お互いの気持ち
異世界に繋がる街レムルスを目指して旅を始めた恵一と宇佐美は荷物を持って旅を続ける。
流石に一文無しでは旅などできないので持ち物をある程度売って金の足しにした。
何より持ちきれないものは売らざるを得ないからだ。
運賃すら捻出できないので馬車なんて大層なものはもってのほかだ。
二人は朝飯をとる。
内容はライ麦のお粥にわずかな豆と干したらと食べられる野草を混ぜた雑炊で分量は腹3分目まで入れておしまい程度だ。
中世ヨーロッパの食事なんてこんなものだがここ1か月くらいはカロリーが足りない食事が続いているので腹がすく。
―クソ不味い飯なのはしかたないが、流石にこの量はしんどいな。ん?
恵一が宇佐美を見ると木製スプーンで皿をなぞる仕草をしていた。
「次の村に着いたら宿主に芋多めにしてもらうよう言っとくよ。流石に腹減るよな」
恵一の言葉を聞いて宇佐美は我に変えるようにハッとする。
「え?ううーん、気にしないで、あたし平気だから..」
―ん?どうしたんだ、宇佐美のやつ。
二人は歩き続け夕方に次の村に到着し、宿で飯を食べる。
いつもより多めの食事にしてもらったが宇佐美の調子が良くない。
「宇佐美、具合でも悪いのか?」
「疲れちゃったみたい、だがらちょっと眠いかな」
―本当にそうか?
翌日からは宇佐美は元気そうにしていた。
だが気が抜ける場面で所々また同じ冴えない表情をチラつかせる。
―飯でも疲れでもない、か。メンタル面は聞かないとわかるもんじゃないが、聞いてもはぐらかすんだろうからどうしたもんだろう。なんか買ってやれば機嫌が戻るのかな?
恵一は手持ちの袋に手を突っ込む。
―あ。
恵一が立ち止まったことすら気づかなかった宇佐美が恵一に後ろから追突する。
「はっ!ごめんなさい!」
「え、ああ、気にすんな。いきなり立ち止まった俺が悪いんだ」
「でも...」
「それより宇佐美」
「え?」
「済まない、金が無い!レムルスにつく前に金が無くなる。次の街は人がそこそこいるからアレやるぞ!」
アレとは旅芸人として芸を行い金を稼ぐことだった。
「さあ、よってらっしゃい見てらっしゃい!奇術のお披露目だ!」
通りの幾人かが興味を示してやって来る。
「どうもありがとうございます。まずお見せ致しますのはこのカードに関する奇術です!」
恵一はカードマジックを始めた。
まずはアンビシャス・カードのマジックだ。
相手にカードを選んでもらい自分がそれを当てるカードマジックである。
初歩的な部類のカードマジックだし初心者でも種がわかれば習得はそこまで難しくはない。
「ではこれから皆さんに好きなカードを選んでいただきます」
小中学校の頃に出来心でやってみたマジックがここで生きてくるとは考えてなかった。
しかも初歩的なマジックでも中世レベルの一般人でも受けるのには十分だった。
「あなたが選んだカードはこのカードで間違いありませんね?」
「おおおぉぉぉ!」
恵一が相手が選んだトランプを当てると場が盛り上がる。
するとどんどん人が集まってきたので恵一は次のマジックに移る。
指輪マジックだ。
紐を通したはずなのにいつの間にかすり抜けているという定番のマジックである。
恵一はある一瞬の隙に指輪を紐から抜き取ると観客の耳元からあたかも出てきた演出を行う。
「どうでしょう。指輪はこの人の耳元から出てきましたよ?」
観衆が盛り上がりさらに人が増えた。
「次はこの箱です。中には誰もいません」
恵一は箱を開けたりして中に誰もいないことを見せる。
「ですがどうでしょう?」
恵一が箱を開けると中から宇佐美が出てきた。
「この通り中から私の連れが出てきました」
人だかりから拍手が漏れてくる。
「私の奇術は以上になります。最後に私の連れがダンスを披露してくれます」
宇佐美は観衆の前で踊りを披露し始めた。
とても優美に踊る宇佐美は近くに立てられた棒に踊って近寄ると掴まりポールダンスを始める。
これらは娼婦館にいたころに仕込まれた芸をアレンジしたもので不必要なセクシーアピールは省いてある。
その間、恵一はカスタネットのような楽器で簡単な楽曲を演奏し宇佐美のダンスに合わせて盛り上げる。
そして宇佐美が踊り終えると拍手と歓声が沸き起こる。
恵一はホッとする。
実際、あまりやらないのでマジックやダンスで失敗することがあり、そういう時は恥をかく上に興行料が全然振るわないからだ。
「お疲れ、宇佐美」
恵一が声をかけるとなぜか宇佐美は上から恵一をじっくり見ていた。
―もしかして、俺のことで悩んでいるのか?
「大丈夫か?」
また宇佐美ははっとした様子で降りるしぐさを始めるがここで柱の上が脆くなっていたのか何かの経緯で折れて宇佐美は落ちてしまう。
「まずい!」
落下地点は物がたくさん置いてあり運動神経抜群の亜人である宇佐美でもケガすることを予見して恵一は抱きとめることを選んで走る。
恵一は宇佐美をとらえるとその勢いで隣の露店の棚にガシャンと突っ込む。
「痛ってぇぇぇ...」
「恵一様、大丈夫ですか?」
「ああ、たぶん折れてない」
「ごめんなさい」
「気を付けろよ?」
「....」
そこへ隣の露店の店主が現れた。
「おい、あんちゃん。弁償しろよ」
ものすごくこわもての巨漢のおっさんだった。
そのあと恵一は破損させたものを買い取って弁済した。
おかげで旅芸で稼いだ金のかなりが持ってかれてしまう。
恵一は赤字よりかは全然ましなので気落ちしないことにした。
「はぁ、レムルスまでそんなにないからまあ大丈夫か」
「おい、宇佐美。宿を探すぞ。宇佐美?」
さっきまで待たせていた場所に宇佐美がいない。
「宇佐美?宇佐美!」
恵一は走って宇佐美を探し始めた。
そこまで広くはない町中を探しても宇佐美はいなかった。
「誰か、ラビアンの子を見ませんでしたか?これくらいの背のラビアンの女の子です?!」
恵一は町人にダメもとで聞いて回る。
幸い返答があった。
「あそこで踊っていたあんたの連れのか?そこの通りから町の外へ出て行ったよ」
「町の外?ありがとうございます!」
―何やってんだいつ。
日が傾き夕暮れに照らされた宇佐美は町が十分見える距離でポツンと切り株に座っていた。
かなりしょんぼりした様子だ。
「...お母さん、お兄ちゃん...」
「...」
「ぉぉぉぉぉぃ!」
「!」
宇佐美は声がした方向を向くと恵一が走ってきていた。
「宇佐美!どこ行くんだよ?人攫いにあったと思ったぞ?」
「ごめんなさい、ごめんなさい...」
「なあ、宇佐美?悩みがあるなら正直に言ったほうがいいぞ?」
宇佐美が顔を上げる。
「さっきのこと、俺全然気にも留めてないから心配しなくていい。どんなことでも聞いてやるよ。だから話してくれ...」
「...」
「...」
「捨てられるかもと思って...」
「捨てる?」
恵一ははい?と突っ込みたくなる。
「なんでそう思ったの?」
「恵一様が故郷の日本に帰る方法が見つかってからずっと浮かれてて。恵一様の話に出てくる日本はあたしがいていい場所なのかわからなかった...」
「...」
「それで、もし恵一様が帰ったらあたし、いらなくなるんじゃないかって。...お母さんは売られてどこか行っちゃったし、お兄ちゃんは客引きできなくて主様達のペットの餌にされちゃった。...あたしの居場所、もうここしかないから...。だから、すごく怖かった。だから恵一様に聞きたかったけど、怖くて...」
「...そうか」
この時点で宇佐美は泣いてしまっていた。
「なら問題ない、宇佐美。お前が一人前になるまで俺はお前を見捨てたりは絶対しないし、ないがしろにしたりもしない。お前が一人前になっても縁を切ったりしない。約束するよ、これは絶対だからな」
「絶対?」
「ああ、絶対だ」
「いいの?」
「当然だ。ちょっと辛くなったらお前に頼ったりしちゃうけど、それでもいいよな?」
「うん!どんどんあたしを頼って!なんでもするから!」
「そっか、じゃあ腹減ったから飯にしようぜ。たくさん食っていいから。あ、でも腹8分目までな」
「わかった」
「じゃあ行くか」
恵一が宇佐美を見ると彼女はうさ耳をぴょんと立てて町の方向を見ていた。
「どうした?」
「町で何かが起きている。大勢の人が叫び声をあげてる」
「叫び声って...」
その頃恵一たちがいる位置の反対側から千を超す軍勢が町を襲い始めていた。
「この町の物資は根こそぎ奪え。帝国の勝利のためこの町は美しく散るのだ!」
部隊の指揮官の一人が大声をあげてそう言った。
「ザムル様、物資は大方積み終えました」
「うむ、では最後に街に火を放て、住民は追いかけられそうなそうな奴だけ皆殺しにしろ」
「はっ」
軍勢の将軍ザムルは焦土戦のためこの町を焼き払いに来たのだ。
「周囲の街を全部焼いて井戸もすべて潰せばさすがの奴らでも進軍が滞るはず。帝国勝利の礎として命を捧げるがよい」
町の外れにいた恵一たちにも魔の手が迫る。
「あそこにもいたぞ!」
「くそ!」
町の外周を警戒する偵察の騎馬4騎迫ってきた。
恵一と宇佐美は絶体絶命の危機に陥る。
すると変な音がする。
恵一はその音に聞きおぼえがるような感覚がしてとっさに宇佐美を抱いて伏せる。
「伏せろ!」
突然騎馬兵たちに向かって黒い物体が突入し大爆発を起こしてすべてを吹き飛ばした。
「アレは...」
恵一はローター音を轟かせて接近してくるヘリコプターを見る。
夕方なのでシルエットしかわからないが攻撃ヘリなのは確かだ。
だが自衛隊でもアメリカ軍でも運用していない攻撃ヘリだった。
OH-1やヨーロッパ製の攻撃ヘリに似ている。
「助けてくれたのか?」
恵一はヘリを見ていたが町のほうから大勢の人だかりが迫ってきた。
先ほどから町を襲っていた軍勢だ。
「今度は奴らかよ!宇佐美、走るぞ!」
「はい!」
二人は追われるように逃げる。
その間攻撃ヘリや偵察ヘリが猛攻を加え、20㎜機関砲、ハイドラロケット弾や機銃で掃射していく。
そして前方の稜線から黒い物体が土煙を上げて出現する。
「まさか、あれって...」
黒い影は装甲車の軍団であり前衛は戦車で構成されていた。
その戦車はまごうことなき陸上自衛隊の主力戦車、90式戦車だった。
「90式キタアアアア!」
恵一は興奮して叫ぶが腑に落ちないこともある。
90式の随伴車両だ。
見たことがない型のIFV、歩兵戦闘車だった。
まるで73式装甲車に小型の機関砲塔が付いたような車両で自衛隊には存在しない車両だ。
89式戦闘車の姿は皆無だ。
だがそんなのは気にしてられなかった。
そして自衛隊と”思わしき”部隊が軍勢に対して攻撃を始めた。
それはあまりにも一方的な攻撃だった。
まず90式戦車の戦車中隊が第一斉射で主砲を発砲した。
そのあと歩兵戦闘車も加わってとにかく機銃掃射しまくる。
軍勢はすさまじい勢いで削れていく。
溶けていくの表現でも間違っていない。
開始数分で軍勢は全滅した。
すさまじい光景だ。
それに恵一はある疑問が湧く。
―なんで逃げなかったんだ?
しかし答えは出なかった。
そして恵一たちはサーチライトを当てられる。
警戒されていると察知した恵一は両手を頭の後ろに当てる。
「宇佐美、俺を真似ろ!」
宇佐美も同じポーズをとった。
そこでIFVから降りてきた歩兵部隊が迫ってきた。
「助けてくれ、俺は遭難者なんだ、日本人だ!」
「日本人だと?」
恵一が日本語でそう言うと歩兵部隊側も当然のように日本語で返答した。
「民間人か?」
「そうだ。助けてくれ!」
「わかった。こっちへ」
二人は保護された。
だがその先で待ち受けている状況に恵一は混乱せざるを得なかったのは言うまでもなかった。