表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/8

そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)3.3 < chapter.2 >

 亜空間の中は、ロドニーが言った通りのお菓子の国だった。

 巨大なウェディングケーキの城、フルーツグミが敷き詰められた広場、噴水はチョコレートファウンテンで、フルーツタルトの停留所にスティックチーズケーキの路面電車が到着する。町を歩く人々はケーキの飾りに使われる砂糖人形やジンジャークッキーなどで、身長は自分たちと同程度。まるで自分が小人になってしまったような気分だった。

 特務部隊員はお菓子の家の間、狭くて暗い路地に隠れ、ひとまず町の様子を窺うことにした。


 砂糖人形の老夫婦。

 アイシングクッキーの男の子。

 猫型のクッキーを抱いたチョコレート細工の少女。

 ジンジャークッキーが店らしき建物に入ると、しばらくしてチョコレートでデコレーションされて出てきた。人間でいうところの『お洒落なブティック』か『美容サロン』のようだった。

 ケーキのデコレーションに使う銀色のアラザンが通貨なのだろうか。小太りの砂糖人形がアラザン五粒を支払い、露天商らしきウェハース人間からチョコレートの帽子を受け取っていた。


 あまりにもスウィートすぎる世界観に、戦闘訓練中だった騎士たちの頭は回転が追い付かない。

「あー……トニー? 冥府ってこんな所じゃないよね?」

「修羅の国の水道水ってメロンソーダか? あ、違う。これキウイソーダだ」

「いきなり飲むってブレイブたぎりすぎじゃない!? てかさ、家の裏手の薄暗い路地にある水道なんて、どう考えてもゴミ箱洗うヤツじゃん!? 何で躊躇なく飲めるの!?」

「ん? 匂いを嗅いでみて、大丈夫そうだったら大丈夫だぞ。地球人の祖父の教えだ」

「タフネスが過ぎるよ地球人……。つーか、なんで俺たちの魔法でこんな激甘空間に繋がっちゃうんだろうね? 冥府と修羅って、足しても引いても血生臭そうなイメージしかないんだけど……」

「俺が知るか。とりあえず、その辺の人間に話しかけてみれば何か分かるかもしれない」

「え、やめとこうよ。なんか嫌な予感するし……」

 ゴヤはチラリとベイカーを見る。だがベイカーは路地裏に積まれたフィンガーチョコレートや金平糖をつまみ食いすることに夢中で、ゴヤとトニーのやり取りに気付いていない。キールやハンクたちも同様だ。

「えー……路地裏に積まれてるのって、普通、ゴミなんじゃ……」

 どれもこれも、割れたり欠けたりしている。間違いなくゴミだろう。

 この世界の常識で彼らを見たら、路地裏で生ゴミを貪り食らう不審者以外の何者でもないのではないか。

 そう思った瞬間、ゴヤはこの世界が『夢いっぱいのお菓子の国』ではない気がしてきた。

「うーん……なんか、こう、しっくりこないんだよなぁ……?」

 他に指示を仰げそうな人物はロドニーかマルコである。だがゴヤの視線が彼らを捉える前に、黒犬は路地から出て通行人に話しかけていた。

「あの、すみません。ちょっとお尋ねしたいのですが……」

「はい、なんでしょう?」

「なんの御用かしら?」

 仲睦まじく手をつないだ男女は、トニーの呼びかけにくるりと振り向いた。

 結婚披露宴のケーキに使われる飾りの人形なのだろう。頭部は細やかに作り込まれた砂糖菓子、身体は飴細工で、ドレスと燕尾服はチョコレートや金平糖、色とりどりのアイシングで装飾されている。

「おや? 犬? なんて精巧な作りなんだろうね。毛並みまで再現されているよ」

「ええ、本当によくできているわ。ずいぶん真っ黒なワンちゃんだけど、ビターチョコレートかしら? あなた、どこから来たの?」

「俺は別の世界から来ました。この世界についてお聞かせ願いたいのですが……」

「別の世界だって? じゃあ君、その体はお菓子じゃないのかい?」

「はい。普通に血の通った犬です」

「喋る犬ということは、もしかして、ネーディルランド人?」

「はい、そうです。よかった。ネーディルランドのことをご存知なんですね?」

「ああ、もちろんだよ! 僕らもネーディルランドから来たんだから!」

「ねえ、あなたも『もったいないオバケ』につかまってしまったのでしょう? どうしてお菓子にされなかったの?」

「お菓子に……? どういうことですか? 『もったいないオバケ』とは?」

「違うのかい!? それなら、どうやってこの世界に……」

「ちょっとした手違いで、偶発的に亜空間ゲートが開いてしまったんです。俺はそこを通ってきました」

「亜空間ゲート! そこを通れば、ネーディルランドに帰れるんだね!?」

「はい、おそらくは」

「どこにあるんだい!? 僕らは好きでこの世界にいるわけじゃない! 早くネーディルランドに帰りたいんだ! 教えてくれ! そのゲートはどこに!?」

「ええと……」

 トニーはウェディングケーキの城を見た。ゲートはあの城の裏側、豪勢に飾り付けられた飴細工の花の根元にある。

 すると二人は、首がもげそうな勢いで頷き合う。

「行こう、ハニー!」

「ええ、ダーリン!!」

 燕尾服と赤いドレスの菓子人形は、ゲートに向かって駆け出した。

「あ、ちょっと、待って……」

 せっかく話の通じる住人に出会えたのだ。トニーは会話の中に登場した謎の存在、『もったいないオバケ』について詳しい話を聞き出そうと、二人の後を追った。

 このころにはつまみ食いをしていた隊員たちも事態に気付いていた。路地から飛び出し、トニーを追いかける。

 だが、その追跡劇はほんの数十メートルで終了する。

 どこからともなく巨大な手が現れ、菓子人形の男女をヒョイとつかまえた。

「ふぇっ!?」

「は?」

「なんだ!?」

 彼らの姿を目で追った特務部隊員は、街を覗き込む巨大な人間の存在に気付いた。

 身の丈は百メートル以上あるだろうか。調理用の白衣を着て、髪をチェック柄の三角巾でまとめた若い女だ。

 若い女ではあるのだが、様子がおかしい。

 白目と黒目の区別がなく、眼窩には闇色の球体が嵌め込まれている。全身いたるところに縫合痕。顔と腕、手首から先の皮膚の色が異なり、左右の腕は太さも長さも合っていない。


 死体をつなぎ合わせた超巨大ゾンビ。


 そう表現せざるを得ない巨大な女は、ニコニコ笑いながら菓子人形を握りつぶす。

「勝手なことはしないでって、いつも言ってるよね?」

 一斉に動きを止めるお菓子の国の住人達。

 女の手からパラパラと零れ落ちる菓子人形の断片。それは地面に落ちるころには『お菓子の欠片』ではなくなっていた。


 血と肉、衣服の切れ端。

 プレーンクッキーが敷き詰められたメルヘンな街角に、人間二人分のミンチ肉が散乱する。


 何が起こったのか理解できず、立ち尽くす特務部隊員たち。その目の前で、さらに理解不能な光景が繰り広げられる。

「あ~あ、ほら、汚れちゃったじゃない……」

 巨大な女ゾンビは血肉で汚れたクッキーを剥がし、それを自分の口に放り込んだ。

「ん~、あっまぁ~い♡ お~いし~い♡」

 一枚、また一枚と剥がされていく路面のクッキー。その上には男女の体の一部だった肉片が乗ったままだ。女ゾンビは人肉ごとクッキーを貪り食らい、うっとりとした表情で次のクッキーを持ち上げた。

 その拍子にクッキーからこぼれ落ちた遺体の一部。それは強く繋がれた二人の手だった。

 男性の薬指にはキラリと光るエンゲージリングがある。赤いドレスの菓子人形もこれと同じ指輪をつけていたが、手をつないだ状態で人形になっていたため、これまで男性の指輪は見えていなかった。


 お揃いの指輪をつけた、若い男女の手。


 それを見た瞬間、特務部隊員はハッキリと理解した。彼らはウェディングケーキの飾りなどではない。何らかの魔法でお菓子に変えられた、ごく普通の人間である。

「……おい。マジかよ……」

「なんで、いきなり殺されて……?」

「……え? もしかして、この世界の人って全員……?」

「た……隊長!」

「ああ! 逃げるぞ!!」

 一斉に駆け出す特務部隊員。しかし、女のほうが早かった。

「あら、どうしてかしら? まだ『お料理』していない子がいるわ?」

 路面に突き立てられる巨大なフォーク。

 隊員はすぐさま散開し、家々の隙間に身を隠す。

「どこに入り込んじゃったのかしら……?」

 建物の密度とお菓子の家のデザインに救われた。絵に描いたような大きな三角屋根は、張り出した庇の真下に死角を作る。特務部隊員はそれぞれ、建物の陰を伝ってゲートの方向へ移動していく。

 しかし、途中でどうしても身動きが取れないグループが出てしまった。ベイカーはハンクとレインが通りの向かい側の路地に飛び込んだのを見ていた。進んでいくうちに通りの幅が広くなっていったので、このままでは合流できなくなるのではないかと危惧していたのだが、やはり悪い予感ほど的中してしまうらしい。

 通りの向こうの物陰で、ハンクがハンドサインを出している。


〈ルート変更/現地合流〉


 ベイカーは〈了解〉とサインを返し、再び走りだした。

 しばらく進むと、女ゾンビが声を上げた。

「あは♡ みぃ~つけたぁ~♡」

 咄嗟に壁際に身を寄せるベイカーとキール。息をひそめて周囲の様子を窺うが、どうやら発見されたのは別のグループらしい。

「……誰がやられた? キール、何か見たか?」

「いや、何も。悲鳴も聞こえなかったよな……?」

「ああ。ゴヤかチョコだったら、その場の勢いで大絶叫しているはずだ」

「レインとハンクが下手を打つとは思えない。トニーとロドニーだったら発見された瞬間に攻撃を開始する」

「あとはマルコとジョリーだが、ジョリーは夢中で魔力圧を計測していた。路地から出ていないはずだ」

「それならマルコ王子か」

「ああ……マルコしかいないよな……?」

 マルコは冷静に状況判断ができる。町の住人は『お菓子の姿』に変えられてはいたが、間違いなく生きていた。町の人々が『動きを止めた』ということは、あの女ゾンビは『おとなしくしている者』は殺さないということだ。捕まったのがマルコであれば、直ちに殺されることは無いだろう。

「どうする、サイト」

「どうもこうも、今の装備であんな巨大な敵にかなうものか。装備を整えて出直すぞ」

「それしかないよな……サイト! あそこ!」

「っ! ナイルか!」

 物陰に小さく明滅する白い光。それはナイルの偵察用ゴーレムによるモールス信号である。


〈ルート確保/来い〉


 ベイカーとキールは小型のゴーレムを追う。

 途中、同じく偵察用ゴーレムに誘導された仲間たちと合流。ナイルの誘導で上手く物陰を移動し、ウェディングケーキの城の目の前まで来た。しかし、城の前に造られたミントチョコレートの芝生広場が超えられない。城の周りを一周してみても、遮蔽物が何一つ見当たらなかったのだ。

「三百……いや、四百メートルはあるのか? 来たときは、何も考えずに普通に歩いていられたのにな……」

「《バスタード・ドライヴ》で一気に駆け抜けるか?」

「いや、俺とキールはそれで行けても、他は……」

 《バスタード・ドライヴ》は足元に魔法の車輪を出現させて移動速度を上げる呪文だが、術者の練度によって最高速度が異なる。そのため、機動力の低い隊員ほど発見される可能性が高いと思われた。それに固形物のくせに妙に柔らかいチョコレートの足場では、雪道で立ち往生する車の如く、車輪が空転してしまう可能性もあった。

「俺が風で吹っ飛ばしましょうか?」

 ロドニーが提案するが、一も二も無く却下された。一人ずつならともかく、全員同時に移動できる手段ではない。

「それなら、俺が炎の鬼を出して女ゾンビの気を逸らしているうちに……」

「いや待てよ。《鬼陣》はヤベエっつーの!」

「そうだな。そもそも、その魔法でこの世界のゲートが開いてしまったんだから……」

「あ……そッスね……」

 それからいくつかの案を出し合ったが、どうしても『全員一緒に』『確実に』移動できる手がない。可能な限り安全な方法を考えようとすると、必ず一人は囮を引き受けることになってしまうのだ。

 これといった良案も無く、誰もが無言になってしまった。

 と、ここでレインが姿を変えた。変身したものは、カラーチョコレートのドレスを纏ったビスケットの女の子である。

「どうです? 美味しそうでしょう?」

「レイン? どういうつもりだ?」

「私はこの通り、この世界の住人に成りすませます。住人以外にも、路面のクッキーや建物の一部に擬態することだってできます。ですので、私はここに残って、ジョリーさんと合流しようと思います」

「レイン……いいのか? 危険だぞ?」

「ジョリーさんを一人にしておくわけにはいきませんから」

「わかった。では、レインには残ってもらう」

「では、先ほどの案で」

「ああ……すまない。必ず迎えに来る」

「はい。お待ちしております」

 ひとりひとり、レインとハイタッチを交わしていく。

 レインは一度仲間を振り返り、それから意を決したように駆け出した。

 今はまだゲートの存在に気付かれていないが、あの女ゾンビに場所を知られたら出入り口を塞がれてしまうだろう。自分が安全に脱出するためにも、女ゾンビの目を完全に引き付けておかねばならない。

 建物の隙間を縫って、ジョリーが隠れている路地とは逆方向へ。そしてお菓子の町の端までくると、元の姿に戻って建物の隙間を動き回る。小さな路地から出て、わざとらしくキョロキョロしながら大きな通りを歩いていると――。

「なぁんだ、そこにいたのねぇ~?」

 自分に向けて伸ばされた巨大な手。それをするりと躱し、レインは物陰に入った。

 そしてずらりと並ぶ植木鉢風のデコレーションカップケーキに擬態した直後だった。

 女の手が路地の両側を塞いだ。

「逃がさなぁ~い! ……あら? 変ね? いま、ここにいたはずなのに……?」

 小さな隙間から路地を覗き込む女の目。だが、そこにあるカップケーキの一つがレインであることには気付いていないようだ。

「んん~……? このおうちに隠れているのかしらぁ~……?」

 路地に面した裏口があるのは一軒だけ。女ゾンビはその家をそっと持ち上げ、どこかへ歩き去っていった。

 ここは町の端。町の土台は円形のテーブルで、花柄のテーブルクロスが掛けられている。町だけがスポットライトのような照明で照らされていて、女ゾンビが歩き去った方向に何があるのか、暗くてよく見えなかった。

 女の気配が完全に消えたのを確認してから、レインは再びビスケットの女の子に変身した。

「……ジョリーさんと合流しないと……」

 この姿なら表通りを堂々と移動できる。レインは全力疾走でジョリーのいる路地へと向かった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ