乙十葉、そして勇者
「お姉ちゃんも異世界に来ていたんだね...」
「ふん。相変わらずのようね」
乙十葉と姉の咲十子はものすごく険悪な雰囲気を作り出した。
ただ乙十葉は申し訳ないような表情なので一方的な状況ではあった。
「あんた、新地でいろいろやらかしてるんだって?昨日は現地人を何十人も撃ち殺したとかなんとか。軍人にはならないとかトラウマになったとか言ってたくせに前言撤回な訳?駐屯地内じゃあんた達の護衛部隊は戦闘ばっかりで有名じゃない。しかも七十七姉ちゃんが尻拭いをしているんでしょ?ずいぶんいいご身分だこと」
「そうだね...」
「チッ」
咲十子は舌打ちして更に不機嫌になった。
「軍から逃げた負け犬の分際で何様なのあんた?あんたは全員を裏切ったのよ。山本の家督に泥を塗って家族を裏切った。お母さんはあんたを庇ってるけどあたしとお父さんは絶対許さないからね!」
「...わかってる」
「何がわかってます、よ?その態度が気に入らないのよ!」
乙十葉の表情がますます辛そうになる。
それを見かねた恵一が割って入る。
「深いご事情があるようですがここは公共の場ですし今回はこれくらいにしませんか?乙十葉さんも申し訳なさそうにしてますし...」
「あんた誰?」
「鵜川恵一と申しまして彼女と一緒に異世界調査をやってる現地スタッフです、はい」
「ああ、例の自称遭難者か。あんたは関係ないでしょ。引っ込んでな」
恵一の表情も険しくなる。
「ですが彼女は同僚ですので困っているなら助けなきゃならないんで」
「ふーん。やる気?」
「...」
いよいよ収拾がつかなくなる。
宇佐美は不安そうに見つめ、デルフィーネは言葉がわからなかったものの咲十子をじっと見ていた。
「そこまでよ」
声の主は恵一達が先ほど会った山本真十花だった。
「真十花か。あんたもこいつの肩を持つ気?」
「そうだよ」
「きっぱり言うわね」
「あんたの気持ちはわかる。けど乙十葉には乙十葉の事情がある。今日は私の顔を立てて引き下がって」
「...うっざ」
咲十子はそう吐き捨ててその場を後にした。
「大丈夫?乙十葉」
「ありがとう。お姉ちゃん」
乙十葉は少しだけ表情が明るくなる。
その後、真十花も含めて一同が同じ部屋に集まる。
「恵一君、さっきはありがとう。庇ってくれて」
「いいんだって。軍隊で飯食ってる方が偉いかっての。いきなり現れてあれじゃ誰だって言い返したくなるわ。」
「そっか」
「乙十葉お姉ちゃんは何も悪くないよ!」
真十花の膝の上に座る宇佐美も乙十葉を擁護する。
だが真十花は中立的な意見を述べた。
「あたしもそう思う。ただあの件で家族に複雑な負い目が残ってしまったからね。だから家柄とかおやじを敬ってる咲十子にしたら面白くないのも確かかな」
―やっぱり例の士官学校中退の話に行き着くか。
「なあ、乙十葉。その、例の話の続きを聞いてもいいか?お前が良かったらの話だが」
「いいわ。ここまで話がこじれたら言わない方がややこしくなる」
「ありがとう。それと...」
恵一は目線をデルフィーネに移した。
「あ、あの、デルフィーネさん?ここまで付いて来なくてもいいんすよ?言葉わかんないでしょ?」
「このままでいい」
「そ、そうなんだ...」
デルフィーネは部屋の片隅で楽な姿勢を取りじっとする。
「だそうで。続けていいぞ」
「うん。あれは士官学校の夏休みだった」
乙十葉は過去を思い返す。
「周りの士官候補生に一目置かれてて自分の進路に疑いなんか何も持っていなかった。でもそのうち本物の戦場ってどんなところなのか見たくなったの。それで1年生の夏休みにジャーナリストに同行して紛争地帯に行ったの。お父さんとお母さんには中央アジアの保養地に行くって言ったけど、その国をハブにして隣国の紛争地帯に行った。そしたら私の中でぼんやり考えていた軍人という将来がガラスみたいに砕け散った...」
「...」
「その国は政府軍と反政府軍の間で泥沼の内戦に陥っていて、独裁政治の打倒を掲げた戦いって言われてたけど実際には宗派対立でしかなかった。あの日は反政府勢力の宗派の世界遺産博物館から文化財を安全地帯へ輸送する作業があるから私は付いて行った。そこへソ連軍の戦闘機が空爆してきたの」
「...ん、ん?ん????。ソ連????」
「そうよ」
―って異世界の地球はソ連存続してんのかい!!!
「待ってましたとばかりに隠れていた政府軍も攻撃を加えてきた。輸送部隊はあっという間に壊滅して隣の座席に座っていた考古学者は銃弾を受けて死んだ。私は大破した車から抜け出すと周りはすでに政府軍の兵士に囲まれてた。私を含めて生き残った輸送部隊の人たちは一列に並ばされて、目の前で文化財を全部叩き壊された」
「...」
「そして処刑が始まった。一人一人拳銃で眉間を撃ち抜かれていくの。恐怖で何も考えられなくなって気が付くと私だけがその場で立っていた。そこで聞かれたの、お前は何人だ?って。私だけ殺されなかったのは外国人で利用価値があるから生かされただけ。その後は2か月暴力を受けながら拘留されて、身代金を払った夏の終わりに解放された」
―が、ガチすぎる...。
「私は日本に帰ったけど何もなかった。お父さんのコネで政府発表もなかったし日本に害が及ぶこともなかったから。でも現実に打ちのめされた私は士官学校をすぐに中退した。もちろん自分がやったことに責任は持たないといけないのはわかってる。家族には本当に申し訳なく思ってる。失敗したから期待に応えたほうがいいって。でも恣意的に人の生死を簡単に決められてしまうあの世界が私にはとても耐えられなくなった。そこでわかった、自分は軍人に向いてないって。昨日は正当防衛だったけど、本物の戦争で小銃の引き金を引き続けられる自信がとても無い...」
「...」
「それで思うところがあって普通の大学に入って考古学や民俗学を学んだの」
「それってさっきの話の...」
「うん。私の隣で死んだ学者さんに影響された。実は死んだのは私をかばったから。すごく立派な人で文化や民族に壁なんてない豪語するおかしな人だった。残念だけど私は壁はあると思った。でもその理想を追い求める姿勢に私はすごく見せられた。その人の意思と理想を継ぎたいと思った。それで大学で猛勉強した。全く関わったことが無い分野だったけど、自然と頭に入っちゃった」
「...」
「そんな時、日本が異世界に繋がった。これはチャンスだと思った。案の定、戦争になってしまったけど私は私にできることがここにあるって確信した。それでスタッフとして異世界入りしたの。私のやりたいことは異世界を調査して論文にすること。そして本にまとめて世界中の人に知ってもらうこと。そして理解してもらうことよ。そう決めたの」
恵一は乙十葉が時折、ノートを出しては書き込んでいたのを思い出す。
「そっか。いいんじゃないかな。その事件はお前がいてもいなくても起きたことだろ?むしろお前は志半ばで死んだ学者の意思を引き継いだんだし、軍人にならなくても十分立派だよ」
「ありがとう。案外優しいのね」
「案外は余計だわ。前言撤回するぞ?」
「ふふ」
真十花は少し嬉しそうな表情で二人を見ていた。
デルフィーネも何かを感じ取っている様子だった。
「よし、それじゃあ飯にするか。気づいたらもう夜だし。食堂いこうぜ」
「賛成」
「わたしも!」
「私も行く」
「...」
デルフィーネも無言で立ち上がった。
<食堂>
とてもだだっ広い食堂には大勢のむさくるしい軍人たちが夕食を取りに来ていた。
もちろん軍属の一般人も大勢ここで食事を取っている。
宇佐美は常連になりつつあったのであまり目立たなくなったが、エルフであるデルフィーネの優美な容姿は目立った。
案の定、軍人たちの視線がエルフに集まった。
「おい、あれってエルフだろ?」
「ほんまや、ラノベのエルフやんけ」
「迷彩服着てるぞ」
そんな声が漏れてくる。
そんなことは気にせず一同は食事する。
メニューはカレーだった。
「頂きまーす!」
宇佐美はおいしそうにカレーを食べ始めた。
だがデルフィーネは強張った表情でプルプルしていた。
カレーが○○○にしか見えなかったらしい。
「デルフィーネさん、美味しいよ」
「そそ、うん...」
乙十葉は恵一睨みつける。
そして恵一の足の上に乙十葉が乗っかっていた。
「.....!」
恵一は喋るのを断念する。
「ねね、エルフのおねーちゃん」
デルフィーネは宇佐美の言葉で横を向くとスプーンですくわれたカレーが眼前にあった。
「美味しいんだよ、絶対気に入るよ!」
「...うっ」
デルフィーネはカレーを見る。
汚物にしか見えないがまじまじ見ているうちに強い香辛料の香りが漂ってきた。
明らかに臭くない香ばしい香りだ。
デルフィーネの表情が和らいでくる。
そして意を決してパクリと食べてみた。
デルフィーネのエルフ耳がピクンと動く。
「お、美味しい!」
「でしょ?」
「凄く美味しい。全く食べたことが無い味だ。異世界ではいつもこんなものが食べられているのか?」
「カレーはいつもじゃないけど、まあ、美味しいかって言われたら毎日美味しいのを食べてるわな」
「そうなのか...」
デルフィーネはカレーをガツガツ食べてあっという間にたいらげた。
「あの、いいか?」
「また並べば貰えるよ」
「そうか!」
明るい表情になったデルフィーネは列に並ぶとカレーを盛った。
そしてデルフィーネは2杯目に突入した。
そしてデルフィーネは3杯目に突入した。
そしてデルフィーネは4杯目に突入した。
そしてデルフィーネは...。
「ちょっと待てええ!」
「なんだ?」
「ものには限度があるだろう、お前?!」
「また並んでいいと言ったではないか」
「それは大食いファイターじゃない一般人のルール!」
「だがまだ食べたい」
「いや、あのね?」
「いいんじゃない?周りは喜んでるみたいだし」
真十花は外野の軍人たちを見る。
軍人たちが異世界大食い選手権大会会場と化した恵一たちのテーブルを囲んでスマホ撮影にいそしんでいた。
「すげえええ、エルフすげええ!」
「ねえねえ、エルフちゃんこっち見てよ」
「いっぱい食べる君が好き!」
そう言ってアンコールしていた。
恵一は言い返すこともできなくなった。
その後、満足になるまで食べ続けたデルフィーネと一同は食堂を後にし、通路を歩く。
「異世界か、悪くないな」
「いや悪いと思うよ」
デルフィーネの満足そうな愉悦状態に恵一は精一杯水を差そうとする。
「つんけんだな」
「ここまで自由にされたら、そりゃね」
「つまらん奴、じゃあ本題でも話すか?」
「本題?」
「お前は勇者か?」
「はあ?」
「わからんのか?なら確かめてやろうか?」
「いきなりなんだよ。ふざけているのか?」
「そう見えるか?」
恵一はデルフィーネの顔を見るが今は真面目な顔に変わっていた。
「こっちへ来い」
デルフィーネに言われるまま一同は夜の屋外に出た。
「手を出してみろ」
「手?」
「いいから出してみろ。何も起きやしない。確かめるだけだ」
「...?」
恵一は困った様子で周りを見る。
「何もないならいいんじゃない?」
乙十葉はそう助言する。
仕方なく恵一は手を差し出した。
「お前、本当に勇者の自覚がないのか?」
「あるわけないだろ。勇者ってそもそも何なんだよ?」
「そうか。なら見せてやろう」
デルフィーネは恵一の手を取る。
「汝の契約を示せ」
すると恵一の手の甲が青く光る紋章が現れた。
乙十葉たちもそれを見て驚く。
「お、おい!お前何をしたんだ?!」
恵一はいきなり現れた紋章に恵一はひどく動揺する。
「何もしていない。これは元からあったもの、今だけ見えるようにしただけだ」
「元から???」
「そうだ。勇者は神によって選ばれる。それは特別なものだ。本当に心当たりはないのか?」
「心当たりって...」
「ならば問おう。お前はどこから来た?」
「.........どこでもない世界から」
恵一はデルフィーネの問いにそう答えた。
結構あてずっぽで描いてるので書き換える可能性があります。




