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初まり



「はぁ、はぁ、はぁ....」


―まずい、まずい、まずい!

―これはほんとにまずいぞ!


青年が薄暗い森の中をとにかく走り続けていた。


「宇佐美!お前どこに行ったんだよぉぉぉ?!」


青年は連れの名前を叫ぶが返事はなかった。

青年が走り続けた先にはとてつもなく大きな巨木があった。

高さ100mは優に超えてそうだ。


―しめた。あそこに上ってやり過ごそう!


青年は巨木まで来ると走った勢いのまま木を一気に登る。


その背後には〇ンスター〇ンターに出てきそうな巨大なトカゲのモンスターの姿があり、一直線に青年めがけて走ってきていた。

モンスターは追いつくと青年の背後に飛び掛かる。

青年はそれを見て死ぬ物狂いで這い上がると間一髪でモンスターの噛みつきをかわして木の上に上っていく。


青年はある程度まで登った後、下にいるモンスターを見下ろす。

モンスターはしきりに巨木をうろうろしていた。


「はぁ、はぁ....、へ、へへ...。さすがにトカゲ野郎じゃ上っては来れねえだろう...」


青年はやっと一難去ったと一安心した。

だがその安心の表情は一気に崩れ、また大慌ての形相に変わった。


「へぇ?!」


モンスターが巨木を登り始めたのだ。

この巨木は巨大なツタが包まっっていて上る足場は豊富だ。

木登りが可能な動物なら上るのは容易かった。


一気に安全地帯が消滅したことでまた死に物狂いの逃走劇が再開された。


「嘘だろおおお、来るな来るな!」


ツタを道に両者はどんどん木を登っていく。

距離は徐々に縮まり青年はモンスターに追いつかれる。


―やばい、このまま食われる!引き離せ、引き離すんだ。


青年は何かないか上りながら目で追う。

すると少し平たい場所に出て前方に人一人がつかまれそうなツタがあった。

青年は一瞬でターザンを連想する。


―これしかねぇ!


全速力でツタにつかまった青年は勢いのまま宙ぶらりんになり、勢いで少し上のほうに飛んでいくとツタを離してケツで着地する。

かなり痛かったものの命には代えられない。

追いかけていたモンスターのうち一匹が捕まえ損ねて下に落ちていった。

だがまだまだ追う気のようで残りが別ルートから登り始めた。

もたもたしれられない青年もケツを摩りながらまたツタを登る。


だがいずれは逃げ場がなくなりジ・エンドだ。

飛び降りるのは不可能な高さだし、ロープの類は持っていない。


―逃げられない、戦うしかないか?でも短剣しか持ってないし、切りかかろうとすればおそらくあの大口のほうがリーチがある。やられる可能性は高い。やっぱ逃げの一手しかない。というか宇佐美の奴、どこへ行ったんだ?機転の利くあいつのことだ、何か手を打っているはず...。


「宇佐美ぃぃぃぃ!居るなら助けてくれえええ。もうダメだぁぁぁぁ!」


しかし連れからの返事がない。

青年はがっくりする。

下から物音が聞こえ始め追いつかれると確信する。

青年がもうだめかと思った時だった。


「恵一様ぁぁぁぁぁ!ココですよぉぉぉぉぉ!」


周りから小さな女の子の声がする。

反響してどこかはわからないが声は確かにした。


―宇佐美?どこ?


見渡すがそれらしき姿が見当たらない。

だが次の瞬間、巨木の影から飛行船が姿を現した。

それはファンタジーによく出てくる気球に船が吊るされたような格好の飛行船だった。

まあ気球部分が大きく船は細い数人が乗れる程度のボートだ。


ボートの上には2人の乗員の姿があった。

一人は操縦士の男でもう一人はうさ耳を生やした亜人の小さな女の子だった。

恵一の言う連れの宇佐美は彼女のことだ。


「でかした!早く早く!」


「その位置から無理です!もっと上の枝先まで行ってください。ロープを垂らすので拾ってくださいね!」


「えっ、ちょ、待...」


下からモンスターの鳴き声がする。


「ひぃっ!」


恵一は我に戻るとまた死に物狂いの逃走劇を再開する。

ここからはもう何も考えずがむしゃらに上り詰めるのだった。

そしてようやく天辺の木が折れた平たいところに出る。

だがそのにあったものを見て恵一は絶句する。


体長が10m近くはあろう巨大なモンスターが寝ていた。

幸い大空を舞うタイプの飛行生物ではない、飛行船なら逃げ切れるタイプの奴だ。

頂上は巨大な巣になっていたのだ。


周りをぷかぷか浮かぶ飛行船から宇佐美たちが何も言わなかったのは起こさせないためだった。

実際、宇佐美たちも絶句したような顔をしていた。


―ええぇぇぇぇ???


恵一は頭の中で声を上げてしまう。

そこへ追手のモンスターが追いつき大声で鳴いた。


巨大なモンスターが起き上がる。


「ウッソだろお前ぇぇぇぇ?!」


恵一は追手のモンスターを叱責する。

モンスターは少しけげんな表情をする。


巨大なモンスターはと手大きな鳴き声を上げた。

恵一は耳が痛くなるし、臭かった。

巨大なモンスターが立ち上がって近づいてくる。


―これ、ひょっとして...


だが恵一は次に何が起こるかをある程度予測してあまり動こうとしない。

なぜなのか、理由は追手のモンスターが後ずさりした瞬間に起きた。


巨大モンスターが小さなモンスターに襲い掛かりがぶりと丸のみにした。

恵一はそれをとっさで避けていた。

たぶん動くものを先に狙うと思ったのが理由だった。


小さいモンスターが食べられるのを見た恵一はその一瞬の隙を突き走り出した。

走る先には大枝がありそこに飛行船からのロープが垂らされていたからだった。


それを見た巨大モンスターは恵一を追う。

枝先まで来た恵一は離岸しようとする飛行船によってすでに宙に浮いているロープに向かってジャンプする。

次の瞬間巨大モンスターは口を噛み締める。


だが噛み締めたのは空気だった。

またも恵一は間一髪で逃げ切りロープに掴まっていた。


「....逃げ切った」


ただその一言しか言えない。


「恵一様!大丈夫ですか?お怪我は?」


「ない」


恵一はロープを伝いボートによじ登る。


「旦那、そのお嬢ちゃんに感謝しな。お嬢ちゃんが船に戻ってきて迎えに行くなんて言わなきゃあんた食われてたよ。その状態で戻ってこられても迷惑だったしな」


「ああ、当然感謝してるよ。宇佐美、いつも助けてもらって悪いな」


「いいんです。恵一様の為ならあたしどんなことだってします!」


「そ、そう...?」


あまりの熱弁に少し気が引けた。


「ところで恵一様、例のものは手に入ったんですか?」


「ん、もちろんだよ」


恵一はリュックを手前に持ってきて開ける。

中には大きな卵が入っていた。


「どう、ちゃんとクエスト通りの物のものでしょ?」


「確かにそう見えるけど...」


宇佐美はクエストの契約書に描かれた絵を見るが似てるのかよくわからなくていまいちしっくりとこない。


「船長さんはどう思う?」


「俺がわかるわけないだろう。自信もってこれだって言えんのか?」


「うーん、まぁ大丈夫っしょ」


なんとも締まりのない様子だった。



飛行船で大河まで来ると操縦士は船を降下させて着水する。

そして縮んできた気球を職人芸のように畳むと片づけた。

結構場所をとるので恵一と宇佐美はその上に乗らざるを得ない。

船長は倒してしまわれていた帆を立てる作業を始める。

船は飛行船から帆船に様変わりしていた。


船はそのまま大河を下り翌日の朝に街に戻った。



とある国のとある町のクエスト紹介所


「はあああぁぁぁぁ?違う???」


「そうだ」


「どこが違うんだよ?!」


「まずこんなに大きくない」


「いやでも、この柄...」


「じゃあもの本を見せてやる」


クエスト紹介所のおっさんは恵一に他の冒険者が持ってきた現物を見せる。


「確かに遠目で見れば似てるがよく見ろ、全然違うだろうが。第一、お前それ木の上の巣にあっただと?」


「そうだよ、なんかあんの?」


「こいつは木の上に巣なんか作らん。まずそこから違うだろ」


「えぇ...。....じゃあ、報酬は?」


「ねえよ」


「ぁぁぁぁ....」


恵一は完全にがっかりした面持ちで持ってきた卵を持ってクエスト紹介所を出る。


「恵一様、やっぱり...」


「うん、違うって...」


「...」


流石の宇佐美もうさ耳が下に垂れている。


「...ごめん、また無収入の極貧だ...」


「いいんです。あたし欲しがりません。成功するまで頑張りましょう!」


「お前ってやつは....」


宇佐美の戦争標語みたいな言い回しと健気さに健一は涙が出そうだった。



―俺の名は鵜川恵一。日本人だ。どういう訳か気が付いたらこの世界にいた。ラノベで言う異世界転移のアレだ。トラックに撥ねられてないのでたぶんレア組。そんなのはどうでもいいが、今日は異世界生活366日目の一周年にあたる日なのに最悪としか言いようがない状態だ。まあ、転移初期に比べればまだいいのかもしれない。なんせ言葉通じないから始まるのだから。


―初期はほんと悲惨だった。初っ端からワルに身ぐるみはがされ一文無しだ。パンツ一丁とか何のいじめだよっていう。でもこの文明レベルを考えれば命を取らない分かなり良心的なワルだったとは言えるな。そこからはジェスチャーだけで奴隷のようにこき使われ、日銭を稼ぐのでやっとだった。幸いアドバンテージはあった。基礎知識だ。


―原始的な労働を車輪の再発明のごとく改善し、労働時間を短縮し雇い主にバレないよう余暇時間を作った。その間に異世界語を研究し翻訳辞典を完成させ、翻訳できるようになった。ここで雇い主が俺の手抜きに気づいてさらに仕事を吹っ掛けた。これもすぐ改善して余暇時間を作ろうとしたが今度はすぐにばれて別の仕事を押し付けられる。


―なんか中小企業みたいな扱いだな思うと同時に、鼬ごっこをやめさせるためにここで自分を売り込む。字も書ける、計算もできる、一部だけオーバーテクノロジーを持ってるなんでもござれだ。だが一向に自分の扱いは奴隷じみていた。あ、そもそも人権なんてない世界だった、ですよねー。そこで諦めて逃亡した。


―そこからは転々としたが全くいい感じに雇われることはなかった。起業しようとしてもつてがないとどうにもならない社会であり、異人種の自分は論外だった。そこからはフリーランスでクエストを受けたりして日銭を稼ぐ生活に移行する。ここで俺は宇佐美と会った。


―宇佐美はもともと亜人奴隷で恥ずかしながら何度か行った娼婦館で出会った。娼婦館とりつぶしの際の人員整理で売れなかったことから殺処分されることを聞いてこれっぽっちながら有り金全部で買った。奴隷を買うのは違和感が半端ないことだったが、良心あってのことだから割り切るのは簡単だった。番号が名前といういかにもな名前だったので、本人の了承のもと日本語で宇佐美と名付けた。もちろん幼い女の子なので手なんか出してない、そんなのお父さん許しません。


―以降宇佐美は全く頼りがいのない自分を大変慕ってくれて、うれしい反面期待に応えられない手前若干心苦しかった。だから宇佐美にはできる限りの教育を施した。異世界語の読み書き、小学生までの算数と理科、本人の希望で日本語のひらがなと簡単な単語も教えた。だからこの世界の並みの住民よりずっと頭がよかった。しかも機転も聞くので頼りがいがあり、失敗を穴埋めしてくれることもしばしばだ。本当に申し訳ありません。


―以上が今までの経緯だ。エンドレスに食い詰め状態が続いてひもじいのなんのである。

異世界転移と言えば超絶チートスキルが神様に付与されて皆からちやほやされたり嫌な奴全員ぶっ飛ばすしてスローライフも満喫できるのが相場だろ。

おい神様。

何が悲しくて現実世界みたいなクソな生活を異世界でもやんなきゃなんだよ。

もしかして俺、自覚無いけど凄いチートスキルを神様から貰ってたんじゃないのか?


恵一は自分の手を見た後でかめはめ波みたいなポーズをとるが何も起きなかった。


「け、恵一様、とってきた卵どうするんですか?」


宇佐美が若干引いたように聞く。


「え、ああ、...食べる?」


「えぇ...」


宇佐美は露骨に嫌がる。


「確かに気味悪いな。やめよ。...じゃあ処分かな」


「それもかわいそう...」


「でもモンスターの卵だよ?なんの卵かもわからないのに...」


ここで宇佐美は恵一に期待する視線を送り始めた。

宇佐美に顔が上がらない恵一は仕方なく貯め息をつく。


「よしじゃあ孵化するまで待ってみよう。それで買い手が決まればこの子の未来も開けるだろう」


「うん!」


宇佐美は嬉しそうにする。


「おい、あんたか?モンスターの群生地に経験も装備もなしで入ったアホは?」


声の主はこのあたりでクエストをこなしているウェズという冒険者だった。


「まぁ、そうですね」


「へぇ、ずいぶん命知らずなんだな」


「何よあんた?」


「おっと、お嬢ちゃん。怒らせて済まない。むしろ褒めてるんだよ。あんたみたいな俄か冒険者はごまんとるんだが生き残って帰る奴はほんの一握りだ。だから面拝んでおこうってな」


「そうですか、それは御親切にどうも」


恵一は何となくペコっとしてみた。


「それじゃあ、宿を探すか宇佐美?」


「はい」


そんな会話をした時だった。

宇佐美が耳を立てて音を拾い始めた。


「どったの?」


「変な音がします」


「どんな」


「低音でゴロゴロいう音です」


「なんだそれ。どっち?」


「音が低すぎてわかりません」


「?」


「おい、それってもしかして空飛ぶアレか?」


「アレ?」


冒険者ウェズはあるものを指さす。

恵一はそこに目線を合わせた。


「どんどん音が大きくなってます。とても大きな音です」


宇佐美がそう言った時、恵一は言葉を失っていた。

上空に大きな低い低音の爆音が轟く。

空を二つの物体が高速で通過していった。


「新種の怪物?ワイバーンとは全然違う...」


宇佐美が質問する。


「なんでも今、リモワルド帝国が戦っている異世界の軍勢らしい。この街の上を通るのは初めてだな」


「F-35...」


「エフサンジュウゴ?」


「F-35戦闘機だ!!!間違いない!!!」


「恵一様?」


恵一が大声を上げ、二人はきょとんとする。


「キタアアアア!!日本キタアア!!!」


「日本って、恵一様の故郷の?」


「そうそうそう!キタコレ勝つる!」


恵一はミリタリーの知識があるので上空を通過した戦闘機に確信を持っていた。

アメリカ軍でも何でもいい、自衛隊なら尚良しだ。


「ねえ、さっき帝国が戦ってるって言ったよね?どこで?」


「え?結構離れてるぞ」


「いいって、いいって。どこなの?」


「レムルスだ。異世界に通じる町、レムルスだ」


「宇佐美。野宿でいい?明日出発してレムルスへ行く」


「お金は?」


「大丈夫だって何とかなるよ」


「...わかりました、恵一様」


―待ってろ日本、今帰るからな。


恵一は期待を胸に翌日レムルスに向けて出発した。

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