ダンジョンの底で
<アクバー・ダンジョンの中層>
薄暗い洞窟を全速力で走る人影が2つあった。
その後方には高速でうねうねと巨大な芋虫の大群が迫ってくる
「デルフィーネ様、なんとかしてくださいよ!」
「言われなくてもわかっている!」
走る二人の前方、洞窟の出口の先に巨大な地下渓谷が広がっているのが見え始めた。
「もちろんあれも魔法でなんとかできるんですよねえええ?」
「そのつもりだ!」
「さすがデルフィーネ様!(棒読み)」
「グラウディアム!」
デルフィーネが呪文を唱えた。
この時点で崖がすぐ目の前に迫っている。
「ジャンプしなさい!」
デルフィーネがそう言うと二人は崖からジャンプして飛び出す。
直ぐ落下するかと思われたが、それどころか放物線を書くように非常に遠くまで幅跳びは続く。
一方、追っていた巨大な芋虫達は崖底へ次々落ちていった。
そしてぎりぎりの所で対岸に着地する。
デルフィーネの連れはジャンプの仕方が悪かったせいか回転していたので着地後に転がってしまうのだった。
「はぁ、はぁ、ここどこ?適当に分岐選んで完全に迷ってしまった」
デルフィーネはそう呟く。
「仕方ないですよ。金属ワーム(虫モンスター)の大群があんなところに巣くっているなんて普通思いませんよ」
彼女の迷子発言に返答したのはヒトではなかった。
それはフサフサした体毛を身にまとった身長100cm以下の小動物のような生き物だったが、服を来て二足歩行し人の言葉を喋るれっきとして知的生物だった。
いわゆるファンタジーでおなじみの獣系の亜人だ。
「とにかくこんなところで油を売っている時間も悠長にモンスターと戯れている時間はない。帝国軍のお偉い方がしびれを切らす前に通路を探り当てて下の階へ急ぎましょう」
デルフィーネが現在地を特定しようと歩き出した時だった。
崖際にいたデルフィーネの足元が崩落する。
「!?」
デルフィーネが声を出す間もなく落ちていきそうになる所をチャウンが手を捕まえて持ち上げようとする。
「チャウン!」
デルフィーネはよくやったとチャウンを褒めようとするがチャウンの返答に落胆する。
「もう無理、デルフィーネ様重過ぎです!」
「き、貴様!私はそんなにっ!?」
チャウンは支えきれずに姿勢を崩して一緒に崖下へ落下を始めた。
「デルフィーネ様!」
「グラウディアム!」
先程と同じ魔法で落下速度を遅める。
「おお、その魔法便利ですね」
「何が便利だ!手がふさがって完全に無防備になっているんだぞ。さっきのワームが死んでなかったらどうする?!」
その言葉にチャウンはっとして下を向く。
真っ暗で何も見えなかった持ち前のケモノの耳で下の様子を聞き取る。
「下からワームの音はしませんが激しい水の音がします!」
つまり下は急流の地下河川だったのだ。
デルフィーネは運がいいのか悪いのかと思いながら身構える。
「はぐれたら承知しない!」
「こんな地獄で一人なんてゴメンです!」
そう言って二人は遅くなったとはいえ落下時間が長ったので重力加速でそこそこのスピードを出した状態で川にジャボンと落ちた。
濁流に飲まれいくつもの岩を避けながら流れていく。
そして濁流の先は滝だった。
ヤバイとデルフィーネは思うが魔法を使えるような状態ではなく流されるまま滝壺へ落ちていく。
デルフィーネは滝壺の着水すると落下の勢いで深い水底までダイブしていた。
意識がもうろうとするが徐々にはっきりしていき急いで水底からはい出た。
水面からデルフィーネが顔を出す。
「ばはっ!」
深呼吸し目を見開くと顔面にワームの巨大な口が開いて牙を向いていた。
「ひいっ!?」
デルフィーネは思わず目をつぶり覚悟する。
しかし何も起きないのでもう一度目を開けるとワームはどれもピクリとも動かなかった。
どうやら死んでいたようだ。
金属ワームと呼ばれる防御力がべらぼうに強力なモンスターだがたぶん渓谷で流される最中重くて水面に顔を出せず一匹残らず溺死してしまっていたようだった。
デルフィーネは安心するが岸にあがる過程で水が少し粘っこいことに気づく。
ハッとして振り向くと巨大なワームの死体が口を開けて大量に転がっているのが目に入る。
そう、よだれ混じりの汚水である。
デルフィーネは泣きそう表情で岸にあがりチャウンがいないか見渡す。
するとすでに別の場所から流れ落ちてくる小川に入水しているチャウンの姿があった。
主そっちのけでネバネバを取っていたのだ。
デルフィーネはムッとした顔で歩き出し、チャウンに体当りしてシャワーのような小川を横取りする。
その後二人はガミガミ言い争いをしながら体を洗った後、状況を確認する。
「すごいですよ。もう下層の真ん中まで来たみたいです。さっきので一気にショートカットしたみたいですね。」
「かつての冒険者達もあの高さから川に落ちて助かった者はいなかったはず。だから今まで知られてなかったのね。3日分の工程を短縮できて良かったがすぐに下層に入るのはどうだろう。いきなり未知の危険なモンスターに囲まれて手の打ちようがなくなることも考えられそうだ。下層は殆ど誰も来たことがない未知の領域だし」
「そんなこと言ったってダンジョンのこんな下層まで来れた冒険者だって数えるくらいの難所ですから僕は良かったと思いますよ。デルフィーネ様が大魔道士でなかったら僕なんて上層にある古代地下宮殿のあのカッタートップでもう刺し身にされてましたよ」
「あんなので刺し身にされるのはお前くらいだ。それより地図と耳で場所を確認なさい。私じゃもうどこがどこだか、風魔法もこんなにいくつも分岐した洞窟じゃ...」
「わかりました。ですがデルフィーネ様、ここからさらに下は地図もほとんど空欄の完全な深部ですよ。もう私の耳じゃどこだかもわかりませんからね」
「いいわ。どうせ、戻れる保障のない片道切符みたいなものだ」
そのセリフにエルフの付き人は驚きの表情を浮かべ、ガビーンと落ち込む。
「はぁ、わかったからそんな顔しないでくれ、チャウン。なるべく帰れるよう努力する。だから気にしないで仕事に専念しなさい」
そういうと付き人の亜人チャウンは約束ですからね、絶対ですからねと言わんばかりにデルフィーネをジロ見して前を向く。
そしてチャウンは耳をピクピクさせながら非常に耳障りなモスキート音に近い高周波音を口から発する。
チャウンは耳を動かさず直立不動のまま目を閉じて聞き入り続ける。
しばらくしてチャウンが発言する。
「こっちです」
二人は歩きだし、チャウンの案内で分岐ルートを選別して進む。
「不思議ですね。下層の深部はモンスターの臭いがほとんどしませんよ。」
「臭い?」
「はい、マーキングとか動植物から出る臭いです。まるで皆死に絶えて静まり返った世界みたいですね。」
「?」
デルフィーネはよくわからなかったがあんまり良さそうに感じないもののモンスターに全く出くわしてなかったので好都合程度に認識しておく。
洞窟を進んでいくと広い空間に出る。
広すぎてランタンがすべてを照らしきれず不気味に暗闇が広がる。
「ずいぶん広いわね」
「暗黒の間って地図には書いてありますね。暗黒ってなんだろう?」
「何もいないの?」
「何も音がしません。空気のゆらぎ音もほとんどありません」
「ゆらぎもない?」
下層なので空気も淀んでしまったのかとも思うが、ここまで来る間に冒険者何人分もの犠牲を払うほどのとんでもないモンスターや誰かのしかけたトラップ、地形障壁を持ち前の大魔道術でくぐり抜けてきたデルフィーネにはこの地図を記載した人がそんな意味深な名前を付ける理由を不安に思ってしまう。
何かあるはずだと考え光魔法で照らすことにした。
「チャウン、下がりなさい」
デルフィーネはそう言うと両手を上げて呪文を唱える。
「ガッシュライト!」
すると空間に強い発行源が現れ巨大な空間を照らしていく。
そこで見えてきた空間はとても広く石柱がいくつも立つ自然の大広間だった。
しかしそれ以外は変哲もなさそうなモンスターも一匹もいない空間であった。
向かいの壁には洞窟が無数に空いているのが見え、デルフィーネは暗黒の間の意味が腑に落ちずに前に進みだした。
同時に光を片手だけで出現させ出力を落として体力をセーブする。
後ろから付いてくるチャウンは中間まで来ると急にそわそわし出した。
「デルフィーネ様、何も聞こえないんですがゾッとするような視線を感じます。本当に何もいませんよね?」
「視線?」
暗くて全体は見渡せないのでデルフィーネはなんとも言えない。
しかしこういう時の動物系の亜人の第六感は無視できないものだ。
仕方なく再度光を両手から強く照らし出す。
だがまた変哲もない空洞が広がる。
けれどチャウンは上を見上げて度肝を抜かれた驚愕の表情を浮かべる。
デルフィーネも上を見上げるとそこには目を疑う物体があった。
「え”?」
それは天井を無数にうごめく真っ黒な"何か"だった。
さっきまで天井にそんなのはいなかったはずだった。
しかし現それはそこでうごめいていた。
「な、...何...アレ?」
「....」
チャウンはデルフィーネの質問に答えることすらしなかった。
想像力を振り絞るが今までに聞いたことも見たこともないモンスターだ。
しかもあんなにうごめいているのに音がしないなんてありえるのかと疑問に思う。
そんな考察をしているとそれは行動に出た。
”何か”が大量に降ってくる。
これはヤバイと思い二人は一目散に壁へ走り出す。
デルフィーネは走りながら攻撃魔法を繰り出す。
「雷よ、無数の光となれ、彼の者を目指せ。インフィニストラ・ライトニング!」
デルフィーネの手から1m先で稲妻が発生し、無数の蛇行した光の筋が追手の黒い何かに伸びていく。
稲妻が目標に命中し強烈な閃光が何かから発せられるが、それは何事もなく追ってきた。
「う、嘘でしょ!?」
デルフィーネは思わず叫んでしまった。
根本的に他のモンスターとは一線を画した異質さに恐怖する。
火炎魔法を放とうかとも考えるがいくら広い空間とは言え、限られた空洞で火炎魔法を使うと原理はわからないが汚れた空気のようなもので意識を失って死んでしまうことを思い出す。
迂闊には使えないと思った。
「チャウン!どの穴が正しいかわかる?」
チャウンはすぐさま超音波で測位する動作であるエコーロケーションで前方にある無数の洞窟の選別を行う。
「じっ!自信はないですけど上にあるあの洞窟は他より長いと思います!」
チャウンが指差した洞窟は7m上にある洞窟だった。
普通に考えれば行けそうにないと思うだろうがデルフィーネはすぐに風魔法の呪文を唱える。
「慈愛に満ちる大地よ、我の足を束縛せし鎖を解放せよ。フライング・ウィンド」
デルフィーネの呪文により突風が吹いて二人をその穴へ吹き飛ばしていく。
デルフィーネはなんともなく着地して走り出し、チャウンは着地でコケてしまうが死物狂いでまた走り出す。
「チャウン!」
デルフィーネの掛け声に再度チャウンがエコーロケーションで先を調べる。
「どうやら行き止まりのようです!」
「えええええっ!?」
考えろ、考えるんだとデルフィーネは自分に言いきかせる。
しかし既に後ろの出入り口は塞がれ、何も効かない何かが迫ってくる状況にもはや手の打ちようがない。
そこで捨て身で考えを巡らせ最終手段を思いつくとデルフィーネは立ち止まり何かに向き合う。
「怒り狂え、雷を司る精霊よ、彼の者に雷を降り注げ。ストロングエル・ム・ライジング!」
今度は一本の強烈な光の筋が洞窟の天井に伸びていき、着弾すると凄まじい閃光と共に指向性の爆発が起きる。
すると何かの前を塞ぐように天井が落盤し土砂で洞窟が塞がれる。
デルフィーネは構えの姿勢を取り続けるが何かは土砂を通過してくる気配はなかった。
一難去るのだった。
「どうしてくれるんですか!戻れないですよ!」
チャウンが叫ぶがデルフィーネは聞きたくない表情で答える。
「じゃあどうする?代案はないんだろ?」
「ぐぬぬ...」
チャウンは反論できずにしょぼくれる。
「もしかしたら先に何かあるかも知れないわ。行ってみましょ」
デルフィーネの提案に二人は歩き出す。
また二人はさっきの出来事からとにかく前後を警戒して進む。
一体アレは何だったのか気になって仕方がなかったが不老不死のモンスターの類かと考える。
地図では選別の間から先に二本の道が示されそれぞれの先にはバツ印と丸印が付けられていた。
むしろお前どうやってあのモンスターやり過ごしたんだ?と言い返したくなるくらい地図製作者に驚嘆するのだった。
そうこうしていると行き止まりに出る。
そこには平らな壁が張ったあった。
あまりにも固くて一片も欠けがない壁だった。
宮殿に使うセメントでもこんなにきれいにできるはずないとデルフィーネは思った。
すると壁が変な模様の走線で光りだした。
二人は身構えるが何事もなく壁が消えた。
二人は驚嘆しながらしばらく立ち止まった後、恐る恐る中へと入っていった。
そこには二人の想像力では言い表せない高度な文明を匂わせる通路が続いていた。
ここには何もいないようで低音で何か機械音が響いているだけだった。
「手分けして探すか?例の石版の写しは持ってるでしょ?」
「マジですか?無理無理無理、絶対死にます!」
「しょうがないわね」
仕方なく二人一緒になって目的の石版を探す。
本当に誰もモンスターもいない。
そこはとてつもなく進んだ時代の専門的な薄暗い地下施設のような場所だった。
個室のようなものもたくさんあるが開けても殺風景で何もなく、せいぜい得体の知れない残骸が転がっているだけだった。
だが頭蓋骨が転がっているのを発見し、ここも安全ではないということだけはわかるのだった。
そして実に半日歩き続け目的のものを見つけた。
広い部屋で壇上にある直方体のモノリス風な物体だった。
早速デルフィーネはそれを触るとペンダントとして身につけていた宝石のようなものをモノリスに当てる。
少し離れた後ろにちゃうんは控えた。
「命令をどうぞ」
モノリスがエルフの間でしか言い伝えられていない古代語を喋る。
それを聞いたデルフィーネは複雑そうな顔をした。
―やはりエルフ、いやハイエルフしか扱えないのか。謎は深まるばかりだな。ダンジョンの最深部の異様さに加えて、我々ハイエルフのみが扱えるこの聖玉とダンジョンのこの遺物。重要な何かがありそうだが、これほど危険な場所にはいくら何でも長居できないのもある。ここは手短に済ませて引き上げるしかなさそうだ。
「スクエアを別の世界の大地に繋げよ」
「了解しました。しばらくお待ちください」
「終わったぞ、チャウン。これで帝国も我々に危害を加えたりはしないはずだ.....チャウン?」
様子が変だった。
何かビクビク震えている。
暗くてよく見えないが何かあった様子だ。
「どうした?」
返答しない。
そしてチャウンはゆっくり歩きだした。
しかし最深部の各所から漏れる薄明るい光に照らされたチャウンを見てデルフィーネは事態を飲み込んだ。
「っ!?」
グチャ!
ジュルジュル!
例のアレがチャウンに纏わり付いていたのだ。
チャウンはどんどん音を立てて異型の存在に変貌していく。
デルフィーネは恐怖で固まってしまう。
しかし機転を利かせモノリスに言う。
「今すぐここから私を転送しろ!」
「行き先は?」
「どこでもいい!ここではない場所だ!」
チャウンだった物体が走ってくる。
デルフィーネは目をつぶり運を天に任せる。
デルフィーネの体が光りに包まれどこかへ転送された。
しばらくうずくまっていたが目を開けるとそこは洞窟内だった。
「ここは?」
デルフィーネはそう言って周りを見渡す。
見覚えのある地形だった。
「ダンジョンか...」
そこはダンジョン下層の一角で自身が立っていた場所は最深部にあったような古代文明の遺物が壊れかけながらも設置されるようにたたずむ場所だった。
「転移できる場所は限られるということか...」
デルフィーネは深部へ通ずる方の洞窟を見た。
今にも何かが出てきそうな暗闇が広がっていた。
流石のデルフィーネも恐怖で後づさりしてしまう。
「チャウン、すまない...」
デルフィーネはそう言ってダンジョン出口へ向かう方の洞窟へ歩き始めた。
暗闇が見えなくなるまで後ろを警戒しながら。




