新橋事件2
陣から軍勢が出現してから数時間経った東京では各地で警官隊による半ばゲリラ戦のような抵抗が続いていた。
車両や資材でバリケードを築き進行を遅らせながら銃撃を加え、押し切られる前に急いで退却する。
相手が少数なら警官隊によるアンブッシュや襲撃すら稀に発生していた。
一方、軍勢側は徐々に損害を蓄積すると同時に、非常に入り組んで広く巨大建造物が乱立する東京の異様な姿によって進軍が滞り始める。
そんな中、首都防衛を担当する日本陸軍第1歩兵師団の歩兵連隊が北側から続々到着し軍勢の正面に展開する。
他の第一歩兵師団部隊や空挺旅団の部隊などは新橋南側の公園や埠頭などのヘリが離発着可能な地点から降下、北上して軍勢の進軍を食い止めるために動く。
偵察部隊は強硬偵察のため軍勢と小競り合いを行って情報収集する。
「こちら第一騎兵連隊、報告。敵は官庁街を制圧した後、皇居への侵入を試みつつあり。また六本木から浜崎にかけて防御線を構築しようとしてもよう」
「こちら本部、了解」
第一歩兵師団司令部
島田少将
「敵はまるで古代や中世の軍隊。しかもモンスターとしか表現できない巨大生物を連れている、か。SFじみた話だが、現実問題として対処しなくてはならないわけだが、敵の能力は実際どうなんだ?」
「報告によりますと5.56mm弾でほとんどの目標は撃破は可能とのことです。巨大な鬼のような生物は89式小銃では効果が薄く、狙撃銃や64式小銃、M2機関銃のような大口径弾が有効と報告が上がってます。ですが掃射すれば89式でも十分撃破な可能のようです。敵の武装についてはロングボウか投石程度以外はほとんど確認さえていません」
「そうか、脅威度はやはりその程度なのだな。なら歩兵連隊を前進させても問題ないはず」
「第1軍団司令部から入電。目標への総攻撃を開始せよとのことです」
「本格的なGOサインが出たようだ。通信、各歩兵連隊に攻撃を開始させろ。作戦目標は半蔵門付近の前線を突破し敵を永田町まで押し出すことだ!」
「了解」
その頃、空では戦闘航空旅団のヘリが無数の編隊をなして偵察と限定的な火力支援を行っていた。
状況が混乱しているせいか民間の報道ヘリの姿も見受けられる。
「現場の上空に到達しました。ご覧ください、新橋周辺はまるで戦場です。今まさにここで戦いが起きています!」
「飛行管制がとられたのでこれ以上のフライトは無理です。引き返します」
「着いたばかりなのにもう引き返すんですか?」
「しかたないでしょ。左後ろ見てください。軍のヘリが追い出しにかかってるんですよ」
「そんなぁ」
民間ヘリが増加したと思ったらまた減少して軍のヘリが空を支配する。
「こちら本部。攻撃を許可する、第一歩兵師団の近接航空支援を実施せよ」
「了解」
AH-1S攻撃ヘリが前線まで一瞬でひとっ飛び、攻撃態勢に入る。
機内では射撃手がスコープに顔を当てて覗き、照準を定めると発射ボタンを押す。
同時にTOW対戦車ミサイルが発射筒から撃ち出され、スコープにミサイルがふらつきながら映り、数秒後に軍勢の人だかりに命中して爆発が起こる。
次いでM197 20㎜機関砲とハイドラロケット弾で砲撃する。
そして上空を通過して過ぎ去る。
地上では歩兵部隊による銃撃戦が展開され、軍勢がすさまじい勢いで粉砕されていく。
「おい、あれってRPGのオークだろ!撃っても撃っても倒れないぞ!」
「いや、血がにじんでる。ダメージはあるぞ」
「第2小隊、左に回って敵の側面を叩け!」
「衛生兵!重傷者一名。矢が左肩を貫通している!」
「敵が後退を始めた。前進を開始する!」
戦場に銃声がこだまし、その数だけ屍が積み上げられていく。
軍勢は多大な損害に耐えられなくなり、否応なしに引かざるを得なくなる。
戦闘が始まって翌日、第1軍団の各師団から増援が送り込まれ大渋滞に陥りながらも装甲車両が橋を渡って都内に入っていく。
都内には軍の歩兵部隊、軽装甲機動車、M113兵員輸送車がそこかしこを巡回し始める。
翌日には軍勢は皇居を攻城兵器で攻めるのを止めて午後には新橋周辺に押し包められてしまっていた。
この時点で軍勢は陣を通じて退却を始める。
実は東京湾上にも陣は発生していて帆船が出現して上陸などを行おうとしていたがこちらは海軍や在日米軍によってその日のうちに一掃されていた。
船体が崩壊気味に燃え盛る横をあさひ型護衛艦によく似た水上戦闘艦が横切る。
謎の軍勢が異次元に完全撤退したのは陣が開いてから3日目の午後だった。
キャンプ・新地
「と、まあ、そんなこんなで新橋に攻め入った軍隊は撃退されたの。その2週間後、政府は議会の承認のもと、安保理決議3224を元にアメリカ軍と共に国防軍をこの異世界には派遣したわけ」
「...一ついいですか?」
「何?」
「在日米軍は存在してるんですよね?」
「もちろんよ」
「太平洋戦争で日本は負けてアメリカに占領されてからずっといるという認識で間違いないですか?」
「そうだけど、あなたの世界の日本は違うの?」
「いえ、こっちの日本も同じです」
―歴史の流れは大筋では変わらないか。でもところどころで違うんだな。
「あと一つ教えてほしいんですが皆さんの話に出てくる北日本って何なんですか?」
乙と日下部大尉が顔を見合わせてから話し始める。
「本当に知らないの?」
「はい、全くわかりません」
「ソビエトって国知ってる?」
「ソ連ですよね」
「そう」
―ん、待てよ。北日本ってまさか...
「第二次世界大戦の終わりに旧軍の一部の手引きで日本本土に侵攻したソ連によって建国された国よ。正式名称は日本民主共和国。今、私たちの国と休戦状態にある敵対国」
―あ、出た。IF戦記で特に悲惨なパティーンの奴。大日本帝国が終戦記念日以降も粘った場合に出現する最悪のルートだ。
「あなたの世界の日本は二分されてなかったの?」
「え?あ、はい。分断されてないです」
「信じていいかわからないけど、それはそれでいい国ね。同族同士で憎しみ合わなくていいんだもの」
「確かにそうですね」
そこへ別の軍人が資料を持ってきて日下部大尉に手渡す。
「鵜川君。さっき教えてくれた個人情報から君の住民票や戸籍があるかを調べたんだが、...」
日下部大尉にはそこで間を開ける。
「結果を聞きたいかい?」
「え?」
―え?なんだよその超含ませた言い方!え?もしかして同じ住所に同姓同名がいるってこと?
「やめておくかい?」
「....はい」
「わかった。とりあえず今何かするわけじゃないから。それまでには考えておいてくれ」
―嘘だろ。俺の平行世界のドッペルゲンガーがいるのか....?。
恵一はかなり悩んだ様子で頭を抱えてしまった。
それを見た乙十葉は話を振る。
「一度に話すとこんがらがるから今日はここまでにしておく?」
「...え?」
「日下部大尉、今日はここまでにしてキャンプ内を彼らと散策していいかしら?」
「そうですね。私から報告しておきますのでごゆっくりどうぞ」
「だって、行きましょ」
「...は、はぁ」
建物を出た恵一の目にキャンプ内では自衛官のような軍人の兵隊が隊列をなして走っていく姿が映る。
そのあと、恵一と宇佐美、乙十葉の三人でキャンプ内を回る。
そこで恵一はこの基地に駐屯するのが自衛隊ではないことを実感した。
まず最初に目についたのはM113兵員輸送車だ。
―M113か。自衛隊は採用してなかった装甲車だけど、この軍隊じゃ主力装甲車として配備しているのか。それと73式装甲車。初めて見たときは気にしなかったが、この軍隊だと73式はIFVとか対空車両用の戦闘車両として使ってるのか。通りで89式戦闘車も87式対空戦闘車もいないわけだ。
「恵一様、これも乗り物なんですか?」
宇佐美が考察にふける恵一に質問攻撃を再開した。
「そうだよ。13人乗せて遠くへ行くための荷車だよ」
宇佐美はこの時点で乗り物に慣れて怖がらなくなり、むしろ興味津々だった。
「ねえ、恵一様。あたしあれに乗りたいです!」
「え?許可してくれないんじゃねえの?」
「えぇぇ」
異世界語で話す二人の様子を見ていた乙十葉が切り出す。
「ずいぶん異世界の言語が上手いのね。もちろん練習したのよね?」
「そうだけど」
「もしかして翻訳表とかも作ったりしたの?」
「当然だよ。記憶だけじゃ効率悪すぎでしょ。翻訳辞典作ってから叩き込んだんだよ」
「へー。じゃあ今もそれ持ってるの?」
「欲しいの?」
「ええ、できるなぜひ!」
「そっちだってもう翻訳したでしょ?」
「当然しているわ。ただ言語調査を開始したのが3週間前なの。しかも異世界の人と友好関係築くのに苦労しててそこまで捗ってないのが現状。あなたの辞典をまず調査したいの。できれば受話者であるあなたの手ほどきも欲しい」
「うーん」
―ならここで辞典を高値で売るか?俺一文無しだし、こっちの日本じゃ俺、一人身だし。いや、遅かれ早かれ言語研究は完了するんだし、学術団体が金を出すとは考えずらい。どうしたもんかな。
「だから良かったら特別研究員として給与も払うわ。実は昨日の夜に大学とNPOに話は通したんだ」
「ほう」
―勝気女に見えて案外話が分かる奴だな。
「わかった。じゃあ就職が確定したら辞典も会話レッスンも約束する」
「じゃあ契約成立ね。それと名前、宇佐美ちゃんよね?」
「?」
宇佐美が名前を呼んだ乙十葉を見る。
「宇佐美ちゃんはあの装甲車に興味があるの?」
「乗りたいんだって」
「わかった。それも私が許可を取るから待ってて」
「そ、そこまでしなくても」
そう言った時には既に近くの士官と交渉していた。
「許可取ったわ。点検走行する車両があるからそれに乗せるって!」
「そんなにすぐ許可するものなの?」
「ちょっとね。あの山本だって言うとある程度は許可証代わりになるの。普段は使わないけどこういう時くらい利用しても罰は当たらないわ」
―どっかのお偉いさんの令嬢なのか?ま、いいや。
「おい、宇佐美。このお姉ちゃんが乗せてくれるってよ。日本語でお礼言えよ?」
「お姉ちゃん。アリガトウ!」
「すごい!宇佐美ちゃんは日本語が喋れるの?」
「多少の単語と幼稚園児程度の会話ならね。うちらの会話が速すぎて喋らなかっただけで短くわかりやすく言えば宇佐美も日本語はできるんだよ」
「へえー!」
乙十葉が宇佐美に近寄る。
「こんにちわ、宇佐美ちゃん!」
「コンニチワ」
「私の名前は、山本乙十葉」
「ヤマ、ト、オト?」
「あ、ごめんね。乙十葉」
「オトハ?」
「そうそう」
「オトハ、オネエチャン!」
「そうよ。よろしくね!」
「ヨロシク!」
乙十葉は念願の宇佐美とのコミュニケーションを果たす。
その後、3人でM113兵員輸送車に乗り込み兵員室のハッチを開けて身を乗り出しながら走行した。
「凄おおおおい!」
馬にも車にも乗ったことがない宇佐美は満面の笑みで絶叫する。
「お、なかなか凄いじゃん。自衛隊の乗車体験会もこんな感じなんだろうな」
恵一も楽しくなると同時に乙十葉に質問された。
「ねえ、恵一君。聞きたかったんだけどその自衛隊ってどういう意味なの?軍隊じゃないの?」
「自衛隊、ねえ。俺の住んでいた日本は憲法で軍隊の保有が禁止されてるから警察に軍隊をやらせようってことでそんな名前になった経緯があるんだよ」
「何それ?憲法を骨抜きにして意味あるの?」
「俺もそう思うけど世の中合理性だけじゃ話がまとまらないことがあるんだよ」
「...なるほどね」
「ところでさ、アレ何?」
「ああ、アレが陣よ」
「アレがねえ」
そこにはストーンヘンジに似たモニュメントがあって周りはだだっ広いアスファルト舗装になっていた。
「あの石退けないの?」
「それ流石にしないわ。それにほら始まったわ」
乙十葉がそういったそばからモニュメントが光り始めた。
そして周囲がまばゆい光に包まれる。
「え?何アレ???」
「恵一様、何ですかあれ?!」
まばゆい光はちょっと経ってから治まる。
そこには補給部隊とみられる給油車や貨物車両が止まっていてすぐに発車して移動していく。
恵一と宇佐美は呆気に取られていた。
「あの石は召喚陣と密接にかかわっているのは間違いないの。だから迂闊に退けるなんて危ないわ。最悪の場合、陣がおかしくなって帰れなくなる」
「す、すげえー」
恵一はそう言って陣に興味を持ち始めた。
だがこの時、恵一は自分の手の甲がほんのり青く光って見知らぬ刻印が浮かび上がっていたことには気づかなかった。
そして陣と自分の関係は日本と異世界、そして彼自身をも大きく揺さぶっていくこととなるのであった。