山本姉妹
<キャンプ・新地>
異世界に進駐する日本国防軍の基地であるここは、日に日に設備と人員の増加を続けていた。
恵一は窓から雨空の外を見ている。
―どんどん戦闘部隊が増員されてる。しかも元から駐留していた機甲部隊じゃない。装輪装甲車部隊や空挺部隊だ。おそらくこの日本軍はこれから長距離進軍を伴う作戦を実行する気なんだな。しかも航空機の駐機場にF-5戦闘機がある。滑走路や格納庫が完成して配備されたんだろうけど、まさかF-5戦闘機を配備してるなんて思わなかった。しかも空中給油機まで異世界に引っ張ってきている。やっぱり自衛隊とはまるで異なる軍隊だ。
そして恵一は視線を宇佐美と談笑する乙十葉に移した。
<前日>
「私の家は軍人家系なの」
乙十葉はそう切り出す。
「一族皆が軍人ってこと?」
「そういう訳じゃないけど国防軍内でかなり悪目立ちするくらい有名になっている。まあ、私以外の姉は全員軍人だしね」
「全員って、何人兄弟?」
「5人姉妹。私は末女」
「5人姉妹...」
―驚きの兄弟構成だ。乙十葉は大学出たばかりくらいの容姿だから長女はBBAって言われてもおかしくない年齢ということになるな。って論点はそこじゃない。
「でもお前、軍隊入ってないよな。思うところがあるんだろ?」
「うん。なぜかわからないけどうちの姉妹はそれぞれ特異な才能があるってお父さんが言ってた。おじいちゃんもね。艦長向きだとかパイロット向きだとか、エリート将校向きだとかなんとか。それで、何故だかわからないけど私は歩兵なんだってさ。幼い頃におじいちゃんにサバゲーで遊んでもらって才能を見出されたの」
―女の子にサバゲ―って...。どんな爺さんだよ。というか凄い家系だな、おい。
「その後はお父さんの勧めで士官学校に入った。私も将来は軍人として特殊部隊のエリートを目指すものだと思ってた。でも1年生の夏にいろいろあって士官学校を止めた。それからは普通の大学に通って今に至ってる」
―更に深堀するのはまずそうだな。
「そっか、だからあんなに強かったのか。納得の経歴だな。でもまあ、人生いろいろだしな。俺なんて異世界極貧生活1年だぞ、宇佐美がいなかったらクソ過ぎてやってらんないよ。それに宇佐美にもそれなりの過去があるしな」
「でも私、今が一番幸せだよ!」
「ふふ、どうやら似た者同士みたいね」
「まあな」
「うん!」
<時は戻ってキャンプ・新地>
トントン!
誰かが部屋をノックする。
「お邪魔するけどいいかい?」
現れたのはここに初めて来た時に自分たちの担当となった日下部士官だ。
「なんですか?」
「実はあってもらいたい人物がいるんだが、都合は大丈夫か聞きたくね」
「OKっすよ。現地の治安が悪くて異世界調査が無期限延期になっちゃって暇持て余してましたし」
「そうか。ならよかった」
「日下部大尉、誰に合えばいいんですか?」
乙十葉が質問する。
「ああ、昨日保護した現地女性なんだよ。通訳がいまだ鵜川君と山本さんだけだからぜひね」
「了解。じゃあ行きますか」
一同は部屋を出ると通路を歩いてホールへ行く。
そこへ日本空軍士官の団体が外から入ってきて出くわす。
その中の女性の一人が恵一たちを見る。
「ん?もしかして乙十葉?」
「あ、真十花お姉ちゃん!」
乙十葉が声をかけた女性を見ると嬉しそうに答えた。
「乙十葉も異世界に来ていたんだね」
「そうなの。学術研究で異世界調査中なの」
「なるほど、元気そうでよかった」
「そっちこそ。ねえ、恵一君、宇佐美ちゃん。紹介するわ、この人は私の姉で四女の山本真十花よ」
「どうも初めまして」
「こちらこそ。鵜川恵一です」
「ハジメマシテ、宇佐美デス」
「お姉ちゃんは空軍の戦闘機パイロットをやってるの。乗ってるのは何だっけ?」
「F-5E改だよ」
「だそうよ」
―さっきの戦闘機部隊のパイロットか。
「そういえばどんどん部隊が流入してますが何かあったんですか?」
「ええ、近々また大規模な作戦が実施されることになったのよ。私が所属する第287戦闘飛行隊も作戦参加のために異世界入りした」
「帝国を倒すんですか?」
「いいえ、違う国が大群で攻めてきたらしいわ。ま、その国も剣や槍が武器らしいから一瞬で蹴りが付くと思うけどね。私はレーザー誘導爆弾をたらふく奴らに食わせるだけよ」
「なるほど」
「ところでさ。あなた、もしかして乙十葉と付き合ってるの?」
「はぁ?ない。それは絶対ない。ありえないね」
「なーんだ。つまんない」
「ちょっと何聞いてるのよ、お姉ちゃん!それに恵一君もよ。もっとオブラートに言えないの?!」
「悪い悪い。でさ、乙十葉。お願いがあるんだけどいい」
「もう、何、お姉ちゃん?」
真十花は乙十葉の耳元でヒソヒソいう。
「よかったらさ、後でこの子をもっと詳しく紹介してよ」
真十花が熱い視線を宇佐美に送り始めた。
「いいわ」
乙十葉がサムズアップする。
「後で女子会しましょ。でもお姉ちゃん、宇佐美ちゃんには今の話は聞こえてるからね」
「そ、そうなんだ。ありがとう...」
真十花は宇佐美の大きなウサギの耳を見ながら少し驚くと思い出したように続ける。
「あ、あとさ、咲十子も異世界入りしたから気を付けなよ」
「...そう、わかった」
「じゃあ、またあとで」
そう言って真十花は空軍の仲間たちと共にその場を後にする。
乙十葉の表情が暗かった。
恵一達は目的の部屋の前に付く。
「さーて、どんな奴が待ってるんだろうな」
「なんでも遺跡の近くにある危険な洞窟から出てきたって」
「洞窟?あ、もしかしてアクバー・ダンジョンですか?」
「知っているのかい?」
「有名ですよ。大小さまざまなダンジョンが世界中に存在しますけど、あれは帝国内で最大級のダンジョンだとか」
「へー」
乙十葉もそう言いながら聞いていた。
「でもあそこは凄い危険だから並みの冒険者じゃ立ち入るのは無理って聞きますよ」
「そうなのか。実は保護した時も服や容姿もボロボロで持ち物も大したものは持っていなかったんだ」
「そうなんですね。ところで日下部さん、待ってる女の子はかわいかったですか?」
「何言ってるんだい君は?可愛くなかったら不真面目にするとでもいうのかい?」
「いやいや、そんな」
「ただ個人的にはすごく美人だったよ」
「マジっすか。お邪魔しまーす!」
「あ、君!今は...」
ガチャ!
恵一はノリでそのままの相手が待っているドアを開けてしうまう。
そこで待っていたのは金色の髪、長く尖った耳、透き通るような肌、誰もが想像するエルフの姿があった。
しかも着替えていたのか上半身は裸で上着を持っている状態だ。
「エ、エルフ?!」
エルフの女性は表情がだんだんと赤く怒った顔つきに変わっていった。
「い....いやああああ!」
エルフは室内にあった椅子に手を向けた。
すると椅子が宙に浮き風が起こって恵一に飛んでいく。
そして顔面に椅子が激突した恵一はそのまま通路の壁に吹っ飛ばされてしまう。
「ま、魔法...!」
宇佐美と乙十葉は初めて見る魔法という超常現象にただただ驚くしかなかった。
<30分後>
恵一は大きなガーゼを頭に張り付けて椅子に座り、机越しエルフと対面していた。
「えっと、お名前は?」
恵一はテンションがすっかり駄々落ちしてカンペのプリントを読むだけだった。
一方のエルフの女性は手錠をはめられている。
さっきのいわゆる”魔法”が危険視されて拘束されたのだ。
そして自身の裸を見た恵一をじっと睨みつける。
「わ、悪かったって、謝るよ。そんなつもりで入ったわけじゃないからさ、名前教えてよ。ここの人たちはこっちの言語が話せないから俺が代理で聞いてるだけなんだって。いやらしい話じゃないって」
「...デルフィーネ」
「デルフィーネさんね。出身は...って、エルフは樹海とか誰も行けないようなとこ住んでるんだっけ?適当に書いとくか」
「レムルス」
「え、そうなの?」
レムルスは十数km離れたところにあるそこそこ大きな町で、駐屯地最寄りの異世界の街だ。
今は日本の管理下に入っていた。
恵一も日本が異世界に繋がった時はこの街を目指していた。
レムルスは異世界に繋がる街として帝国内では有名だ。
だがレムルスは普通の街でエルフ、特にハイエルフのような彼女が住むような街には思えなかった。
「君、ハイエルフっぽいけど秘境のハイエルフの村に住んでいるとかじゃないんだ?それともハイエルフじゃなかった?」
「その質問は羊皮紙に書いてあるのか?」
―おっしゃる通りでございます...。それとこれ羊皮紙じゃないよ。
「ごめん。じゃあ次になんでアクバー・ダンジョンにいたの?」
「...」
「言いたくない?」
「...陣」
「え?」
「陣を異世界に繋ぐため。今は勇者を探している」
「陣を異世界に??勇者????」
恵一は驚いた。
「君が陣を日本に繋いだって言うの?しかも勇者ってあの伝説の?」
「そうよ」
ここにいた全員が驚く。
監視していた警備の兵士も翻訳を聞いて驚いていた。
「伝説?伝説って何?」
乙十葉は宇佐美に質問した。
「あんまり詳しくは知らないけど、この世界でもっとも有名な神話に出てくる世界を救う英雄なんだよ。いつの日か世界が滅びそうになった時に現れて人々を導いてくれるって。でもよくない性質も持っているって言われてる」
「...なるほど。...調べがいがありそうね」
乙十葉は本職である学者業の観点からその伝説に興味が湧き始めた。
「ちなみに陣を繋いだ経緯とその勇者を探す理由について聞きたいんだけどいいかな?」
「疲れた。後でいい?」
「ああ、もちろんだよ」
恵一は事情を担当の兵士たちに話し、彼女を開放してもらうことになった。
一応事情聴取や調査のためレムルスには返さず残ってもらうことにする。
ひと段落して恵一たちはその場を後にしようとするが日下部士官が恵一たちに言う。
「よかったら君たちで彼女の面倒を見てほしい。我々も異世界語を勉強してはいるがなにぶん不自由でね」
「わかりました、引き受けます」
乙十葉が返事する。
「じゃあお願いするよ」
日下部大尉の後ろから迷彩服を着たデルフィーネが現れる。
服は自衛隊の迷彩服3型と同じものだった。
これくらいしか着せる服がなかったらしい。
病院棟に行けば病院服もあるがそこまで融通はしなかったのだ。
「着心地はどう?」
「悪くない。異世界人の服はずいぶんゆったりしてるのね」
―そりゃそうだ。中世の綿服と現代の合成繊維服じゃ比較するまでもない。戦闘服でももっと着心地はいいはずだ。
「こっちよ」
乙十葉が率先して案内する。
皆がそれに付いて行く途中の宿舎のホールでそれは起こった。
「あら、どこかで見た面だと思ったら、負け犬じゃない」
陸軍の女性士官がそんな喧嘩口調で声をかけてきた。
「...どうも、お姉ちゃん」
乙十葉の表情が驚きに変わり次いで気まずいような申し訳ないような表情に変わった。
それを見た恵一は乙十葉に変わって返事する。
「あなたは?」
「山本咲十子、そこに突っ立っている負け犬の姉よ」
山本姉妹三女の咲十子はそう答えた。




