバーターの二十四連並列回路を組むことにより、チャージされた魔力を魔弾に変換する時間を理論上最短の0.1秒にまで圧縮。体感的にはチャージ時間ゼロでの高速連射が可能となっている。


 この銃ならば本人の魔力切れまで際限なく焼夷弾を撃ち出せるが、これだけ巨大な敵には、いったい何千発撃ち込む必要があるのだろう。無駄撃ちで魔力を消耗することは極力避けていきたかった。

「ラピ!」

「了解!」

 太腿のあたりにつけられた火は、ラピスラズリの起こした風によって見る間に衣服に燃え広がる。

 あっという間に火だるまになる女ゾンビ。再び掻き切られる首の血管。

 直ちに二人は離脱し、テーブルの下へと入る。

 血によって炎は消され、黒い霧が噴き出し、焼け爛れた皮膚は掻き毟られ――。

「ナイル、今何メートルだ?」

「約90m」

「一皮あたり六メートル?」

「だとすれば、あと十五回くらいで終了だぜ」

「いや、たぶんもうちょっと手古摺るよ。今の二回はクリーンヒットだけど、相手が対応策取ったら攻撃が通らなくなるし」

「ま、そうだよな。馬鹿みたいに突っ立ったままなんてありえないか」

「で? ター子、次はどこから狙う?」

「もう一度下から行こう。二連続で下から攻撃すれば、『床に何かいる』と思うだろう。床に視線を向けていてくれれば、その次の攻撃がしやすくなるはずだ」

「OK。じゃ、三で出るぞ。いいな? 一、二の……」

「三!」

 テーブルの下から飛び出し、女ゾンビの足を攻撃。先ほどと同じ攻撃は意外なほどあっさりと通ってしまった。


 着弾、爆発、延焼。それから首が切られ、火が消え、皮膚が剥がされ――。


 まるで同じ映像をリピート再生しているような、非常に気味の悪い光景だった。

 だが、それ故に気付く違いもある。

「ナイル、あいつの眼球、最初と比べて色が薄くなってないか?」

 ターコイズの指摘に、ナイルは手元の端末で録画映像を確認する。

「あー……うん、薄い。元は光も反射しないくらい真っ黒だったけど、少し薄くなってる。まあ、今も黒いことには違いないんだけど……」

 画像を拡大するナイル。すると、色が薄くなったことで眼球表面の様子が分かるようになった。


 眼球を黒く見せているのは、びっしりと重なり合った呪陣である。


「うっわ! 目玉の黒いの、全部呪陣! 何百個も重なり合って真っ黒に見えてるんだよ!!」

「口の中だけじゃないのか? まさか、体中全部……?」

「何千人食い殺せばそうなるんだってぇの……」

「さあな。何万人かもしれんが……」

 この敵が当初考えていた以上に危険な何かであることは分かった。だが、だとすると余計におかしいことがある。この女ゾンビは、これまで一度も攻撃らしい動作を見せていない。三回も全身を大火傷させられたら、防御や回避くらいはするものだが――。

「なあ、ちょっと様子を見てみないか? なんだかこいつは、攻撃してはいけない気がするんだが……」

「ターコイズ? 何言ってんだ?」

「一分でいい。皮を剥がし終わった後、何をするか見てみよう」

「えー……どうする、ナイル?」

「いいんじゃない? ぶっちゃけ、この攻撃法で合ってるのかどうかも分からないし」

「じゃ、ちょっと待ってみるか……」

 焼け爛れた皮膚を剥がし終えた女ゾンビは、しばらくは何もしなかった。

 ぼんやりした顔で立ち尽くした後、キョロキョロと辺りを見回し、首をかしげた。

「オオカミ? 来てくれたの? どこにいるの? どうしてオオカミの気配がしないの?」

 ラピスラズリとターコイズは顔を見合わせる。

 報告書は情報部にも回ってきている。オリヴィエ・スティールマンの境界面突破ブレイクアウトで落ちた亜空間と、そこにいた『かつて神だった存在』。あれは間違いなくロドニーを狙っていた。そしてこの女ゾンビと同じように、『オオカミ』の出現を待ちわびていたという。

「……なあ、ター子? これって……」

「ああ。主役不在じゃあ、埒が明かないやつかもしれん」

「でもあいつ、生ゴミ食って食中毒なんだろ?」

「あー……今頃ウンコ漏らしてるかもな……」

「いくら緊急事態でも、ウンコマンは呼び出せねえって……」

 そう言っている間に、女ゾンビはお菓子の町に手を伸ばしていた。

「どこ? どこにいるの? ねえ、どこ……?」

 お菓子の家を手当たり次第持ち上げて、窓から中を見ている。

「ヤベエ! シアンたちが見つかっちまうぜ!」

「攻撃を再開しよう!!」

「ナイル、俺たちは大丈夫だ。シアンのサポートに回ってくれ!」

「了解」

 ナビゲーションランプの消灯を確認すると、二人は四度目のアタックを開始した。


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