そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)3.3 < chapter.1 >
第二運動場に響き渡る爆音。
撃ち出された《冥王の祝砲》は真っすぐ標的に向かうが、同じ火焔系の攻撃魔法、《鬼火玉》に迎撃される。
トニーは三頭の黒犬に分身し、三方向から同時に《冥王の祝砲》を放った。そして炎の砲弾を追って駆け出し、ダイレクトアタックを狙うのだが――。
「蓋し徒なる名誉の愚。滅せ、消せよ蒼炎の陣! 《鬼陣・一式》発動!」
ゴヤの呪文詠唱は《鬼火玉》発動直後から始まっていた。
立ち上る青い火柱。完璧なタイミングで出現した十二本の火柱は、《冥王の祝砲》を真下から空へと跳ね上げる。
火柱は一瞬で人の姿に変化し、黒犬の接近を阻む。
「チッ! それなら……!!」
三体の黒犬がそれぞれ同時に強火力呪文《業火》を使う。
数では炎の鬼が、火力ではケルベロスが勝る。直撃を受けた炎の鬼は紅蓮の炎に呑まれて消えた。
「嘘!? マジで!?」
ほんの一瞬で八体の手勢を失った。ゴヤはすぐさま、同じ魔法を追加発動する。
「《鬼陣・二式》!」
一式よりも大きな火柱が六本。
青い炎は六体の大鬼となり、残る四体の鬼とともにケルベロスを追い回す。
「ハッ! 頭数を補充すれば良いってもんじゃあないだろう!?」
黒犬は逃げ回るふりをしながら、次の魔法の準備をしていた。
ゴヤを中心に正三角形を描くよう展開し、呪文を唱える。
「冥府の闇に呑まれて果てよ! 《冥陣・一式》!」
「《冥陣・二式》!」
「《冥陣・惨式》!」
黒犬の足元に、三つの黒い円陣が出現した。
《冥陣》は一式・二式・惨式のいずれもまったく同じ効果の魔法である。直接的な攻撃力は無く、人の心に恐怖と絶望を与える精神攻撃系に分類されている。三つの魔法を同時発動させることで効果の増強が可能だが、魔法陣を決まった角度で重ね合わせれば、別の効果を引き出すこともできる。
ゴヤの足下に穴が開く。
これは『時空間の裂け目』である。穴の中には《冥陣》と同じ精神攻撃が作用する亜空間、『冥府』がある。恐怖と絶望によって一切の行動力を奪われてしまうため、一度落ちれば自力脱出は不可能。落ちた瞬間に敗北が確定する。
しかし、二人は同じ隊の仲間。ゴヤはこの魔法をよく知っていた。
穴が開く瞬間、ゴヤは全く同系の技を発動させる。
「《鬼陣・惨式》!」
三本の炎の柱と、その内側に開かれる『時空間の裂け目』。この魔法によって開かれる亜空間は『修羅』と呼ばれる。『冥府』同様に精神攻撃が作用する亜空間ではあるが、その効果は真逆である。修羅に落ちればすべての生物は異様な興奮状態に陥り、無限に戦いを欲する狂戦士と化してしまうのだ。
ゴヤは同系魔法での相殺を狙っていた。けれども、現実はそう上手くゆくものではない。この魔法の組み合わせは最悪だったようで、蒼炎は黒い円陣を狂ったように駆け巡り、次第に緑と紫の禍々しい炎色に変貌していった。そして二つの『時空間の裂け目』は上下に重なり合い、一つの六芒星を描きだす。
耳を劈く悲鳴のような音。
震える地面。
炎の魔法を使用しているはずなのに、あたりの気温が一気に低下していく。
これはまずい。
誰もがそう思った矢先、予期せぬ『合体技』と化した六芒星は術者二人の意思を無視して勝手に発動。第二運動場に謎の『扉』を出現させた。
「え……?」
「これは……?」
観音開きの重厚な扉である。錆びついた鉄のような風合いで、高さは三メートル強、幅は二メートル少々。壁も建物も何もない場所に扉だけが立っている様は、なかなかシュールな光景だ。
「えーと……なにこれ??」
「ゴヤ、お前の使った魔法、こういうのを呼び出す魔法か?」
「んなわけないじゃん! トニーこそ、こういう魔法心当たり無いの?」
「知らん。少なくとも、ケルベロス族の固有魔法にはない」
「じゃあ、マジでなんなの、これ……」
冥府の門と修羅の門は、重なり合うことで新たな世界へのゲートを出現させてしまったらしい。使用者本人たちにも分からないのだから、この扉の先に続く世界について、詳細を知る者などいるはずもない。
戦闘訓練は中止。フェンス際で対戦の様子を見物していた仲間たちも、次々に駆け寄ってくる。
「どうした? これはどちらの魔法だ?」
「それが隊長、どっちの魔法でもないんスよ」
「偶発的な事故ということか?」
「そッス。同系魔法ぶつけたせいで、偶然うまい具合に混ざり合っちゃったみたいで……」
「ふむ……こういう扉は初めて見るな。ロドニー、どう思う?」
「ノビータとドナテルロに登場する不思議アイテムの『異世界ドア』みたいで、カッコイイと思います!」
「そうか。お前に聞いた俺が間違っていた。誰か、それらしい文献に心当たりがある者は?」
と、聞かれて手を挙げたのはロドニーだけだった。何巻の何ページに登場したかを聞きたいわけではない。ベイカーはロドニーを無視して話を続けた。
「ジョリー、君の計測機器には、何かおかしなモノは観測されていないか?」
訓練の様子を撮影していた魔導兵器開発部のジョリー・ラグー・フィッシャーマンは、計測中の魔力データを示して言う。
「クク……クハハハハハハッ! おかしなモノ? おかしなモノと言いましたか!? それならありますよ!! さあ皆さん、御覧ください! この波形! ほら、ここ! ここです! ゴヤさんの魔力波形とトニーさんの魔力波形が、全く真逆の形を描いて完全に一致しています! そしてそのまま『超・安定状態』を維持し、本人たちが魔法を解除したにもかかわらず、今も自動的に発動状態を保っています! これは通常、綿密な計算のもと行われた魔法学実験でのみ発生する現象なのです! 素晴らしい! こんな現象を偶然、うっかり、なりゆきで産み出せてしまうなんて! 非常に面白いデータが計測できていますよ! クハハハハハァァァーッ!!」
と、学者特有のやや発狂気味なハイテンションで画面を見せられても、特務部隊員にはその波形の何がすごいのか分からない。ベイカーは首をかしげることで次の説明を促す。
「フフフ、いいですか? 通常の魔法呪文では発動の瞬間、もしくは作用する瞬間にエネルギー放出のピークがあります。こちらの魔力波形図は先ほど観測した《冥王の祝砲》になりますが、このように、波のピークは撃ち出された瞬間にあります。時間が経つにつれてエネルギーを消費し、徐々に波が小さくなっていく様子が分かりますね? では、次の画面をご覧ください。こちらはゴヤさんの《鬼火玉》です。ゴヤさんの場合は撃ち出した瞬間には極めて弱いエネルギー量であるにもかかわらず、実際に作用する瞬間までにエネルギー量を増幅させていくタイプの波形です。お二人の属性は同じ火焔系ですので、魔力の質は似通っています。さて、ではこの二つの波形を重ね合わせてみますと……」
ジョリーは愛用のタブレット端末上で、二つの魔法を合体させた場合のシミュレート映像を再生してみせた。
エネルギーを使い果たすまで飛び続ける炎の砲弾。
徐々に火力を増していく青い火の玉。
それらを合体させた結果、どこまで飛んでも威力が衰えない『史上最強の遠距離攻撃魔法』が爆誕していた。
まさかのシミュレート結果に、二人は顔を見合わせる。
「俺たち、そんなに相性良かったんだ?」
「ゴヤと……?」
「あれ? なんで嫌そうな顔……?」
「俺は忠犬だぞ。浮気はしない」
「それ、自分で言う?」
「何か問題でも?」
「別にないけど」
お犬様と霊能力者は同期入隊というだけで、親友というわけでもない。担当する現場が被らないこともあり、やや微妙な距離感のまま今日に至る。
だが、ジョリーにそのあたりの事情は分からない。計測されたデータと観測された現象をもとに、出現した『扉』について独自の推論を展開し始める。
「《鬼陣》と《冥陣》も、基本的な魔力波形は同じです。《冥陣》は開いた瞬間に最も安定していて、時間経過とともに接続が揺らぎ、エネルギーを使い果たした時点で消滅します。《鬼陣》は逆で、時間経過とともに安定値が増し、ピークに達した時点で自動的に発動キャンセルとなります。両者は同系魔法でありながら、魔力波形的には真逆の特性を持ちます。二つの魔法が相互に干渉し合い、安定数値を保ったままピークにもゼロにもならず、けっして閉じることのない『完全なる亜空間ゲート』が構築されてしまったのではないかと思われます」
「えーと……あれ? じゃあ、結局あの扉はどっちに繋がってるの? 冥府?」
「冥府じゃない。気配が違う」
「マジで? 修羅とも全然違う気配なんだけど……」
「そんじゃお前ら、どこの世界にワープゲート開いちまったんだっつーの!」
「そんなの俺にも分かんないッスよ~。先輩、人狼の嗅覚でなんか分かんないんスか?」
「嗅覚でって、あのなあ! いくら人狼だって、締め切られた扉の先のニオイまでは……あれ? なんか甘い……??」
「甘い?」
ポンッと狼の姿に変化し、扉に鼻先を近付けて匂いを嗅ぐロドニー。黒犬のトニーも三頭がかりで匂いを確かめる。
「あ! 本当だ! バニラとカスタードのニオイがする!」
「だろ!? チョコレートとメープルシロップのニオイもするよな?」
「する! 間違いない! あと、焼きたてのカラメルプリンみたいなニオイもするぞ!」
「え? 待って? 先輩もトニーも、何言って……?」
「行ってみようぜトニー! お菓子の国だ!」
「面白そうだ! 行こう行こう!」
「えええぇぇぇ~っ!? いや、安全かどうかも分からないのに、そんなわけわかんない場所に……って、隊長!? 何してるんスか!?」
「ん? 見てわからんか? 装備の確認だ」
「まさか、隊長も行く気ッスか……?」
「当たり前のことを聞くな。お菓子の国のアドベンチャーなんて、面白くないわけが無かろう? それともお前はここに残るか? どうしても嫌だというなら、無理強いはしないが……」
「いえ! 俺もついて行くッス!」
「よし! それでこそうちの隊員だ! 総員、俺に続けぇぇぇーっ!」
「オオオォォォーッ!!」
特務部隊員たちは観音開きの扉を開け、亜空間へと消えていった。
好奇心旺盛なジョリーも計測機器を山ほど抱え、いそいそと後を追う。
唐突に無人になった第二運動場。だが、騎士団本部にはその一部始終を目撃した人々がいた。
情報部である。
コード・ブルーオフィスには表現し難い奇声が響き渡っていた。声の主は、モニター前で事務仕事をしていたナイルとシアンである。
「何歳児!? 奴らは一体何歳児なの!? なんでお菓子のニオイがするって理由でよそのお宅にお邪魔しちゃうワケ!? 意味が分からない!!」
「お菓子あげるからオジサンについておいで……って、引っかかるのは五歳児までだよな……?」
「これ何? 事件? 事故?」
「アドベンチャーだろ?」
「報告書に記載できない意味不明な行動は慎んでほしいんだけど!?」
「まあ落ち着けナイル。こういう時はまず、通信手段が使えるか確認するところからだ」
「あ! そうだね! さっすがシアン! それじゃ……」
ナイルは通信魔法《雲雀》、《伝令》、《矢文》などを順に試していく。
「……ん~、駄目だよシアン。魔法は全滅」
「雲雀は飛ばない、カラスは帰ってこない、矢は射た勢いのまま戻ってくるとなると……」
シアンも電波式の通信機、短波通信の旧型無線機などを試してみるが、どの隊員の個人端末にも繋がらない。
「偵察用ゴーレムだな」
「普通のドローンも飛ばす?」
「ああ。魔法と科学、両方で同時に調査に入ろう」
「ドローンのほうは操縦ヨロシク」
「わかった」
二人はすぐさま機材を用意し、第二運動場に向かった。